再戦の誓い
◇◇◇
硬直を破ったのは意外にもザザだ。
というかこの魔族の首を持って行かないと風俗代が得られないんだから仕方が無い。
とりあえず自分がつっかけて、あとは他の2人がなんとかしてくれればいいくらいの軽いノリで死地へ踏み込んだ。
ザザは金等級のくせにその日暮らしをしているだけあって、余り深く物を考えないのだ。
ふらふらゆらゆらとザザが揺れる。
揺れるザザは2人、3人に増えていく。
身体能力を向上させたかと思えば切り、細かく繰り返す事に加えて重心を動かさずに密やかに移動をする事で相手を幻惑する。
秘剣・幻踏殺景。
アリクス広しと言えどもこんな曲芸はザザ以外には出来まい。
そのまま斬りかかるかと思えばザザは切りかからない。
行くか、という所で退く。
臆している様子はなく、なにやら不敵な笑みを浮かべている。
いかにも何か隠し種がありそうな風情だ。
これこそ隠し剣・泡沫(うたかた)。
実際は何も隠してないし、かなり窮している場面で少し時間を稼ぎたい時に便利なハッタリだ。
だがオルセンはザザの一刀を知っている。
勇者の仲間であるならただのハッタリではない、と予断を持ってしまっている。
ザザが時間を稼いでいる間にランサックはクロウへ駆け寄り、おうおうおうなどと言いながら怪しげなポーションを無理矢理飲ませていた。
かなりお高い魔力回復薬だ。
ルイゼ謹製のもので、糞不味いが効果は市販のそれの比ではない。
クロウは余りの不味さに死を感じながらも、その身に魔力の雫が滴っていくのを感じる。
■
オルセンはクロウの様子に気付くと盛大に舌打ちをした。
だが万全ではあるまい、と勇者…クロウに向かおうとすると、背にぴたりと剣の切っ先が当てられる。
「これでお前は1度死んだな。さあ、あと何回死ぬ?」
振り向けばザザが皮肉気に口角を上げて挑発した。
なぜ切っ先を当てるだけなのかといえば、全力で突き込んでも剣の方が圧し折れるからだ。つまりこれもハッタリである。
まあザザなら小指の第一関節分くらいは貫けるかもしれない。
オルセンは激昂し腕を振り回すが、ザザはスルスルと地面を滑るように距離を取ってかわしてしまった。
■
「なあ魔族さんよ、ここはお互い退かないか?あんたは強いよ、間違いない。だが俺達だって中々やるんだ。それはあんたにも分かるだろ?そこの男1人でもあんたとやりあえてるんだからな。あんたと俺達はそろって強者だ。だったらよ、雌雄を決する場ってのがあるとおもわねえか?」
ランサックは軽い口調でオルセンへ話しかけた。口調こそ軽いが、内心は必死である。
ランサックの見たところ、3人がかりでも先ず勝てないからだ。
重傷は負わせられるかもしれないが、そこまでだ。
だが、勝てないといっても今だけだ。
自分とザザはともかく、クロウにはまだ伸びしろがある。
勇者が糞ッたれな以上、クロウは魔王討伐の為の希望の1つである。
ここで死なせるわけには行かなかった。
「ランサックさん…俺は彼と、オルセンと戦います」
クロウが震えた声で言うが、ランサックは取り合わない。というかオルセンという名前に驚愕した。
魔族でオルセンと言えば第一次人魔大戦からずっと生き残っている化け物ではないか。
しかしオルセンは目を細めてクロウを見つめると、ふっと嗤った。いや、笑った。
「勇者よ。その意気や良し。しかし今のお前では私には勝てないでしょう。残りの2人と一緒でも同じです。ですがそこの虫けらの言う通り、それなりにやることは認めてあげましょう。このような森で雌雄を決するには勿体無いという言葉にも同感です。お前達の様な強者の死に場所はそれに相応しい場面というものがある…!ここは勝負を預けましょう。せいぜい研鑽を積むことです。次にまみえる時、私は今の私より遥かに強くなっているでしょう」
オルセンとしても使命というものがある。
覚醒をしていない勇者を斃せないなどというのは慚愧に堪えないが、ある程度実力はわかった。
得たいの知れない力を持っている様だが、やってやれないわけでもなさそうだ。
ならばここで仕切りなおす…というのでも良いのではないか?
オルセンは“大人の判断”を巡らせていたが、クロウがそんなものを斟酌するはずもない。
ぐっとコーリングを握り締め、オルセンの元へ向かおうとするクロウ。
だがその足はすぐに止まった。
ランサックが張り手を見舞ったのだ。
きょとんとしているクロウの胸倉を掴み、ランサックが怒鳴る。
「ばかやろう!勇者としてお前はまだ覚醒していない!そんな状態で魔王を斃せると思っているのかよ!お前がここで死んだらどれだけの無辜の民が死んでいくと思う!お前の死に時は今じゃねえ!魔王を斃すその時だ!」
ちなみにランサックはクロウが勇者じゃない事を知っている。
勇者には聖印が出るのだ。
クロウにはない。
それに聖剣だって持っている。
クロウがもっているのはどうみても魔剣だ。
しかしどうもオルセンは勘違いしているようだし、それに乗れば上手くしのげるのではないか…とランサックは思った。
思ったから実行したまでだ。
「俺が勇者…?そんなはずは…そういえばオルセンが俺を勇者だと何度もいっていた…。話を聞いていなかった…。だったら魔王を斃すことが俺の使命なのか…」
クロウはぶるりと震えた。
――魔王の手下でさえあの強さ
――ならば魔王はどれ程強いのか
――人々を護るためには今のままではだめだ
クロウはこれまで自分の強さにさしたる興味を持っていなかったが、オルセンとの戦いはクロウに1つの意識改革を齎し、更なる強さの種を植え付けた。
クロウに備わる多くの力の源の全ては人間の負の側面からなるものだったが、この時はじめて前向きなものが備わる。
それは向上心だ。
強くなりたいという向上心。
クロウはこの世界で生きてきて初めて向上心という前向きな気持ちを覚えた。
それを見ていたザザは、“茶番か”と内心呆れていた。
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(やはりまだ覚醒をしていませんでしたか)
オルセンは深く頷き、クロウへ一瞥をくれ、今度こそ去って行く。
だが、オルセンはこの時の自分の判断を慙愧に堪えないなどという言葉では言い表せない程に後悔する事になる…。
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