第二話・猫でお昼ご飯

「みんなぁ、おはよぉ」

 

「美春ちゃんおはよう」

 

「美春ちゃんおっはよーなのです」


 藤田美春ふじたみはる。おっとりした口調が特徴で、小学校からの同級生である。

 残念ながら同じクラスにはなれなかった。


「龍仁おはよ!」


 美春の横に並んで歩く金髪男。

 南藤哲也なんどうてつやは、金髪で目付きは悪いが心優しき同級生である。


みんなが揃ったところで、南藤と美春に昨日の経緯を説明する。

 

「そうか、やるんだな。俺が救われたあれを」

 

 南藤の目がキラキラしている。

 

「さっそく今日から始めようかと」

 

「うまく行くといいな」

 

「頼むぞ、相棒!」

 

「頑張りますよ、先生!」

 

「先生はやめろよ」

 

 そして午前中の授業が終わり、休憩時間がやってきた。



 

「西園寺さん!」

 

 チラッと龍仁の方を見るが、返事は帰ってこなかった。

 

「いっしょに飯食べようぜ」

 

「私と麗奈ちゃんもいっしょなんだけど、西園寺さんもどうかな」

 

「いっしょにご飯食べると楽しいのです!」

 

 誰とも視線を合わせることなく立ち上がる西園寺。

 

「馴れ合うつもりはないと言ったはずだ」

 

 そう言い放つと教室から姿を消してしまった。


「想定内の反応だったな」

 

「とりあえず初日はこれでいいだろ」

 

 そこへ美春がやってくる。

 

「みんなぁ、おまたせぇ」

 

「美春ちゃん、待ってたのですー!」

 

「じゃあ、今日はこのメンバーでお昼にしましょ」

 

 真由美の声かけでランチタイムが始まった。

 

 そして、次の日の休憩時間へと時が進む。


 


「西園寺さん! いっしょに飯食べようぜ」

 

「私と麗奈ちゃんもいっしょなんだけど、西園寺さんもどうかな」

 

「いっしょにご飯食べると楽しいのです!」

 

 昨日と一言一句変わらぬ誘い文句。

 

「昨日も言ったはずだ。馴れ合うつもりはない」

 そして西園寺は教室を出ていく。


「やはり手強いな」

 

「お前もこんな感じだったぞ」

 

「そうか~? 俺はもう少しフレンドリーだったと思うけどな」

 

「その目付きで睨んどいてフレンドリーはないだろ」

 

 真由美と麗奈が激しく同意する。

 

 そして、次の日へ時が流れる。


 


 午前中の授業が終わった瞬間、西園寺が席を立ち教室を出ていく。

 

「先手打たれたな」

 

「こんなことで諦める俺たちではない!」

 

 龍仁の掛け声を合図にして、皆が西園寺を追いかける。


 この学園には学生食堂、中庭、屋上にもテーブルが設置されており、その他にも教室外で食事をする場所は多い。

 

 龍仁たちが見つけた西園寺は、中庭の壁際に座っていた。


 訓練されたかのような動きで西園寺を取り囲む龍仁たち。

 

「西園寺さん! いっしょに飯食べようぜ」

 

「私と麗奈ちゃんもいっしょなんだけど、西園寺さんもどうかな」

 

「いっしょにご飯食べると楽しいのです!」

 

 練習した台詞のように一言一句同じ誘い文句。

 

「しつこい!」

 

 包囲網を突破し、消え去る西園寺。


「よし、今日は中庭で食べるとするか」

 

「龍ちゃん、今日はこっち見て話してくれたね」

 

「そうだな。話したと言うほどじゃ無いが、少し近づけたのかもしれん」

 

 龍仁が笑顔で答える。

 

「まだまだ遠いと麗奈は思うのです」

 

 こんな攻防が一週間繰り返された。

 

 そして、その日はやってきた。


 


 この日は校舎裏の一角が舞台となった。

 

「何が狙いだ! 毎日毎日しつこいぞ!」

 

「だから、毎日言ってるだろ」

 

「そうだよ。毎日言ってるよ」

 

「では先生お願いします」


「いっしょに飯食べようぜ」

 

「私と麗奈ちゃんもいっしょなんだけど、西園寺さんもどうかな」

 

「いっしょにご飯食べると楽しいのです!」


 拳を握りしめ、小刻みに震えながら、炎のごときオーラを放つ西園寺。

 

「いいかげんにしろー!」

 

 右足を軸に西園寺が回転を始め、左足が綺麗な弧を描き、龍仁の顔面に迫っていく。

 

「龍ちゃん!」

 

「龍兄!」

 

 見事な後ろ回し蹴りが決まったと誰もが思った。


 西園寺の足は、龍仁の目の前でピタリと止まっていた。

 

「なぜ避けなかった」

 

「当てないって思ったから」

 

「バカかお前は。そんな根拠のないこと」

 

「根拠なくはないぞ」

 

「言ってみろ」

 

「西園寺って優しくていいやつだと思ったから」

 

「な、何を訳のわからんことを」

 

「それより西園寺」

 

「何だ!」

 

「そろそろ足下ろした方がいいんじゃないか」

 

「は?」

 

 真剣な顔で龍仁が語りかける。

 

「丸見えだぞ」

 

「え?」


 短いスカートで顔面へ後ろ回し蹴り、そのまま足を上げていればそうなる。


「想定外だったな。黒でセクシー系だと思ってたよ」

 

「南藤くん何想像してたのよ」

 

「猫さんだ! 可愛い~のです〜」

 

 西園寺の真っ白な下着には、猫の可愛いイラストがプリントされていた。

 

 ゆっくりと足を下ろしていく西園寺。

 

 真っ赤になった顔で口を半開きのままフリーズ。


「西園寺は猫好きなのか」

 

「あ、あの、あのだな。見なかったことにしてくれないか……」

 

「別に猫好き隠す必要ないだろ」

 

「ね、猫好きなのは知られてもいい……」

 

 潤んだ瞳で声を震わせながら。

 

「下着のことは……このことだけは黙っていてくれないか……」

 

「別に知られてもいいだろ」

 

 龍仁の言葉を遮るように叫ぶ。

 

「頼む! お願いだ!」

 

 潤んだ瞳で懇願する西園寺。

 

「わかった、誰にも言わねえよ。みんなもそうしてくれるか?」

 

「もちろん」

 

「麗奈はだれにも言わないのです!」

 

「女のお願いは聞いてやるべきだな」


 西園寺が落ち着いたのを見計らって龍仁が話し出す。

 

「さっき、根拠がないって言ってたろ」

 

「あぁ、ないのだろ?」

 

「根拠っていうかさ、確信してたんだよ」

 

 西園寺を見ながら笑顔で話を続ける。

 

「入学式の日にさ、子猫助けてたんだって?」

 

「な、なぜ知っている」

 

「おばさんに聞いたんだよ。遅刻しそうなのに、木登りまでして子猫を助ける。そんな優しい娘が顔面蹴ったりしないだろって」

 

 西園寺が少し顔を赤らめながら龍仁を見る。

 

「蹴られてたらどうするんだ!」

 

「そんときゃそん時だ」

 

 笑い飛ばす龍仁を見て、西園寺がほんの少し微笑んだように見えた。


「なあ、西園寺」

 

「なんだ」

 

「俺のお願いも聞いてもらっていいか?」

 

「交換条件ということか」

 

「違う違う、そんなんじゃねえよ。あくまでお願いだ」

 

「そうか。わたしにできることなら」

 

「できると思うぞ」

 

「言ってくれ」

 

 龍仁が真由美たちを見つめる。それだけで龍仁の言いたいことは伝わったようだ。


「西園寺!」

 

「いっしょにご飯食べようぜ!」

 

 全員の声が見事に重なりハーモニーとなった。


「そんなに一緒に食べたいのか?」

 

「毎日言ってただろ」

 

「ふっ、わかった。もう追いかけられるのも勘弁だからな」

 

「やった! 私、麗奈!」

 

「真由美です。よろしくね」

 

「南藤哲也だ。よろしく」

 

「あれ? そういや藤田どこ行った?」

 

「いつの間にかはぐれちゃったみたいね」

 

「美春ちゃんにも言っておかないとです」

 

「そうだな。お嬢には俺から説明しとくな」

 

「よし! じゃあ、いっしょにご飯食べようぜ!」

 

「約束だ。わたしもご一緒させてもらおう」

 

「じゃあ行こうか!」

 

 新しい飯友達とともに教室へ向かって歩き始めた。


 一方その頃、美春は学園をさ迷い続けていた。



 

「そろそろ戻らないとぉ、ご飯食べる時間なくなっちゃうなぁ。一旦戻りますかねぇ」

 

 美春は無事教室へ生還を果たした。


 こうして、西園寺を飯友達に引き込むことに成功した龍仁たち。

 

 みんなの後について行く西園寺の口元に、ほんの少し笑みがこぼれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る