閑話:ザザ、魔王討伐依頼

 ◆


 ザザは深夜に訪れてきたランサックとの話を終え、リリスが待つ部屋へと戻ってきた。


 ランサックが持ってきた話はとんでもないもので、ザザは当初を受諾を拒絶したが、報酬に釣られてまんまと受けてしまったのである。


 受けた理由はアレすぎるが、それでも危険な依頼である事は間違いない。

 かつてない試練を前に、ザザの精神は風俗狂いの中年から、人斬り佐々のそれへ立ち戻らざるを得ない。


「リリス、待たせた」


 暗闇の中、衣擦れの音。

 灯りがつく。


「お帰りなさいませ、ザザ様」


 リリスが応え、そして2人の視線が数秒絡み合う。

 それはまさに視線でのみ行う男女の交合であった。


 女は男の瞳に死地へと赴く覚悟を認め、男は女の瞳に色を超えた何かを認めた。

 それは愛と呼んでいいものかどうか。

 愛を知らない男、ザザには窺い知れない事だった。


「往くのですか、ザザ様」


 リリスがぽつりと言った。


「でかい依頼だ。魔王殺しの手伝いをしてくる。帰ってくるさ。そして俺は…名ばかりの貴族となる。名誉貴族だ。一生働かなくてよい。毎日でもリリスに逢いにいける…。そしてルイゼめ、ランサックにこんなものを持たせていた。…リリス、そこの銅貨を俺に放れ」


 リリスは疑問を挟まず、銅貨をザザに向かって放った。

 硬貨を斬るのだろうか?と思ったリリスの予想は覆された。


「カァァッ!!!」


 ――秘剣・穿ち新月


 一呼吸を数十に分けた、そんな刹那の間隙。

 瞬きにも満たない時間に、ザザから数十もの捻り突きが放たれた。


 灯りがあるとはいえ充分に明るいとは言えない部屋に、群れを成す白銀の流星が殺意の弧を描いて何重にも閃いた。


 捻り突きとは剣の切っ先が対象に触れた瞬間に捻りを加える事で、その貫通半径を加増させるという殺伐剣技である。


 これを瞬時にしかも大量に放つとどうなるか。


「銅貨が…消えた…?」

 リリスがぽつりと呟く。


 そう、消えるのだ。

 秘剣・穿ち新月はまるで満月が欠けていき、最終的に新月となるように、膨大な捻り突きの連打で対象を“抉り、削り消す”。


 類稀な剣の天凜を持つザザだからこそ可能な絶技である。


「やはり刀は良い。今の俺ならば師とも斬り合えるか。…いや、今ひとつ業が及ばぬか、ク、ククク」


 笑うザザの全身から、凄絶な気迫が陽炎のように立ち昇る。


 部屋に置かれたランプの頼りない明かりに照らされたザザ。その背後の影に、リリスは牙を向く餓狼のそれを幻視した。


 先ほどまでリリスの太ももを“芋虫さんだよ”などと言いつつ指でなでていた男とのギャップに、リリスは眩暈すらも覚えてしまう。


 リリスは思った。

 思えばこの落差に惚れたのだ、と。


 ふらふらと酔っ払ったような足取りでリリスはザザへ近付いていく。

 いや、事実として酔ったのだ。

 彼女はザザが放つ鬼気に酔った。


 ザザの背中に寄り添ったリリスは甘く、そしてしめやかな声で囁いた。


 ――今宵は、延長料は私が支払っておきます


 ザザは太い笑みを浮かべそれに応える。


「助かる」


 しかし死地に踏み込む依頼の報酬が、一生働かず、しかも風俗行き放題などというもので納得するあたり、やはり彼もアレなのであった。

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