頑張る
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ある日、ギルドの修練場でクロウは剣を振っていた。
朝から晩までだ。
ここ最近毎日クロウは朝から晩まで剣を振っている。
一振り一振りに魔力を込め、型を意識し、上段から振り下ろしていた。
既にその手の掌からは血が滴っている。
明らかなハードワークなのだが、誰もそれを止めようとはしなかった。
ルイゼが“好きな様にやらせてみましょう”と言ったからだ。
通常、クロウ程の魔力があるならば剣をいくら振った所で疲弊したりましてやマメが潰れて血が出るなどと言うことは無い。
要するに今クロウは通常ではない振り方をしているのだった。
イメージするのはあの下魔将オルセンである。
ランサックとザザが駆けつけてこなかった場合、あの時死んでいたのはクロウであっただろう。
魔剣の加護如何ではわからないが、少なくとも無事で済んだとは考え辛い。
クロウも戦場に身を置く者である以上、それくらいはわかっていた。
(魔王はオルセンより強いんだろうな)
(勝てるのか)
(今のままではだめだ)
クロウは考えに考え抜いた。
そして1つの結論を出す。
それは“頑張る事”である。
頑張るとは何か。
それはクロウの価値観では死ぬ寸前まで何か1つの事を継続する事を言う。
命が損なわれないようなレベルの努力は“頑張る”とは言わない。
仕事しすぎて死んだ、勉強しすぎて死んだ、要するにそういうレベルで何かに取り組んで初めて頑張ったと讃えられるべきなのだ。
……とクロウは考えている。
だがこれまで本能のまま剣を振るってきたクロウには、何をどうすれば強くなれるのかがさっぱりわからなかった。
だからこそザザやシルファに教えを乞うたのだが、どうにもクロウが異質すぎて彼等のやり方をこれっぽっちも理解出来ない。
結局、自身に合ったやり方と言うのは自身で見出す必要がある。
そう考えたクロウはただひたすら剣を振るという鍛錬法を思いついた。
ただ愚直に振るわけではない。
一振り一振りを人生最期の一撃と見做し、時には目を血走らせ、時には血が出るほどに唇をかみ締め、歯を食いしばり、この一撃で仮想の敵が切り伏せられなければ友人や知人が、シルファやランサック、ザザ、セイ・クー、シャル・ア、ドゴラ、アシュリー、とにかくみんなみんなみんな無残に殺されてしまうのだ、と妄想しつつ必死の思いで剣を振った。
そして、当然仮想の敵なんかそもそも実在しないんだから斬り殺せるはずもないわけで、クロウの一振りは虚空を斬るだけに留まり、しかし妄想の中でクロウは仮想のオルセンの逆撃で殺されてしまう。
これは単なるイメージトレーニングだろうと言う人もいるだろう。
だがもはやクロウにとってはイメージトレーニングではなかった。
クロウは正真正銘で目の前にいるはずもない仮想のオルセンを殺す事で実際のオルセンを殺そうとしたし、その妄想中での反撃でクロウは死に値するほどの衝撃を心身に受けていた。
妄想失血により唇は青褪め、妄想打撃によりクロウの膝が落ちる。
手が震え、体が震える。
もうこうなるとわけがわからない。
クロウの中で、現実と妄想の境界線が曖昧になっていく。
やがて虚ろな意識で放った一振り。
魔力のみならず精も根も、命まで込められた一撃はあらゆる剣理に照らしても無謬の一振りで、その純粋な想いは1つの術を為した。
■
「……ッな、なにィ!?」
下魔将オルセンが自身の屋敷でくつろいでいた時に“それ”は起こった。
突然左腕が引き裂かれたのだ。
幸いにも傷は浅い。しかし高度な護りの魔法がかけられた自身の屋敷でこのような蛮行が起きるなど、オルセンには信じられなかった。すわ刺客かとあわてて周囲を見渡すも誰もいない。
隠蔽看破の魔法をもってしても曲者らしき存在は居ない。
散々に捜索をして、それでも下手人も原因もわからなかったため、結局オルセンは捜索を打ち切った。
歴戦の戦士である下魔将オルセンといえども、まさかその一撃が空間を越えたクロウの呪詛めいた斬撃だとは思わなかったであろう。
それは偶然の術式起動だ。
切なる思いの前では大陸間の距離などは無いにも等しい。
クロウの一撃は距離を無視して標的を断斬する呪いの斬撃術式となりオルセンを傷つけたのだ。
とはいっても現在のクロウでは任意にこれを発動せしめることは出来ない。
単純にそこまで高度な術を扱えるほどの実力がないのだ。
先の一撃を放ったクロウは疲労困憊してしまい、その場に倒れ意識を失ってしまった。
そういった術が起動した事自体もクロウは気づいていない。
倒れたクロウをみたギルドの職員があわてて駆け寄り、担ぎだし、医務室へと連れて行く。
凄まじいまでの心身の消耗にギルド専属の癒師は仰天したという。
後にこの斬撃術こそがクロウを勇者足らしめる…かどうかはまだ誰も分からない。
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