メンヘラと外道術師①

 ◆


 クロウと外道術師の視線がほんの僅かに交錯し、そして無言で振り切られたクロウの横薙ぎがロナリア邸の壁を撃砕…せずに壁際すれすれで止められた。


 それなりに重量のあるものを高速で振り回し、そして寸止めをすると言うのは壁を破壊する事より困難だ。


 クロウは新しい人生を歩む事が出来たというのに前世を未だに引きずっている哀れなメンヘラではあるが、他人の家を無許可で破壊してはならないという程度の常識は持ち合わせている。


 外道術師はクロウがノータイムで殺しに来た事に一切の驚きを見せる事はなかった。


 そればかりか怖気を奮う斬撃を余裕を以って回避した上に、クロウの急所へ蹴り上げを飛ばす。


 クロウはそれを半身になることでかわし、片足となって不安定な体勢となった外道術師に返しの横薙ぎを再び見舞うが、それはかがんで避けられた。


 屈んだ外道術師はそのまま身を低くしてクロウの足首を取ろうとするが、クロウは膝を放ち、魔力で強化された杭打ちのような膝が外道術師の鼻っぱしらを叩き潰す。


 血飛沫をあげ、扉を壊して吹き飛ばされる外道術師はしかし、視線は険しいものの立ち上がって折れた鼻を力ずくで直した。


 少なくとも一般的な銀等級…しかも術師という身でクロウとここまで接近戦がやれるものはアリクス王国には居ないだろう。


 種はある。


 外道術師の体術は彼本来のものではなく、被った皮の持ち主“達”のものだ。

 彼がこれまで奪って、捨ててきた“皮”は50をくだらない。


 その50名全てが類稀な戦闘センスを保有していた、と言う事ではないが、この世界では貴族や騎士、兵士、傭兵、あるいは冒険者でなくとも自衛の手段を持つ者は少なくは無い。


 外道術師はそういった者達の戦闘技術をかき集めて我流の戦闘術を編み出している。

 どのような分野であっても、その戦闘術を構成する1つ1つの技術、経験への深い理解がなければ新たな流派というものは生み出せない。


 これは妙な話ではあった。


 普通、こういう類の術で肉体と精神を奪っても結局当人のものではない以上十全に扱う事はできないからだ。


 体術にせよ魔術にせよ、肉体と精神に蓄積する記憶を簒奪すれば理論上は当人と同等に扱えるはずなのだが、僅かに威力が減衰したり、精度が悪くなったりする。


 この現象について、近年では生物には肉体と精神にくわえ、魂という第三の要素が原因だという説が有力だ。

 概念的な意味の魂ではなく、魂という不可視のモノが確かに存在し、それは生物を構成する重要な要素の1つである…


 ……か、どうかは定かではないが、歴史を紐解けば“成り代わり”、“闇の相貌”と忌み嫌われる魔族の精神寄生体でさえも、本来の当人ほどの業前を発揮出来ない事は歴然とした事実であった。


 しかし、外道術師は違う。


 自身のアイデンティティーを捨て去る事で、代わりに皮の持ち主の半生をそっくりそのまま奪い去る事が出来た。


 唯一無二の自分自身というモノを捨てさってでも他人になりすましたい、自身という存在を徹底的に忌み嫌っている者だからこそ為しうる一種の奇跡だ。


 だが魔術にはこのように当人の思い入れの強度により、本来あるべき閾値から大幅に上振れするということがままある。


 ◆


 僅かな攻防で両者は互いの力量の彼我を悟った。

 外道術師は息を荒げ、クロウを睨みつけながらも構えを解いた。


 クロウの様子は変わらない。

 だらんと剣をぶら提げ、外道術師の言葉を待っているようにも見える。


「…僕を見逃す気はあるか?十分な礼はするが」


 ややあって、外道術師は答えを半ば分かっていながらも一応とクロウに問いかけた。


 クロウは腰に剣を戻し、やはり腕をだらんと垂らしゆっくりと外道術師に歩み寄っていく。


「…言って見るものだね、率直に聞くが、いくら欲し…い…?なあ、これは一体なんの…」


 スッと伸ばされたクロウの腕。

 拳は柔らかく握られ、縦拳が形作られている。


 外道術師は緩やかに視界に広がっていくクロウの縦拳をただボウっと眺めていたが、その忘我にも似た表情が一瞬で歪められ、咄嗟に顔を逸らすと同時に左手でクロウの拳を払おうとする。


 外道術師の払い手がクロウの拳に触れたその瞬間、なにか柔らかいモノが弾け飛んだ音が部屋に響いた。


 ◆◆◆◆◆


「クロウ。受けてみろ」


 ザザが緩やかに剣を横に薙いだ。

 その速度は余りに遅く、死にかけた野良犬ですら十分な余裕をもってかわせるような一撃だ。


 クロウは首をかしげながらも剣を構え、ザザの横薙ぎを剣の腹で受け止めようとする。

 見物していたセイ・クーがニヤニヤしながらその光景を見つめていた。


 ザザの剣が自身の剣の腹で受けたクロウは、まるで車に轢かれたような衝撃を身体側面に受けて、真横に吹き飛ばされた。


「重剣・石衝という」


 倒れたクロウを無感情な眼でみながらザザは口を開いた。


「どんな事であっても極端が良い。例えば自分を舐めた奴を黙らせる時、もっとも良い方法はそいつを殺してしまう事だ。死ねば二度とそいつは舐めた口を叩けない」


 クロウは頷いた。

 ザザの理論には穴がない。


「例えばこちらを恐ろしい存在だと思わせたいとき、最初から威圧的でいるべきだろうか?俺はそうは思わない。なぜならそれでは威圧に無駄がでる。こいつは元々そういう奴なんだな、と逆に軽く見られるかもしれない」


「恐ろしい存在だと思わせたければ、最初は大人しく、静かでいる事だ。そして不意に激怒し、なんだったら大声をあげながら机を破壊してもよい。大人しかった奴がいきなりそんな事をするんだ、恐ろしくはないか?」


 確かにそれは恐ろしい、とクロウは納得した。

 だがそれが先ほどの現象とどう関係があるのだろう、とクロウは思う。


「暴力も同じだ。100の力で殴りつけたいのならば最初から100の力を込めるのではなく、例えば10の力で殴りかかり、触れた瞬間に100へ持っていく。中域の連中はそんな調子で殴ったり蹴ったりしてくるぞ、もし殺りあうような事があれば注意する事だ」


 ◆


 赤い肉片はまだそれ自体が生きているように、ヒクヒクと艶かしく蠢いている。


 クロウは外道術師に弾け飛んだ腕を見ながら、ザザの指導を思い返していた。

 ザザの訓練により、クロウもいくつか習得した技術がある。

 流石に脚捌きで分身なんて頭のおかしい真似は出来ないが、簡単な業ならいくつか扱えるようになっていた。


 “これ”もその産物だ。


 なお、クロウが剣を納めたのは先述したが余分な破壊を嫌ったためだ。それに…


(ギルドマスターからはロナリア邸に斬るべき者はいる、とは聞いていたけれど屋敷を壊せとは言われていない)


 これは生前からの悪癖…というかなんというか、クロウは“仕事”をするにあたり、言われていない事はやらない、言われた事はやる、という調子が抜けていない。


 臨機応変などという言葉はクロウのような者からは最も縁遠い言葉なのだ。


 そして、クロウには命乞いは通用しない。


 殺すと決めたからには男でも殺すし女でも殺す。成人してても殺すし、未成年でも殺す。

 老人だって殺すし、なんだって殺す。


 それは彼が残酷だからというわけではなく、融通が効かないためだ。

 全ての例に当てはまるわけではないが、“クロウのような人”は一度決めた事を変えてしまうことに酷く強いストレスを感じる。


 拘りが強いとか我が強いとか、そういった面もあるのかもしれないが、もっと簡単に説明した言葉がある。


 精神疾患である。


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19時に再度更新します

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