招待
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アリクス王国、コイフ伯爵家。
当主サウザールの執務室で、オリアス・コイフ伯爵令息が父であるサウザールに対して跪いていた。
その様子はまるで死刑執行前の罪人が如き様子だ。
そんなオリアスを上から見下すサウザールの目からはまるで温度を感じない。
「ロナリア家は羨ましいものだ。術師としての才に溢れ、狂したエルフを討ち……陛下から叙勲された小娘が居てな。ところで貴様は何をしているのだ? オリアス。ロナリアの子狐に脅されすごすごと逃げてきたらしいではないか。しかも他の貴族もいる王宮で。貴様、本当に私の種なのかね? ジルを問いただす必要がある様だな、どこぞの平民を咥え込んでいないかとな」
コイフ伯爵家当主であるサウザール・コイフ伯爵は、跪くオリアスの顎を蹴り飛ばした。
「ぐ……!」
呻くオリアスはしかし、父であるサウザールへ口答え等はしなかった。
一言でも反駁してしまえばサウザールは更に苛烈にオリアスを甚振るだろう事が分かっていたからだ。
「も、申し訳ありません父上……」
まるでゴミでも見るような目をオリアスへ向けるサウザール。
ロナリア家は狐に例えられ、コイフ家は狼に例えられる。
これは両家の気質に拠るものだ。
「コイフ伯爵家が狼に例えられる事は貴様も知っていよう、オリアス。狼は狼でもただの狼ではないぞ。月魔狼フェンリークの眷属たる月狼よ。例え首だけになろうと、初代アリクス王国の腕に牙を立て続けた月狼の如き姿こそがコイフ伯爵家に相応しい。然るに貴様はなんだ? 貴様と子狐の間に力量差がある事は分かっておる。しかし貴様からつっかけた事ならば、例え命を落とそうとそのまま貫くべきであった。まあ嫡男だからと甘やかしすぎた私にも非はある。貴様の惰弱は我が罪。なれば我が手でその罪は濯ごう。動くなオリアス、私が自ら首を落としてやる」
サウザールが左手を上へ掲げると、その手に青白い魔力が集束していく。
その光はオリアスに自らの死を強く想起させた。
これは単なる身体強化ではない。
コイフ伯爵家の血統魔術だ。
血統魔術とは貴族家に伝わる固有魔術の事である。
基本的にはその貴族家に連なる者にしか使えない。
コイフ伯爵家の血統魔術は“月光爪”と呼ばれる。
己が五指を月狼の爪と見做す事で通常の身体強化を遥かに超える強度を指に宿す。
コイフ家当主サウザールの放つそれは五重に重ねた魔法銀を切断する。
人間の首などは熱したナイフでバターを切るより容易く切り落としてしまうだろう。
跪くオリアスは全身から冷や汗を流し、目をきつく瞑る……事は無かった。
父であるサウザールの左手から放たれる網膜を焼くが如き死光を真っ直ぐ見つめ、その死を受け入れた。
盆暗オリアスと言えどもその身には野蛮なるアリクス貴族の血が受け継がれている。
死を前にして、オリアスは覚醒したのだ。
そこへひゅんと月爪の横薙ぎが……オリアスの首の皮一枚の所で止まる。
「ふん……。死に際にそんな表情が出来る癖に、なぜ無様に逃げ出す醜態を見せたのだ? だがまあいい、私も別に息子を殺す事を良しとしている訳ではない。この期に及んで逃げ出す様ならば迷うことなく貴様を殺していたが、土壇場でその面が出来るならまだ見込みはある。精進せよ」
詫びと礼をいい、去っていくオリアスを見送ったサウザールは鼻を鳴らし、再び思考をロナリア家に向ける。
(小狐は冒険者を囲っていると言う。魔女が拾ってきた金等級冒険者。市井の話では大分“イカれて”いるらしいが、金等級の者達でまともなものなどは居ないから些細な事だ。靡かせられるか? ……無理だな。だが1度見てみたいものだ)
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その日、クロウは休日を言い渡されていた。
ザザ曰く休む事もまた鍛錬……との事。
超回復だのなんだの、クロウも前世記憶でその辺りは何となく知っていたが、あるいはザザは単純に風俗に行きたいだけなのではないか……とクロウは疑っていた。
「でも、休みと言われても何をしたらいいのだろう」
クロウは休みというものが良くわからない。
休みとは何か?
それは仕事の準備をする日である。
クロウはそう考えて生きてきたし、第2の生を得てからもそんな意気で生活してきた。
さらに三大欲求と言うものがかなり薄い。
食欲、睡眠欲はともかく、性欲と言うものは皆無に等しい。
この世界で意識を得て、暫くは性欲と言うものがあったのだが、見る見るうちに消えていってしまった。
数々の死線を潜り抜ける事で神経が麻痺してしまったのだ。
死に近付く事でクロウは快感にも似た何かを感じている。
それは性交など比較にもならない程の快感であった。
性欲より死欲である。
クロウの脳は死に焼かれている。
そんなクロウはもはや女の裸などではぴくりともしない。
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悩みに悩んだクロウはとりあえず王都を散歩でもするか、と出歩く事にした。
天気は快晴で、空は青く風は爽やかだ。
待ち行く人々の表情は明るい。
魔族が蠢動している事など考えてもいないのだろう。
平和な王都の町並みを見て、クロウは勇者としてこの光景を護らねばと改めて誓う。
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「もし……。金等級冒険者のクロウ様でございますな」
そんな声はクロウが王都郊外の墓地を散歩していた時に掛かった。
クロウは声の方へと振り返る。
その表情は余りにも明るい笑顔であった。
「何か、良いことでもありましたかな? ……ま、まあそれは宜しい。私はバルバリ。さる高貴なお方に仕えております。実は私の主人がクロウ様に1度会って見たい、と仰っているのです。ついて来て頂けますな?」
クロウの返信はもちろんイエスだ。
基本的に彼は断わるという事をしない。
出来る事はイエス、出来ない事だってイエス。
「話が早くて助かります、クロウ様。ところで、なぜこの様な場所にいたのかお尋ねしても……? よもやどなたかお知り合いが……?」
事前の調べでクロウの家族はアリクスにはいない事が分かっていた。
交友関係も洗ったが、親しくしているものは居ても誰も死んだりはしていない。
「いえ、やっぱり良い石を使っているなと思ったんです。アリクス王国は死者に敬意を払っているんでしょうね。素敵な事だとおもいませんか? 俺は石について詳しくは無いけれど、見てください。このきめ細かい……滑らかな……そして、艶のある……なんといったらいいのでしょう、石質? を。俺もこんな立派な墓に入れる様な立派な人間になりたい。バルバリさん、あなたはどんなお墓に入りたいですか? 貴方のご主人様はどんなお墓が好きなのでしょうね」
ひゅるると風が吹く。
バルバリは思わず周囲を見渡した。
空は青く、風は爽やかだ。
時は昼過ぎ、暗くなるような時間帯ではない。
それなのに何故かバルバリの背筋はぶるりと震えた。
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