夜の訪れ⑨
◆
「やったか!?」
グランツが喝采をあげるが、アニー、シルファの表情は険しい。
氷の槍は余さず突き刺さり、オドネイの肉体を貫通しているものもある。
アニーが知る所、人間の急所とは40数箇所存在する。氷の槍は致命的な箇所をいくつも貫いている。
しかしこれまたアニーの知る所、アレは人間ではない。つまり…
ウゾウゾと蠢く人の形をした肉の塊がくぐもった音を立てた。
氷槍はオドネイの口中を貫き、氷槍の先端は後頭部にまで達していたが、その生命活動を止める事はなかったのだ。
「おいおいおいおい!あれはなんだってんだ!オドネイ伯爵はどうなっちまったんだ!?」
アニーも“オイオイ”と言いたい気持ちだった。
ともかく、こういう相手を観察し、そして弱点を看破し打倒に寄与するというのがアニーのこのパーティでの役割であるため、生理的な嫌悪感を押し殺しオドネイの身体を観察する。
そしてアニーは1つの気色悪い事実に気付く事になった。
「ねえ、あのオドネイ伯爵の…腹部。大きな穴が空いているけれど、傷口回りに白い…なにかしら、紐…いえ、動いている。虫かしら。とにかくそんな何かが沢山いるみたい」
グランツとシルファがアニーの指した部分をみると、確かに傷口まわりに白く長い虫が蠢いている。それも沢山。
「あれが…お父様をおかしくしてしまった…原因?」
シルファが呟く。
その呟きには何一つ根拠となるようなものはない。
だがグランツ、アニーもシルファの呟きに同意をした。
なぜならば、少なくとも異常な点であるには違いなく、彼等の拙い医学の知識に照らしてみても人間の肉体に白い長虫が蠢いているという事実はないように思えたからだ。
◆
魔族は貴く、そして強い。だが数が少ない。
ヒト種より圧倒的に少ない。
過去3度の人魔大戦の敗北の原因はまさにそれに尽きる。
ならば、ヒト種を減らし、魔族を増やせれば解決するのではないか、という試みの結果生まれたのが降魔薬と名付けられた術薬だ。
この術薬以外にも、精神の乗っ取りを得意とする“成り代わり”とも“影の相貌”とも呼ばれる精神寄生体が魔族にはいるが、これは個体数がそこまでおおくなく、乗っ取りが成功しても寄生先のもつ力を超えた力は振るえないという欠点ももつ。
その点降魔薬は寄生先の肉体を大きく変容させることもあり、単純に人類勢力を混乱させるならば成り代わりなどより効果が高かった。
ではその薬はどういうものか、といえばとある寄生体を直接投与し、人間の肉体を乗っ取ってしまうというものである。
寄生体は細い糸の様な見た目をしており、寄生した生物の胃を中心に根をはりめぐらせる。
そしてそこから宿主の摂取する食物などをエネルギー源とし、爆発的に体内で増殖する。
増殖した寄生体は最終的に宿主の脳を目指し、一定量以上の寄生体を脳に宿した宿主は完全に肉体と精神のコントロールを奪われる。
コントロールを奪われた宿主はどうなるのかといえば、宿主の記憶を利用した寄生前の行動を取る。だがこれは擬態に等しい。
擬態にて周囲を騙し、更に“増えようとする”ための。
例えば近しい人間と体液を交換したり。寄生体を混ぜた食事などを食べさせようとしたり。そういった行動を取るようになる。
そこに本人の意思はない。
話しかければ応答し、対応もするだろうが、それは記憶から引き出した反応に過ぎない。
ここまで侵食が進んだ個体は、既に本来の個体の性質、気質からはかけ離れたものとなってしまっているだろう。
これは極めて恐ろしい寄生体に思えるが、これは一定以上の精神と肉体の強度を持つ生物にとっては全くの無害でしかなかった。
そういった生物は大抵魔力を扱うわけだが、この魔力と言うものが寄生体にとっては致命的なものだったのだからだ。
“成り代わり”または“影の相貌”とよばれる精神寄生体も魔力が強い個体には寄生させづらいのだが、糸のごとき寄生体の魔力への脆弱さは格別であた。
しかし、同一の薬剤を一種の害虫へ使い続けるとやがて耐性を得てしまう、という現象がある様に、寄生体が死なない程度にわずかずつ…少しずつ魔力を流し、意図的に耐性を取得させればよい…とある魔族が考え、それを実行に移した所…それは効を奏した。
魔力を流されても死なない寄生体を作り出す事に成功したのだ。
つまりそれは、魔力に優れる人類貴族にも使えるということで…
要するに、オドネイはこの薬を使われてしまったのだ。誰が彼に薬を盛ったのか?
魔族だろうか?
いや、違う。
人類の敵は魔族だけではなく、同じ人間にもまた存在する。
魔族と通じる人間…例えばかつてロナリア家の御用商人カザカスを殺害し、その皮を被って化けた外道術師のような存在もいるということである。
◆
現実・ロナリア邸
屋敷の主がいないこのロナリア邸に今、1人の男がいた。男はロナリア邸の金目の物を袋に詰め込んでいる。要するに窃盗である。
小太りだが動きは細やかで機敏であった。
短く刈り込まれた髪の毛には所々白いものがまじっている。
目つきに油断はなく、だが瞳の奥には欲望の炎を轟々と燃やしていた。
男の名前はドワイト。
ドワイトはロナリア伯の侍従だった男だ。
だがドワイトはドワイトではなく、その前の名をカザカスと言った。
そう、かつてロナリア家御用商人カザカスを殺害し、その姿を奪い、不良冒険者や野盗をつかってアリクス貴族間の諍いのうみだそうとした男だ。
外道術師。
外道術師にはもはや元の姿もなければ名もない。
他者を殺害し、その皮を被る事でその記憶や経験を強奪する術を行使した代償に、男はもう二度と自身の本来の姿、名前を思い出す事はない。
人としての道を踏み外した男に怖いものはなにもなかった。
ないはずであった。
・
・
・
「それで、あなたは誰も居ないお屋敷で一体何をしているんですか」
黒髪の青年が眼前の男…外道術師へ問いかける。
外道術師は青年の姿に見覚えがあった。
「あなたはロナリア伯爵に仕える人ですか」
青年が再び外道術師へと問いかける。
外道術師はどう答えようか悩んだが、この身体はそもそもロナリア伯爵の侍従の肉体であるのだから、その身分を伝える事にすればいいだろうと口を開き
「魔力には色があり、匂いがある事を知っていますか。それらは人それぞれ異なる事を知っていますか」
青年の質問が開きかけた口を再び閉じさせた。
「貴方の事、俺は知っています。俺は忘れないんです。色々な事を覚えているんです。お医者さんは俺のそう言う個性が俺を苦しめている側面もあるといっていました。俺は確かにそうだとおもった。なぜなら人は辛い事、苦しいことを忘れてしまうことで再び歩み出す事が出来るから。心、身体…それらに受けた痛みをずっとずっと覚えていたなら、それはとても苦しい事です。俺は記憶力がいいんです。ところでもう一度いいますが、俺は貴方の事をしっています。魔力の色、匂いに覚えがある。貴方は確か」
――俺の敵ですよね
ギュウと青年の瞳が収縮した。
外道術師の目には、青年の瞳がまるで獣のような、凶猛な肉食の獣のような瞳に見えた。
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