閑話:ザザ④

 ■


 ザザは自身に振るわれる上段からの剣撃を、左手の甲を激しく剣の腹に打ちつける事で逸らした。

 そしてその勢いでそのまま体を左回転に捻り、捻りの動きを右手に持った剣の刺突へと繋げる。


 秘剣・流打殺星ながしうち・ころしぼし


 空いた手で敵手の攻撃を弾き、不吉を象徴する彗星の如き刺突が命を抉る。

 普通ならばこれで勝負は決まっている。

 だが。


「心の臓を貫いた筈だがな。何故生きている?」


 そうボヤいたザザは、目の前の男の顔を覚えていた。

 数日前、冒険者ギルドでアシュリーに絡んでいた男。


 ──“俺が何故銀等級にあがれないんだ”……だったか? 


 ザザは僅かに口角を上げる。

 アシュリーはそんな男を見もせず、ギルド規定により……と突っぱねていた。

 それだけならともかく、激昂した男がアシュリーへ掴みかかろうとした時、彼女は伸ばされた手を掴み男の指関節を極めていた。

 あれは見物だったなとザザは内心で嗤う。


 銅等級くらい片手で捻り殺せなければギルド職員になんてなれないのだ。

 それがうら若き乙女であってもだ。


(まあそれは兎も角、コイツは何なんだろうな。人間か? それ以外か?)


 ■


 ルイゼからの指名依頼は最近王都近郊に現れると言う辻斬りを始末する、と言うものだった。

 金額もそれなりに積まれたということでザザはそれを受けた。

 先だってのランサックからの礼金で懐は暖かかったが、金というのは使えば無くなる。

 ましてやザザはリリスを毎日の様に指名し、とんでもない勢いでその懐を冷やしつつあった。


 件の辻斬りは王都近郊の荒地に現れると言う。

 赤角が討伐されてから荒地は良質な狩場として人気が出てきた所での辻斬り騒ぎだ。

 主に狙われるのは、荒地を狩り場と出来る程度に熟達した銀等級達だ。

 パーティを組めばオーガを倒せる様な連中が次々未帰還というのはただ事ではない。


 こういった依頼をルイゼがわざわざ指名依頼で解決を打診してきた、という所にザザは嫌な予感を感じたが金の為だと割り切って受けた。


 だがただのならず者を斬ってお仕舞いというわけでもないのだろうなともザザは感じていた。

 なぜならルイゼと言う女は冒険者の死をなんとも思っていないのだ、お気に入り以外は。


 だがザザはそれを冷淡などとは思わない。

 それはザザとて同じ事だからだ。

 自身の“お気に入り”以外が生きようが死のうがどうでも良いと思っている。


 ともあれ、そんなルイゼが、赤角が生きていた頃でさえ指名依頼などを出さなかったルイゼが動いたと言う事は相応のヤマであると覚悟していたザザではあったが……


 荒地で出会ったその男は人間とは言えないタフネスを備えていた。


 ■


「まぁ、良い。死なないなら、死ぬまで殺す」


 ザザが剣を持った方の腕をぐねぐねと動かしたかと思うと、猛烈な踏み込みで男の眼前に移動し、横薙ぎに剣を振った。

 男は剣を立ててそれを防ごうとした。


 剣と剣が打ち合わされる。

 だがザザの剣は、男の目にぐにゃりと曲がっているように見え……

 確かに防いだはずのザザの一振りは男の手を深々を切り裂いた。


 それからもザザが剣を振るたびに男は傷ついていく。

 男はザザの剣撃を防いでいるにも関わらずだ。


 これぞ秘剣・揺らめき


 スプーンの先を持って揺らしていくと、まるでスプーンそのものが曲がっているように見えないだろうか? 

 ザザはそれを剣でやっている。

 敵手の防御点を誤認させる幻惑の秘剣だ。


 しかし男には心臓を貫かれても死なないと言うタフネスある。

 体を斬られる位では強引に突破されてしまうのではないか……という心配は無い。

 なぜなら……


 ──お前が俺を殺そうと思う限り、お前は俺を殺せない


 男が斬りかかろうとすると、必ず機先を制す様にザザの剣が飛んでくる。

 しかも斬撃を防ぐ事はできない。

 歪曲する斬撃は男に防御を許さない。


 男が剣を振ろうとし、そこを斬りつけられ体勢を崩し……

 ひたすらにそれが繰り返された。

 何度も何度も。


 これこそが秘剣・気動殺きどうさつ


 敵手の殺気の出所を探り、敵手が動く前にそこを斬りつけ攻撃を封じる。

 気動殺を封じるには殺そうと思わない無意識の攻撃か、あるいはザザの攻撃を弾くだけの肉体的な強靭さが必要だ。


 ■


 全てが終わった時、ザザの目の前にはズタズタになった肉の塊、破片、切れはしがあった。

 だがそこまで切り裂かれても肉の欠片は蠢いている。

 断面図には白い線虫の様なモノ。


 ザザは顔を顰め、死体を燃やした。


(ルイゼは俺に何を殺らせた? 魔族絡みか……?)


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