夜の訪れ③

 ◆


 クロウが見た所、シルファはどうにも落ち込んでいる様に見えた。

 薄く笑みを浮かべてはいる。

 しかしその笑みの味は苦い。

 苦笑いと言う言葉があるが、基本的にその手の笑みを浮かべる者は諦念か、恥の隠蔽か…どちらかでもって心を打ちのめされている場合が多い。


 クロウはふと思った。

 これは前者の笑みである、と。

 ああいう笑みを浮かべた事が彼にもあったからだ。


「あの時俺は辛かった。物凄く。だから転職しようとしたんだ。そうしたら会社が業界に手を回していて、転職がうまくいかなかった。それを知った時、俺はこのままずっと今の仕事を続けて、やがて酸素の供給が絶えたロウソクの火みたいにふっと命の炎が消えてしまうのだろうと思った。深夜3時過ぎの話だ。その時俺は深夜3時だっていうのに笑っていたんだ。シルファの笑みはそういう笑みだ。分かるかい、クー?」


 クロウはセイ・クーには良くわからない事を長々と語り、理解を求めてきた。

 セイ・クーは首を横に振る。

 何の話だかさっぱり分からなかったからだ。

 あの時とはどの時なのだろうか。


「いや、ちょっと何の話だか分からないよクロウ。でも言いたい事は分かる。シルファさんに手を貸すのかい?」


 セイ・クーは理解のある青年なので、クロウが訳分からない事をいきなり言い出しても、それを奇矯に思い彼を避けるといった事はしない。


 クロウはセイ・クーの言葉を聞いて思案した。

 あくまで自分基準ではシルファは困って居そうに見える。ただ、人間関係とは、困っているからといってそれが助力が欲しいと言うことにはならないという事もありうるから複雑だ。


「…分からない。シルファが手を貸して欲しそうなら貸す。俺は彼女に色々と借りがある」


 クロウがそう言うとセイ・クーが少し悪戯めいた表情を浮かべて言った。


「借りと貸し、比べれば後者の方が大きいんじゃないのかな?少なくとも君が居なければエルフとの戦いでは生きては帰れなかったはずだよ」


 クロウはセイ・クーの言葉を一笑に付した。

 何と返そうかと少し悩むが、セイ・クーはごめんごめんと言い、クロウの背中をポンと叩いた。


 クロウはロナリア家の庇護下にある…わけではないのだが、そういった話は隠然と存在する。

 その為に事細かい厄介事から保護されている事はクロウにだって分かっている事だった。

 金等級冒険者が駒となれば貴族にとっては非常に都合がいい。


 まあクロウという駒を扱いきれるかどうかは別だが、駆け引き、謀略の類には疎いクロウにとってはシルファとの繋がりはメリットが大きい。


 ◆


「…悩み、と言うのは特に無いのですが…いえ、懸念している事はあります。でもそれがはっきりどういうものかと言う事が難しくて…」


 シルファは困ったような様子で言った。

 それを聞いたクロウはとりあえず頷く。

 ちらとセイ・クーを見れば、アニー、グランツらと話をしていた。


 その時“それ”に気づいたのは偶然だ。


 ――シルファから漂う何か黒い靄の様なものが出ている…?


 眼を凝らすが靄の様なものは消えない。

 クロウは眼を細め、シルファとの距離を縮める。


「あ、あの?」


 シルファが困惑の声をあげ、セイ・クーは面白そうなモノを見つけたという表情で、グランツとアニーは止めるかどうか迷っている様な表情でクロウを見つめていた。


「嫌な感じだ。この靄。どこかで見た事があるんだ…。待ってくれ…あれは、そう、あれは中都線のホームで…ああ!」


「きゃっ!」


 クロウが叫び、シルファも驚きで叫んだ。


 ――そうだ、あのおじさんも。電車に飛び込んだあのおじさんからも黒い靄が出ていた


 クロウは死に取り憑かれていた。

 今もなお取り憑かれている。


 現在は割りとマトモそうに見えるが、それは魔王討伐を持って世界中に恩を着せ、惜しまれて死ぬという“勇者”としての使命がたまたま彼の精神に良い影響を与えているだけに過ぎない。


 要するに今なお希死念慮の徒なのだ。

 それも筋金入りの。


 そんなクロウだからこそ分かる。

 死の気配を。

 クロウには視えるのだ。

 死の色が。


 死は黒い。

 なぜならば様々な色が混じり合っているからだ。

 色とは生き様である。

 そして死とは生という過程の先に待つ結果だ。

 過程の長短難易は人それぞれである、それがゆえの万色の黒。


 それは奇しくもクロウの魔力の色そっくりなのだが、それは幸いにも誰にも気付かれなかった。

 そんな死がシルファの身近に迫ってきている。


 クロウは俯いた。

 胸に過ぎるのは悲しみだ。

 シルファがそこまで追い込まれていたとは。


「シルファ、自殺は駄目だ。自分で死ぬくらいなら俺に言って欲しい。君は友達だよ、君が俺をどう思っているかは分からないけれど、俺は君を友人だとおもっている。だから君には自殺なんてして欲しくない。だから頼って欲しいんだ。死にたいなら言ってくれ。痛くないように一撃で首を落としてあげるから」


 クロウの言葉を聞いたシルファは少しだけ口を開けた。意味が分からなさ過ぎて開口したのだ。


 クロウは少し誤解をしていた。

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