『人と魔と』
◆◆◆
その日
東域はアリクス王国…その王都
西域はレグナム西域帝国、その帝都
これらに対して同時攻撃が行われた。
東西両大国の首都への転移雲による直接攻撃…特に帝国への攻撃は、可能性としてはゼロではなかったものの可能性自体は低いと考えられていた。
なぜならば転移雲とは魔王の大魔力とその魔法の業前、そして天上に輝く星々の並び、さらには地脈に蓄積している魔力…これらが揃って初めて為し得る地上の奇跡なのだが、帝国は過去の経験に学び、首都を地脈から外した場所へ建設している。
アリクス王国は別だが、この点は地脈が重なっている周辺に多くの砦や防衛線を築くことにより転移奇襲への警戒をしている。
よって、仮に魔王軍が大軍を以て両国いずれかの首都を攻撃しようとしても、転移雲が開くであろう地域はある程度特定してある為に対応しやすいのだ。
だが、両国に防衛線を敷かせるなど、防衛の対応をさせずに直接的に、そして素早く両国の中枢部へ痛打を与える手段が1つある。
それは奇しくも、人類種側が魔王軍に対して行ってきた事と同質のものであった。
◆◆◆
上魔将デイラミは魔王に次ぐ強大な魔力を痩身に漲らせ、アリクス王都上空から王都を睥睨していた。
魔族の中にあって、上魔将デイラミは魔王に次ぐ魔力誇る存在として畏れられている。その容姿は薄汚れた白いローブに身を包んだ老人だった。
しかしその見た目に騙されてはいけない。
彼が尋常の存在ではない事は、その堕ちた太陽のように赤黒く不穏に輝く瞳を見れば分かるだろう。
落ち窪んだ眼窩に収まる赤黒い眼光からは、死よりも暗い何かを想起させる。
二代勇者メリアリアの盟友、星でさえも動かす稀代の女大魔術師に深刻な傷を負わせ、戦場から脱落させたのは彼だ。
デイラミも無傷とは行かず、第三次人魔戦争の際には彼は眠りについていたが、この第四次人魔大戦において長きの眠りから目覚めたのだ。
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デイラミは骨か指か分からないほどに乾いた人差し指を王都へ向けた。それはまるで国と言う人の集合体に対しての死刑宣告にも見える。
―― "ארגז האפלה"(argaz ha'afelah-闇の揺り籠)
か細く、しかし不吉を多分に含むしわがれ声が虚空に溶け、魔法が発動した。
◆◆◆
デイラミの魔法が発動すると、王都は黒いドームに覆われた。ドームは王都をすっぽり包み込むと、その面積をどんどん広げていく。やがてそれは術者であるデイラミが佇む上空にまで及ぶと、拡大は止まる。
そして、ぽちゃんと音を立てるようにドームの頂点から何かが内部に飛び込んだ。
それは黒い塊だ。
黒い襤褸切れを巻きつけた、死神のような姿。
魔王軍における死の体現者、四代勇者を殺害した上魔将マギウスである。
急降下中のマギウスの肉体が更に3つに別れ、闇に包まれたアリクス王国の各所へと散っていく。
上魔将マギウスは個にして個に非ず。
上魔将マギウスはその身を4つ身に分ける。
その根幹にして核である死……そして病、傷、老を司る分け身へと。
マギウスを討つにはまず病、傷、老を司る三体の分体を討たねばならない。
死に纏わる三要因を司る化身を全て滅ぼしたその時に初めて本体たるマギウスの命に手をかける事が出来るのだ…が、
法神教の心ある者達、そして連盟と言う魔術団体に所属する青年とその恋人により、老を司る分け身にして法神教の最高指導者、アンドロザギウスは滅ぼされた。
つまり現在のマギウスは力が幾分削られている状態ではあるが、それでも強大な力を持っている事には変わりはない。
◇◇◇
荒野を妙齢の美女が1人歩いている。
いや、1人と1匹か。
美女の肩には小さな蛇のような生き物がちょこんと可愛らしく鎮座していた。
「シャダ、随分大人しいですけれど調子が悪いなんてことはありませんよね?」
美女がそう尋ねると、シャダと呼ばれた蛇はチロチロと舌を出す。勿論このような可愛らしい姿は仮の姿だった。
その名は悪獣シャダウォック。
喰らい千切るはその顎(アギト)、掻き毟るはその魔爪。
巨大な双眼に暗い殺意の炎を爛々と燃やし、気質は酷薄、無情である。その本性…真の姿は二足歩行の蛇と竜の合いの子のようなバケモノだ。魔獣ではなく魔族である。
しかも上魔将の地位を授けられているほどの。
「そうですか?なら良いんです。それにしてもニンゲンは徹底していますね。地脈が少しでも残っていれば、枯れかけていても活性化出来たとおもうのですが。そうすれば転移雲を開けたものを…毒物まで使って地脈を歪め、損なうような真似をしています。やはりニンゲンは油断なりませんね。シャダ?いいですか?確かに多くのニンゲンはあなたの餌に過ぎないかもしれませんが、そのニンゲンを侮った結果が過去3度の敗北なのです」
美女がクドクドと話し始めると、シャダウォックは辟易とした感情をつぶらな瞳に浮かべて念を飛ばす。
――煩イゾ
その念には小動物なりが感知したなら怖死する程度の僅かな苛立ちが込められていたが、美女…蛇の魔女、サキュラは些かも動じなかった。
サキュラもまた人類目線での分類上において上魔将として分類される最上級の魔族だからだ。
“蛇の魔女”サキュラは黒髪の魔族の女性で、月の女神の柔肌を連想する程の美しい青白い肌を持っていた。彼女の切れ長の目は漆黒の夜空に浮かぶ三日月を思わせる。
彼女の髪の毛はさながら黒色の絹糸だ。
その滑らかさと優雅に見惚れ、そして命を失った人類種の戦士は数知れない。事実として、彼女の髪の毛はただ美しいだけではなく、それ自体が凶悪な武器でもある。
サキュラは同族である魔族には寛容であり、彼らが困難な時には必ず助けの手を差し伸べていた。しかし、人類種に対してはその姿勢が一変し、冷酷で残忍な態度を取る。
これは魔族にとって一般的な性格だが、サキュラの場合はそれがより顕著であった。
「あ、ほら、帝都ベルンが見えてきましたよ。守りが硬そうですね。とりあえずはしれっと中に入っちゃいましょうか!」
サキュラはまるで観光でベルンを訪れでもするような様子で肩のシャダウォックに言った。
だが彼女達は観光で帝都くんだりまで来たわけではない。
殺戮の為にやって来たのだ。
◇◇◇
過去3度の人魔大戦で、上魔将の全てが侵攻に参加した例はない。過去3度ともに、上魔将達は魔王の傍に侍っていた。
なぜなら過去の勇者達の力がそれだけ強大であったからだ。
だが魔王と上魔将達全てが揃ったその牙城もまた堅固で、これが魔王を討滅するに
しかし勇者の力は代を重ねる毎に弱体化していき、第四代に至っては魔王ではなく魔将により殺害されてしまった。
この弱体化の原因は勇者に力を与える神…光神エラハの力が弱まったからだ。
なぜ弱まったかといえば、魔族の策謀により法神という魔族が作り出した神が勢力を広げていったからである。
法神教とは魔族の、いわば人類種殲滅のためにイム大陸へ築いた橋頭堡のようなもので、長年…気が遠くなるほど長い時間を掛けて魔族は人類種の弱体化を試み、その努力はこの第四次人魔大戦で結実した。
いまや勇者は無く、魔王はこれを最後の侵攻と見定めて最大戦力の面々を送り込んだ。
勿論、東西の主体を成す大国2つをたった4人の魔将に任せるわけではなく、彼等の後から後詰の軍は派遣されている。
だが彼等上魔将が先行して両国の首都を直撃することで、両国の防衛戦略に遅れを発生させ、防衛線の構築を妨害し、やがて追いついた後詰の軍が両国首都を陥落させる…というのが戦略といえば戦略だ。
しかし、これはこれでいいとして、人類種の側もただただ侵攻を待つだけではない。
人類種にも逆撃の腹案が存在する。
それはレグナム西域帝国が選抜した英雄達(魔王暗殺の刺客達)がアリクス王国サイドが広げた転移門を利用してアリクス王国へ転移し、アリクス王国近郊に開いた魔族の転移雲から直接果ての大陸の魔族戦力の中枢部へと乗り込むというものだ。
転移は困難な術だが、アリクス王国の重臣複数名の命と引き換えにすれば、西域の月魔狼フェンリークの遺骨とアリクス国王に代々受け継がれている『月割りの魔剣』ディバイド・ルーナムという深い業で結びついている2点を繋ぐことなら出来る。
※
『勇者』
名前だけはご立派だが、実際は“光神エラハ”の手による対魔王用の暗殺者。自由意志はないわけではないが薄弱で、初代勇者に至っては魔王殺害以外を思考する事はない傀儡そのものであった。
なお光神エラハは外大陸の神である。
遥かな昔、イム大陸に魔族達が住んでいた頃、外大陸から侵略してきた蛮族が崇める神こそが光神エラハだった。
勿論イム大陸にもシャディという神がおり、その侵略者(現在の人類種の先祖)と魔族が神々に代わって代理戦争を繰り広げた。
神同士が争わなかったのは規模が大きくなり過ぎて大陸が御破算になってしまうため。
戦争は侵略者が勝利し、魔族達は果ての大陸という僻地へ押し込められた。
なぜ魔族を滅ぼさなかったかといえば果ての大陸の掃除をさせる為。
果ての大陸には当時の神々をして手を出しかねる厄災が眠っており、眠る厄災が見る夢からは際限なく異形のバケモノが沸いて出てくる。
それこそ放置すれば世界全体がバケモノで覆われてしまうほどに。
また、大陸全域に瘴気のようなものが広がっており、その地でモノを飲み食いしたり、長く暮らすことで肉体が変異してしまう。
魔族に異形が多いのはこの後遺症。
ちなみに青い肌はまた別で、これは侵略者との戦争の際に、彼等の神から授けられた魔法の力による影響。
光神エラハは魔族にこの大陸に居座ってもらって“掃除”をさせ続けようとしていたが、“魔王”という魔族のリーダー的存在があらわれ、果ての大陸からの脱出、イム大陸での覇権交代を目論むにあたって、光神エラハが生み出した存在が“勇者”である。
勇者の目的は魔王を滅ぼす事、そして魔族を纏めるリーダーを殺害する事で、魔族を恒久的に果ての大陸へ押し込めること。
勇者は神の眷属だけあって強大で、その力は魔族をして対処が難しいほどのものだった。
だから魔族は神の力を薄めるために法神を建て、信仰の対象を光神エラハから法神へとうつしかえ、勇者の弱体化を図り、これは成功した。神という存在は信仰する者が減れば減るほどその力を弱体化させてしまう。
現在の光神エラハの力は往時のそれと比べると非常に弱々しく、かろうじて勇者の選定と木っ端のような力を与えるだけに留まっている。
とはいえそれでも勇者の力というのは強大で、上魔将マギウスに殺害された第四代勇者でさえも、小さい国くらいならば1人で滅ぼせる程度には強かったが。
皮肉なのはこの真実を人類種の誰一人として知らないことである。もしも魔族と人類種が対話できればあるいは殺し合わずに済むのかもしれない。
だが、対話で解決するには余りに多くの血が流れすぎた。
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この話でサバサバ冒険者とMemento-Mori両作品の時間の流れを一致させます。
また、Memento-moriも更新をはじめようかなとおもいます。
後、これでまた各国での戦いが始まると話が色々交差するなぁーとおもったのですが、とりあえず王都と帝都での戦闘は別作立ててシリーズで紐付けて公開しようかなとおもいます。
というのも北方侵攻とかで、北方帝都北方帝都と交互にくると頭が混乱する、という声が少なくなかったので。
あと、春前には終わりますねって堂々と言ったんですが無理っぽいです。ごめんなさい。
なんか色々別作とかに手を出してて、そっちが結構楽しくて並行して書いていくので。
マイペースでのんびりやっていきますが、まあ桜が散るまでには終わるんじゃないでしょうか。頑張ります!
なんだかんだで半年間高頻度で更新してきた事実もあるので信頼してください。
それと別作、鈴木よしお地獄道もよろしくおねがいします☆
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