早く逢いたいな
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シルファはクロウの右手を手当てしながら深刻そうな表情で告げた。
「クロウ様に術の才能ありません…皆無です…今後、どんな些細な術も使う事のない様にしてください…。そして、申し訳ありません、軽々しくあの様な事を言ってしまって…」
クロウの右手は焼け爛れ、非常に痛々しい。
彼がこんな怪我を負ってしまったには勿論訳があった。
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クロウが様々な冒険者から訓練を受けてると聞いたシルファがクロウに申し出たのだ。
術を使ってみないかと。
シルファの目から見てクロウの魔力は頭抜けている。
激闘、死闘を厭わぬクロウの手札が増えるというのならそれは良い事であるし、その手助けが出来ると言うのなら非常に喜ばしい事だ…シルファはそう考えた。
だが結果はこれだ。
野営の役に立つだろうと教えた種火の術は、ドロドロとした粘着質かつ高温の黒い何かを生み出し、それがクロウの右手にへばりついて離れない。
シルファは大慌てで凝固氷結の術をつかったり、あるいはナイフをつかって慎重に剥がそうとしたりしたが……やはり離れない。
最終的にはクロウが左手を魔力でコーティングし、無理矢理剥がしたのだ。
剥がれ落ちた黒い火は地面をのた打ち回り、やがて消えた。
種火の術という単純な術がなぜこんな大失敗を晒してしまったか…と言われれば、一応の理由はある。
クロウは種火と言う便利なモノを生みたかったわけではない。
自らが種火となりたかったのだ。
自らの心に嘘はつけない。
クロウの意思は正しく術として発現し、彼が抱える負の情念を取り込んだ黒い炎(?)はクロウ自身を皆の役に立つ種火としようと作用したに過ぎない。
恐らくだが、クロウが行使する術でクロウに害を及ぼさない術は身体強化の術くらいだろう。
火も水も土もなにもかも、発現してしまえばクロウに牙を剥く自爆術式となりかねない。
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シルファは俯いた。
「いいんです、シルファさん。出来ない事を知れた。これは成長です」
クロウは穏やかに言った。
その表情には僅かながら笑みさえも浮かんでいる。
この余裕っぷりには他意はない。
クロウという男はとにかく陰性の気が強く、自身の死だの不幸だの理不尽だのそう言うことばかりを考えている人間なのだが、周囲の者の不幸を望むといった人柄ではない。
むしろ周囲の人間には幸せになってほしいのだ。
今のシルファの様に目の前で落ち込んでいる者がいれば、出来る限り慰めようとする程度の良識はある。
「まぁ、俺にはコーリングが居ますから。俺の大切な相棒です。それにシルファさん達の様に、俺と一緒に戦ってくれたりする人達もいます。俺は恵まれている方だと思います。術の才能がないからって落ち込んでいたら、贅沢だとバチが当たってしまいます」
にこやかに話すクロウを見てシルファは安心と不安を同時に抱いた。
なぜなら、アリクス王国の貴族として人間の綺麗な部分も汚い部分も散々見てきたシルファの目からみて、クロウはどうにも危なっかしくて仕方が無かった。
例えて言うなら、「おはよう!今日は爽やかな朝ですね!じゃあ死にます、さよなら!」と朗らかに自殺しそうな人を見ているような感じだ。
「クロウ様は…雰囲気が大分変わりましたね。明るくなりました。ほら、以前私に抱きついて泣いていたでしょう?」
シルファが茶化すように言うと、クロウは目を伏せ恥ずかしそうに笑う。
そこに陰の気は感じない。
「昔の話じゃないですか…でも俺も成長したっていうことなんでしょうね…早く逢いたいな…」
あら、とシルファは思った。
恋人でも出来たのだろうか?と。
だが、その次の言葉でシルファの表情が曇る。
「魔王に…」
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