勇者クロウ③
◆
「悪いが断わる。報酬に吊り合っていないな。というより俺じゃなくて他の連中もいるだろう、金等級なんて」
ザザはにべも無く断わった。
ランサックはそれを聞き、そうだよな、と項垂れた。
だが諦めるという選択肢はランサックには無い。
ランサックは夜遅く、ザザがしけこんでいる娼館に赴いてザザを呼び出した。
娼館側としてもこんな無礼者は当然追い返して然るべきなのだが、冒険者ギルドマスターであるルイゼの使いといわれればこれは無下には出来ない。
ルイゼはアリクス王国で伯爵位を戴いているが、その影響力は非情に大きい。
彼女よりも高位の貴族を呼び捨てできる者などは、アリクス国王の他には彼女のみだ。
◆
ザザが拒絶してもランサックは諦めなかった。
「いや、俺はお前が良いんだ。お前と戦って分かった。お前には凄みがある。他の奴等も実力は相当なものだろう。しかし殺し合えば勝つのは俺だ。だがお前と最後まで殺し合えばどうなるかわからん。なぜなら、お前には守るべきものがあるだろう?そういう奴は強いんだ。俺にだってある。だから俺も強い。それに報酬が気に入らないならいってくれ。何が欲しい?」
彼が何をそう執拗にザザに頼み込んでいるのか。
それは魔王の暗殺である。
クロウ、ランサックら、及び西域のレグナム西域帝国の勇士達と共に果ての大陸へ渡り、魔王を殺害せよ…というのがランサックの依頼だ。
ランサックが言うには、近く果ての大陸に魔王を封じる結界が破れ、第四次人魔大戦が始まるとのことだった。
ザザとしてはそれは驚きに値しない。
なぜなら彼は一度、ランサックの依頼に付き合う形で手練の魔族と交戦していたからだ。
(あれ程の魔族がこちらにきているとなれば、封印とやらは既にボロボロなのだろう。だがどうでもいい。そんな時の為に勇者はいるのだろうし、教会が幅をきかせているんだろう。アリクス王国も大国だし、俺には関係あるまい)
ザザの偽らざる本心である。
勿論ザザはこの時点で四代勇者は遥か西域で殺害され、中央教会は崩壊寸前だという事を知らない。
もっとも彼は、勇者とはクロウの事である…とルイゼから吹き込まれているのだが。
ザザは顎に手をやって暫し思案し、口を開いた。
「報酬の話は1つ置いておこう。仮にだ。魔王暗殺が成ったとして、どうやってもどってくればいいんだ?行きは良いさ。問題は帰りだ」
ザザの疑問は最もである。
魔王暗殺は危険だし、成功しても失敗してもみんな死ぬよね、帰り道は作らないでもいいよね、では話にならない。
「ああ、それはルイゼに腹案があるらしい。“家族”が力を貸してくれるんだとよ」
◆
王城・大望の間
「ほう。では帰りはその家族…連盟術師モウルドが力を貸してくれると?」
ルピスの問いに、ルイゼは頷きを返した。
だがルピスは何かが腑に落ちないようで、怪訝そうな視線をルイゼに向ける。
「ならば行きもモウルドの力を借りればいいではないか…と思うが、そうか。魔将か。そうだ。果ての大陸に行くだけならば何も無理に転移などしなくて良いのだからな」
ルイゼは再び頷き、口を開いた。
「魔王の両手足たる四魔将。これらが一箇所に在る限り、魔王を殺す事は決して出来ないでしょう。それより格が落ちる魔将達も同様です。これらの戦力を可能な限り引き剥がした上で刺客を送り込まねばなりません。恐らくは王都にも送り込まれるでしょうね。賭けになります四魔将の内、仮に3体がアリクス王国へ来たならば我々は滅びさるでしょう」
ふむ、とルピスは腕を組んだ。
ちょっとした所作の1つ1つにも優美さが宿っている。
「ルイゼよ。連盟はお前以外動かぬのか?お前を知っている余としては、もう少し積極的になっても良いと思うのだがな」
もっともな疑問だ。
人類間の勢力争いではない、種が安んじられるか根絶されるかの状況で、力があるにも関わらず傍観を決め込むというのはもはや犯罪的ですらある。
ルイゼは珍しく苦笑を浮かべ、そして首を振った。
「皆…協調性がないのです。言う事も聞いてくれません。モウルドの様に優しくないんです。そして我等の内でもっとも力があるであろう者に至っては、たとえ人が魔族に根絶されたとしても動かないでしょう。彼が動くとすれば…そうですねぇ…圧倒的な高次元の存在による、感情を伴わぬ虐殺…彼はそういったものを非常に嫌いますから、その時でしょうか…」
―――――――――
連盟術師モウルドについては
別作「白雪の勇者、黒風の英雄~イマドキのサバサバ冒険者スピンオフ~」の「砂漠のオアシス、テイラン③」を参照してください。
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