第三話・遠足のお菓子

「それでは皆さん、良い週末を!」

 

 榊原先生の元気な挨拶で週末のホームルームを終える。

 

「あっ、ひとつ言い忘れました」

 

 慌てて皆を呼び止める。

 

「ご存じの通り、月曜日は遠足です。お弁当、飲料水、お菓子など、忘れることがないように!」

 

 教室内に返事が飛び交ったところで、今度こそホームルームを終える。


 


「ちょっといいか」

 

 西園寺が龍仁たちに声をかける。

 

「おっ、そっちから声がかかるなんて珍しいな。どうした?」

 

 昼御飯を一緒に食べるようにはなったが、それ以外での交流は未だほとんどなかった。

 

「遠足のお菓子を買うのに付き合ってもらえないだろうか」

 

「ん? どういうことだ?」

 

「どんなお菓子を買えばいいのか、分からないんだ」

 

「自分の好きなお菓子でいいと思うのです」

 

 麗奈が笑顔で答える。

 

 少し困った顔で西園寺が答える。


「そうなんだが……。実は、今まで自分でお菓子を買ったことがないんだ」

 

「えっ? 西園寺さん、お菓子食べない人なのです?」

 

 麗奈が不思議そうな顔で問いかけた。

 

「そうではない。ただ、祖母が用意したお菓子しか食べたことがないんだ」

 

「煎餅とか饅頭とかが目に浮かぶな」

 

 南藤が両手で丸を作る。

 

「もしかして、遠足とかもそうだったの?」

 

「あぁ、祖母が用意したお菓子を食べなければ申し訳ないと思い、今まで買いにいったことがないんだ」

 

 少し悲しげな表情で語る西園寺。


「今までこんなことを聞ける人がいなかったんだが、佐々川たちなら聞いてもらえるのではないかと思ってな」

 

 頬がうっすらピンクに染まる。

 

「い、いや、だめならいいんだ! お前たちとはご飯を一緒に食べるだけの約束だからな」

 

「なに言ってんだよ。だめなんて言うわけないだろ」

 

 龍仁の後に南藤が続く。

 

「俺たちは、西園寺を友達だと思ってるんだがな」

 

「一緒にご飯を食べてるだけでか?」

 

「飯友達。ほら、友達なのです。麗奈は、西園寺さんを友達認定しているのです!」

 

「そういうことだから、一緒に買いに行こうよ」

 

「そ、そうか。では、よろしく頼む」

 

「よし、決まりだな! 明日十時に駅前集合でいいか?」

 

 龍仁の提案に一同拍手で答える。

 

 一緒に昼御飯を食べるようになって一ヶ月。西園寺にほんの少しだが笑顔が見えるようになってきた。


「俺とお嬢は明日予定があるから行けないな」

 

「あら、デートかしら?」

 

 真由美が茶化すように言う。

 

「ち、違う違う! 明日は藤田のおやっさんに手伝い頼まれてるんだ!」

 

「な~んだ。てっきりそうだと思ったのにな」

 

「お、お嬢と俺はまだそんなんじゃないからな!」

 

「ふぅ~ん。まだ、なんだね」

 

 真由美がいたずらっぽく見つめる。

 

「と、とにかく明日は行けないからな」

 

 顔を真っ赤にしながらダッシュで遠ざかる南藤。


「じゃあ俺たちも帰るか」

 

 龍仁が西園寺の方を向く。

 

「なあ、西園寺も一緒に帰ろうぜ」

 

「え? いや、しかし、ご飯を一緒に食べるだけの」

 

 西園寺の話を龍仁が遮る。

 

「まだそんなこと言ってんのかよ。さっ、帰ろうぜ!」

 

「あっ、おい!」

 

「一緒に帰るのですー!」

 

「さっ、行こうよ」

 

「わ、わかった。よろしく頼む」

 

「四人で一緒に帰るのですー!」


 こうして、西園寺初のお菓子購入体験が決まったのである。




 翌日の駅前。晴天の中、みんなが集まった。

 

「おはよう。みんな、今日はよろしく頼む」

 

 集まった皆に西園寺が頭を下げる。

 

「そんな固くなるなよ。気楽に行こうぜ」

 

 目をキラキラさせた麗奈が手を上げる。

 

「麗奈からひとつご報告があるのです」

 

「はい。れなちゃんどうぞ」

 

 麗奈が西園寺の方を向く。


「麗奈は、西園寺さんのことをナナちゃんと呼ぶことにしたのです!」

 

「それはいいわね。じゃあわたしは、七海ちゃんと呼ぶことにします」

 

「え?」

 

 突然の報告に戸惑う西園寺。

 

「なるほど。じゃあ俺は七海と呼ぶか」

 

「な、な、な」

 

 親にもさんづけでしか呼ばれたことがない西園寺。その頬が真っ赤に染まる。


「七海ちゃんも私たちのこと気軽に呼んでね」

 

「呼んでほしいのです!」

 

 まだ西園寺の顔は赤い。

 

「で、ではそうさせてもらおう」

 

「さっそく呼んでみて!」

 

「え? では、麗奈さん」

 

「れな、でいいのです!」

 

「わ、わかった」

 

「わたしは?」

 

「まゆさん、でいいかな?」

 

「さんづけ禁止です」

 

 笑顔で答える。

 

「了解した」

 

 そして指先をモジモジしながら龍仁を見る。

 

「佐々川、でよいだろうか?」

 

「おう。好きに呼んでくれ」

 

 一区切りついたところで目的地に向かう。


「こういうのも、悪くはないか……」

 

 小さな声で西園寺がつぶやく。

 

「なんか言ったか?」

 

「いや、何でもない」

 

 そう答えた西園寺の顔には笑みが浮かんでいた。




「これはどんなお菓子なんだ?」

 

「それは、見た目がイチゴで食べるとリンゴの味がするお菓子なのです!」

 

「頭が混乱してしまいそうだな……」

 

 遠足と言えば駄菓子。その信念を持つ龍仁たちは駄菓子屋へ向かったのであった。

 

 初めての経験に、西園寺のテンションは上がっていた。

 

 目につくもの全てが珍しく、楽しくてたまらないのだ。


「よし! これで買い物終了だな」

 

「みんな、付き合ってもらって悪かった」

 

「何言ってんのよ。わたしたち友達なんだから当然でしょ」

 

「麗奈も楽しかったから感謝するのです!」

 

「そ、そうか」

 

「月曜日の遠足楽しもうぜ!」

 

「もちろんお昼は一緒だよね」

 

「あぁ、ご一緒させてくれ」

 

「遠足が楽しみなのですー!」

 

 西園寺の顔に自然な笑みが浮かんでいた。



 

「じゃあ、ナナちゃんまたなのですー!」

 

「今日はつきあってくれてありがとう。れな」

 

「遠足楽しもうね、七海ちゃん」

 

「あぁ、まゆもありがとう。助かった」

 

「じゃあな七海」

 

「お、おぅ、またな」

 

 まだ呼ばれ慣れていない西園寺の顔はあっという間に赤くなる。



 

「友達か……」

 

 笑顔で西園寺がつぶやく。

 

「こんなに楽しい気持ちになったのは初めてだな」

 

 次の瞬間、西園寺の顔から笑顔が消える。


 このまま続くのだろうか。私の夢は叶うのか……。


 心の中でつぶやきながら、お菓子が入った袋を抱き締めた。

 

「あんな思いはもう……」

 

 西園寺の頬を、一筋の泪が流れ落ちていく。

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