閑話:ザザ ~月翳る夜、二人の男が~

 ◆


 すっかり日が暮れ、夜気に満たされたアリクス王国の王都アレクシア、その郊外で二人の男が対峙していた。


 互いに得物を持っている。

 1人は片刃の長剣。

 もう1人は黒槍。


 2人の男は互いの得物の殺傷圏内に身を置いていた。


 片方の男、ザザが片刃の長剣を握り、腕をだらりと伸ばしている。

 ザザの眼は忘我の内にあるようにも見えたし、また、万象を見通しているかの様にも見えた。


 対峙しているのはランサックだ。

 中腰に黒い槍を構え、その表情は常になく険しい。


 ――秘眼・天眼通


 ザザは “二人”の男の姿を天より俯瞰していた。

 これは超常の現象ではなく、ザザの洞察の極致、その1つの形である。目の前の対象が存在するならば、上から、あるいは側面から、対象がどういう状態なのか、どう動くかを洞察力でカバーし、極めて高精度の“想像”をする。


 ランサックがカッと目を見開き、大気の層に穴を空けるかの如き鋭い刺突を放つ。


 銀閃。

 高く、硬質な音。


 だらりとたれたザザの腕から、まるでムチのようにしなる一撃がランサックの刺突を弾いた。


 ザザはその反動すらも利用し、返しの一撃をランサックに放つ。今度はランサックが石突の部分でザザの一撃を跳ね上げた。


 そして示し合わせたかの様に二人は距離を取る。


 一連の攻防に一切の甘さは無かった。

 互いが互いを本気で殺そうと得物を振るった。

 しかし二人ともが目の前の相手がそう簡単に殺せる相手ではない事を理解もしていた。


 ◆


「…お前さん、そこまでいれあげていたのか?あの女に。だが、あの女は人間じゃあない。分かっているのか?」


 ランサックがザザに問う。

 ザザはその質問を鼻で笑った。


「リリスは魔族なんだろう?ランサック。気の流れが人間のものじゃあないしな。だがそれはどうでもいい事だ。人間だとか、魔族だとか…そんな事はどうでもいいのだ。俺に何の関係がある?それにな、ランサック。俺はお前には世話になっている。だが、リリスにはもっと世話になっているんだ、ふ、ふ、ふ」


 ――シモの世話だろうがよ


 そう思いながら、ランサックはザザとこうなった経緯を思い出していた。


 ◆◆◆


「ランサック。旨みがある仕事はないか。多少厄介でもいいぞ」


 いつものように冒険者ギルドのロビーでクダをまいていたランサックは、仕事がないかきいてくる男…ザザを見遣った。


 ザザとランサックはそれなり以上に交友がある。

 実力もさることながらその生き様が似ていた。

 ランサックはルイゼの飼い犬だし、ザザはリリスの舐め犬だ。


 二人とも決して口に出す事はないが、互いが互いに対して友人に近しい感情めいたものを抱いていた。


 だからランサックはこれまでもいくつか友人のよしみで仕事を紹介してやっていたが、今抱えている案件は少しわけありであった。


 ランサックはつい先日、冒険者ギルドのマスターであるルイゼ・シャルトル・フル・エボンから1つの仕事を請けた。


 それは王都内に潜伏する魔族の暗殺だ。

 この魔族暗殺という任務がランサックとザザの殺し合いの直接原因であった。


 そもそもなぜそんな事をルイゼがランサックへ依頼したのか。

 これは国の事情による。


 ルイゼ、というよりアリクス王国は近く第四次人魔戦争が勃発する事を予見していた。

 そこで懸念されるのが “なりかわり” の存在である。


 寄生主の記憶、精神、肉体を食い散らし、敵対勢力の裏切りからの内部抗争を誘発する忌まわしき精神寄生体。


 人魔大戦は過去に3度行われてきたが、人類側に深刻な爪痕を刻んだ要因は、このなりかわりの暗躍に起因する。


 その厄介さは正体の看破の困難さにある。

 記憶を乗っ取るという事は普段の言動からの正体看破が難しく、魔力の波長による本人特定も、魔力が精神に紐づくものであるという関係上困難だ。


 なので、魔族暗殺といえば大義名分が通っているようには思えるが、その実は不審な者を片っ端から始末していくという非常に殺伐したものとなる。


 幸いにもなりかわりは貴族のように魔力が強い者には宿りづらいという欠点がある。

 挙動不審だが潔白な貴族をぶち殺してしまう心配というのは余り無かった。


 まあ魔族側もその欠点は見越しているので、降魔薬というモノを実践投入しているのだが。


 ともかくも、外患は兎も角として内憂はアリクス王国としても御免であった。

 ルイゼはアリクス王国上層部からの要請を受け、そしてランサックへとその仕事を投げた。


 勿論それは怠惰さゆえではなく、彼女にも彼女なりにやる事があったのだ。


 極めて優れたる術師に備わる霊感。

 彼女にも当然備わっている未来への確信染みた予見は、自身の、『四大の』ルイゼの実力を以ってしても死線を何度か潜らねばならないと思わせる不穏さがあった。


 故に刃を研ぎ澄まさねばならない。

 その時に備えて。

 ルイゼがここ最近表舞台へ姿を見せないのもそれが理由である。


 ランサックはそんなルイゼの良い手駒であった。

 いや、彼の望む報酬代わりに何度か体を許し、そのせいか多少の情も絡むようにはなったか。


 ◆◆◆


 王都アレクシアの色街で春をひさぐリリスという娼婦が魔族である…とまでは確信できなくとも、少なくとも人間ではない何かであるという事はランサックも何となく分かっていた。


 これは非常に漠然とした予感めいたものである。

 例えるならば春の匂い、夏の気配、秋の足音、冬の静けさ、そういうモノを感じたときに人が季節を実感するように、人ではない何かと対峙したとき、戦いに身を置くものが感得する何かというものが確かに存在する。


 とはいえ、ヒト種以外の存在みなすべてがヒトに害を齎すというわけでもない。

 ランサックもその辺の融通は利く男であったので見逃してはいた。

 監視はしていたが。


 だがその監視が抹殺へと目的が変更された。

 これはルイゼの依頼が原因だ。


 ランサックはルイゼの依頼を受けたその夜更けにリリスの居る娼館へと赴き、急襲をかけた。

ザザをつれて。

ザザはランサックの依頼、リリス抹殺の依頼をきいて、無言で首肯した。

だがそれは偽りの首肯だ。

ランサックの槍がリリスの胴を穿たんと突き出された瞬間、ザザがその槍を弾き、ランサックと  向かい合った。


 「そうなるかよ」


 ランサックの呟きに、ザザは場所をかえようと提案した。

 月が翳り、空が雲に覆われた夜の事であった。

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