説教


クロウの謎の発言にもバルバリは屈しなかった。

とりあえず曖昧に返事をして、クロウを送迎の馬車へと案内をする。


だが馬車の中で、バルバリの頭は混乱の極みにあった。


(どんな墓に入りたいか、だと?この男は一体何を…。ロナリア伯爵家に囲われているらしいが、まさかコイフ伯爵家に含むものが…いや、しかしそれにしては敵愾心の様なものは感じない…)


ロナリア伯爵令嬢からはコイフ家との確執は聞いているだろう。しかしクロウからはコイフ家へ思う所がある…という様な雰囲気は感じなかった。


だが、それはそれとして置いておいて、クロウとの会話はどうにも会話が出来そうでいて会話ができない。

主であるサウザールには金等級はいずれも癖が強いと言われていたが、ここまで会話にならないとは、とバルバリはクロウへの警戒を強める。


彼はその仕事柄多くの人間達を見てきた為、狂人と呼ばれる者達の厄介さというものは良く分かっていた。

だが問題はその危険性である。

目の前の青年は害を齎すタイプの狂人なのか、それとも無害な狂人なのかを見極めなければならないとバルバリは考えた。


「は、墓ですか…そうですな、私は自然が多い場所に葬ってほしいものですな」


こういう返しが出来る辺り、バルバリは出来る男であった。


「そうですか。自然…。そういえば、荒野に野晒しにして鳥に食わせる鳥葬という埋葬方法があるんです」


だが、クロウの言葉にバルバリはまたもや圧されてしまう。


「まぁ…お墓の話は置いておきまして…その、クロウ殿はロナリア伯爵令嬢と親しいとお聞きしましたが…?」


クロウはふと考えた。

親しいとは何をもって親しいと言うのだろうか?と。

顔をあわせれば挨拶はする、雑談もする事がある。

同じ依頼を共に受けた事がある。

命を救ったり、救われた事も。

だが、親しいとは?

様々な経験を共に積んだが、それは事実でしかない。

親しいというのは何が決め手になるのだろうか。


考え込んだクロウを見て、バルバリはおや?と思う。

案外にも割り込む余地があるのでは…?と。


「…なるほど、お察ししますよクロウ殿。ロナリア伯爵令嬢と何か確執があるのですな?内容如何では何か相談に乗れるかもしれません。こう見えても私は貴族様方の事情には通じているのです」


バルバリが低く、落ち着く様な声色でクロウに囁いた。

クロウはそんなバルバリを頼もしく感じた。

クロウがシロウであった頃、「いつも助かるよ、ところで明日の休みなんだけど会社にこれないかな?」などという雑な要請に笑顔でイエスと答えた男だ。

基本的にクロウは相手の言葉を疑うと言うことをしない。


「ありがとうございます。確執はありませんよ、でも何か人間関係で悩んだらお言葉に甘えて相談させて下さい」


クロウの言葉にバルバリはにこやかに頷いた。

(流石にまだそこまで信用はしてこないか…だが何か双方の関係に問題がある事は確か。サウザール様に報告しなくては)



やがて馬車はコイフ家の前に到着した。

コイフ伯爵家の屋敷は貴族のそれとしては一般的なものだ。屋敷の大きさも、庭の広さも。


ただし、この屋敷には一つだけ他の屋敷と違うところがある。それは、敷地内のあちこちに魔法が仕掛けられていることだ。それも、殺傷能力の高いものばかり。


バルバリがそれをクロウに説明し、決して勝手に歩き回ってはいけないことを伝えると、クロウは神妙な様子で頷いた。


(さすがの金等級冒険者も当家の物々しさに恐れをなしたか)


バルバリは思うが、それは違う。

クロウが神妙な様子なのは、彼の目にはコイフ家はまるで神社仏閣の様に神々しく見えたからだ。


ともあれバルバリはクロウと共に屋敷に入っていく。

二人は応接室へ向かうが、向かい側から金髪の女性が歩いてきた。


「おや、バルバリ殿。御用を済ませて来たのですか、ああ、そちらがクロウ殿ですね。お噂はかねがね…。わたくし、コイフ家の警備隊長を務めておりますキュウレと申します」


キュウレと名乗った女性は朗らかに自己紹介をした。

短く切りそろえた髪型はその長身と相まって凛々しく見える。


「キュウレ殿はかつて冒険者でもありまして、銀等級でも上位の剣士として辣腕を振るっておりました。当家がその力を見込んで声をかけた次第でございまして…」


なるほど、とクロウは改めてキュウレを見る。

にこやかに微笑んではいるが、その佇まいには隙が無い。

当主が招いた者とは言え本質的にはクロウは異物だ。

警戒をするのは当然…


(当然…なんだけれど、少し警戒心が強い気がする)


クロウは内心で首を傾げる。


◆◆◆


あの悪名高い血泪がやってくるとは!

キュウレは内心で盛大に顔を顰めていた。

血泪のクロウと言えば金等級でも一等の厄物である。

趣味は敵対者の首を引き千切り、血を浴びることだとか。

流れ落ちる血がまるで涙のように見えた事から血泪という異名がついたらしい。


キュウレは既に冒険者として活動こそしていなかったが、冒険者時代のツテで情報収集は怠っていない。

コイフ伯爵家は敵が多く、敵対貴族が冒険者を雇う事もままある為だ。


だが、とキュウレは疑問を覚える。

聞きしに勝る…どころではない。

むしろ、隙だらけに見える。

本当に金等級なのか?

実力の程は話では聞くが、実際はどうにも…冴えない様子だ。


(少し試してみましょうか)


キュウレはほんの少しの殺気をクロウに浴びせた。

その瞬間、目の前の冴えない青年の目がどろりと蕩けた。



殺気の鎖がキュウレを縛りつける。

クロウの意思を察したコーリングがチリリリリと震えだすと、クロウの足元から冷気が這い、屋敷の床に霜つかせていく。窓の外から見える木々の葉がざわめく。クロウの両の腕の筋肉が音を立てて膨張していく。


キュウレは見た。

クロウの背後に漂う何かを。

怒りに表情を歪ませた赤い鬼、細い一指し指を突きつけてくる白い衣を纏った女、青い剣を握った青い肌の女性、その他にも色々、色々と…。


その幻影のような何かはフッと消えるが、それでもキュウレは動けない。殺気の鎖が四肢を縛りつけているからだ。

いや、動こうと思えば動けるかもしれない。

彼女とて練達の剣士だ。殺気の1つや2つは浴び慣れてきている。

だが練達の剣士だからこそ、自身の命運がここで尽きた事を理解してしまった。

ゆえに動けない。



「何事だ!なぜ我が屋敷から魔域化の兆候が出るのだ!」


魔力をふんだんに含んだ一喝が殺気の縛鎖を砕いた。

声の主はこの屋敷の主、サウザール・コイフその人だ。

ギラギラと白く光る牙の様な魔力の波濤がクロウからドロドロと漏れる不穏な魔力をかき消していく。


サウザールはクロウに気付くと訝しげに目を細めた。

「君は……君が、クロウか」



「なるほど、キュウレが試しの積もりで殺気を当てたらクロウ殿が…」


はあ、とサウザールはため息をつきながら言った。

今にも消えてしまいたいという様な表情を浮かべているのはキュウレ、そしてクロウである。


応接室で二人はサウザールから説教を受けていた。


「良いかね、クロウ殿。君が戦意溢れる有能な金等級冒険者だと言うのは分かる。しかし、自身に向けられるモノの真贋を見極める目くらいは養ったほうが良い。君はあれかね?自身へ害意を向けるものすべてを殺しつくすつもりかね?今回の一件、いたずらに君へ殺気を向けた当家の者の失態だが、君の反応は過剰すぎる。当家へ宣戦布告をしたかったわけではあるまい?」


はい…とクロウは小さい声で答えた。


普段のクロウならばあんな殺気に過剰反応はしないのだが、どうにも魔族との戦いから心が猛ってしまっている。

魔族を1人殺害する事で力を増大させた弊害だ。

増した力を御する心が養われていないのである。


もっともクロウが心を御せた事などただの一度もないのだが…。


まあ今回の一件を例えるなら、町中でちょっとガンを飛ばされただけでナイフをもって追いかけまわすようなものなので、クロウが神妙にするのは当然である。


「君もだ、キュウレ。ぱっと見てそこまで強くなさそうだから試した、だと?金等級はかの魔女が選定している。すべて危険人物なのだと何故わからない?あれかね?馬鹿は死なないと分からないというやつかね?」


キュウレは目の端に涙を浮かべて平謝りである。

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