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 クロウとサウザールはそれからも屋敷で会話を続けた。説教はそこそこに、後は他愛の無い話だ。

 クロウは貴族との会話にしてはいやにカジュアルだなといぶかしんだが、ともあれ話し易いに越した事は無いと割り切り聞かれたことにバンバンと特に何も考えずに答えていった。


 普通なら貴族がこういう姿勢を見せてきたならば何がしかの策謀かなどと疑うものなのだが、クロウはそんな事を夢にも思わない。貴族にしてはフランクだな、と思うのが精々だ。


 こういった人物は一般的には食い物にされて終りだが、クロウはロナリア家とルイゼが陰日向にと庇護をしていた為、貴族の策謀の餌とはならずに済んでいる。


 まあルイゼがクロウに便宜を図る為に何か直接的に動いたと言う事はないのだが、彼女が目をかけているという一点が周囲の者からは庇護に見えるという事だ。


「ああ、そうだ。バルバリ、オリアスを呼んで来なさい」


 サウザールとしては考えていたよりは多少マシだと分かった息子とクロウの関係を修復して置きたかった。

 とはいえ、クロウを見る限りでは両者の関係には然程亀裂ははしっていなさそうではあるが。

 とはいえ楽観視はしていない。


 仮にクロウの態度に僅かでも怒気の影が見えればすぐにでもオリアスを引っ込める積もりであった。

 出来が悪い息子ではあるが、1度はこの手で処断しようとしたほどに出来が悪い息子ではあるが、理不尽な死をくれてやりたいと思う程に親子の情が無い訳ではない。


 ■


「オリアス、参りました」


 やがてオリアスが応接室へやってきた。

 そしてクロウの事を見るなり、その目を大きく見開く。


「オリアス。彼はクロウ殿だ。金等級冒険者……であるのはお前も知っているな。彼に王宮の一件を詫びておけ。理由は分かるな?」


 サウザールの確認にオリアスは頷いた。

 そしてクロウの前に立ち、頭を下げた。

 アリクス王国において貴族は滅多に頭を下げない。

 プライドの問題……と言うのもあるが、アリクス王国では頭を下げると言うのは“いつでも貴方の意思で私の首を落としてください”という意味の所作であるからだ。

 翻っては、これは最大級の謝意を意味する。


「気にしていません、オリアス殿」


 クロウは言葉少なにそう告げるのみであった。

 これは不機嫌であるからと言う事ではなく、単純にこういったシーンで気が利いた事を言えないだけである。

 そんなクロウの性質をサウザールはこれまでの雑談で見抜き、謝罪は十分と判断した。


「クロウ殿、折角だから食事をしていったらどうだね。キュウレの不手際の侘びの意味もある」


 クロウは特に深く考えずにそれを了承した。

 サウザールは思っていたよりまともな貴族であったし、オリアスの侘びは僅かに残っていたわだかまりを解きほぐした。コーリングは静かにしている。ならば断わる理由は無かった。なるほど確かにロナリア家との確執はあるのかもしれない。だがそれはロナリア家とコイフ家の問題であって自身には関係の無い問題だ。


 クロウは本人の気質として恩のある個人の頼みは何でも感でもYESと答える悪癖があるが、それが組織となると本人にも気付かないうちにややとした冷淡さを滲ませる。


 それは前世における彼の経験がそうさせるのかもしれない。組織と組織の争い、この場合は貴族家と貴族家の争い、確執、諍い、このようなものにはクロウ本人の深層心理の更に奥深くで拒否反応が出るのだ。


 ともあれ、クロウが初めて面識を得た貴族の誘いに是と答えたのはこのような思考を経ての事であった。


 その日の夕食でクロウとオリアスはそれなりに会話を重ねた。クロウはオリアスがかつて王宮で会った時とは様変わりしている様子にやや驚きながらも、その変化を好ましいものとして受け入れた。


 オリアスが精神的に一皮剥けた理由は、やはり父であるサウザールから殺されかけた事が大きいだろう。

 人間性というものは容易くは変わらないのだ。

 例えば犯罪を犯したものがいて、懲役を務めたとする。

 その者は更正するだろうか? いや、しない。

 懲役程度では人は更正などはしない。


 人が真の意味で変わるには、刺激的で凄惨な切っ掛けが必要だ。例えば自身が死に瀕するか、あるいは家族や大切な相手が死ぬかである。

 オリアスはその前者の経験を経た事で運よく精神的良好さを保ったままに成長できた。


 勿論そういった経験を経てもゲスはゲスである、という場合も決して少なくは無い。

 その時はどうすればいいか。

 アリクス王国の善良な貴族の多くはその答えを知っている。


 “殺してしまえ”だ。


 ■


「じゃあな、クロウ。また来てくれよ」


 ああ、とクロウはオリアスへ手をあげ、送りの馬車に乗り込んだ。二人の青年の間に僅かながらの友情に似た何かが芽生えた瞬間である。


 サウザールは貴族的打算からそれを良しとしたが、同時に単純に親としての情からもそれを良しとした。


 この友情の芽はやがて戦乱の世という土壌で大きく育っていく。

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