硬直


オルセンはクロウの様相に圧された。

クロウが纏う不吉な気配に確かに臆した。


だが、これでビビって殺されていたら下魔将になる前に100回以上は死んでいる。下魔将というのは実力主義の魔族社会においては上から警戒され、下からは下克上を狙われる非常に危うい立場なのであった。


魔族社会においては人間社会のそれとは違い、偉ければ偉いほどに強くなるのだ。そして下魔将と言うのはかなり偉い。


濃密な殺気を孕んだクロウの獣眼に一瞬ビビりかけたが、速やかに心の体勢を整える。成程、渾身の一撃は防がれた。

だがそれが何だと言うのか?

思い切り殴りつけて死なない相手など、これまでいくらでも相手をしてきた。


「先ほどの少女…なんとも凄まじい怨霊を使役していますね。勇者でありながらその様な力を扱うとは、手段を選ばぬその姿勢…先代勇者を思い出しますよ!さあぁぁ続きです!魔力を回し、剣を構えなさい!でないと…」


即ぶち殺してしまいますよ、と言うなりオルセンは飛び出す。

そして地面を抉り飛ばしながらクロウを蹴り上げた。


クロウは飛礫はあたるに任せ、蹴り上げそのものは半身となってかわす。

直撃すれば骨折じゃ済まない。


オルセンの蹴り上げはオルセン自身の視界を阻害すると見たクロウは、脇からまるで毒蛇のようにひっそりと忍び寄るが如き貫き手を放った。


コーリングを振るにはやや距離が近すぎる。

それに、オルセンの注意がコーリングに向いている事も分かっていた。

だからこその貫き手だ。


放たれた貫き手にオルセンの視線が向く。

だがオルセンは腹に力を込め、その一撃を受け止める事にした。

魔力で散々に強化されたクロウの指がずぶりとオルセンの脇腹へ突き刺さる。


だが傷は浅い。

いかにクロウがカルミラの魔力を取り込んだといっても、元々の含有魔力が違いすぎる。強化されたクロウの身体能力を持って突き込まれた手槍はしかし、その第一関節までしかオルセンの腹に突き刺さらない。


クロウが目を見開き、地面を踵で蹴りつけて側面へ転がる。

同時に振り下ろされたのはオルセンの踵だ。

下魔将たるオルセンの踵落としは当然ながらただの踵落としではない。


オルセンが踵を振り下ろすと同時に三日月型の魔力斬が放たれ、大地に深々と斬撃痕が穿たれる。

仮に受け太刀していたら不可視の魔力斬でクロウは真っ二つになっていただろう。


しかし、回避に成功したとはいえクロウも無傷ではない。

斬撃はクロウの腕を掠め、血が吹き出る。


クロウは溢れる血を掬い取り、オルセンの目に向かって飛ばした。

同時に射程を重視した突きを放った。狙うは腹。

頭部は狙わない。なぜなら血飛沫の目潰しで、オルセンの注意は頭部へと向かっているだろうからだ。


だがクロウの突きはオルセンの脇腹の端を軽く貫くに留まった。

クロウの仕掛けた稚拙な駆け引きなどは百戦錬磨のオルセンにとっては見慣れたものだ。だがそれでも


(ぐぬあああああ!い、痛い!なんですかこの痛みは…!)


クロウの一突きはオルセンに尋常ならぬ苦痛を与えた。

これこそがクロウの新たな力、自己嫌悪の産物である。


クロウが自己嫌悪で苦しめば苦しむほどに、その苦痛の呪いは実際の痛みとなり敵手を襲う。魔剣コーリングの与えるささやかな厄とも言える。


それなりに有用な能力ではあるが…


「でぇええすが!効かなぁいッ…!く、くくく。このオルセン!痛みには屈しません。痛みとはすなわち生きている証也!感じますよォ…我が身に生の力が溢れるのをねェ!!」


戦の血臭に狂しながらもオルセンが次々に放つ拳足は、極めて的確にクロウの命を削っていった。

対してクロウも己に大挙して迫る死に頬すら赤らめ、体内魔力を回し、活性化させ、オルセンの攻撃を捌き、剣撃を加え、戦況互角とまで言える程に競り合っていた。


だがこの死の舞踏独楽もいずれは止まる。

クロウが膝をついた。

カルミラから取り込んだ魔力が底をついたのだ。


それに対し、オルセンの方はまだまだ余裕がある様に見える。

結局の所、これが魔族と人間の差なのだ。

まして魔将に連なる魔族は、最下級と言えども単体で小国を容易に滅ぼす。

本来は人間ではまず勝利し得ない存在だ。


――だが、勝利は叶わずとも、時間を稼ぐ事くらいならば出来る…


◇◇◇


雷を纏った投槍がバリバリと音をたてながらオルセンの背を襲う。

ぬう、と唸りながらオルセンはひらりと宙へ飛びあがり投槍を避けた。


――秘剣・飛鳥堕し


飛び上がったオルセンの、更に上空から男が剣を振りかぶりながら落ちてきた。男は剣を一刀の下に振り下ろす。


オルセンは腕に魔力を込め、その振り下ろしを防いだ。

地に足を着けるオルセン、そして謎の男。


男の名はザザと言った。

アリクス王国金等級冒険者、百剣のザザである。


ザザは多くの秘剣を使う。

秘剣・飛鳥堕しは脚に魔力をこめ、思い切りジャンプして上段から切り落とす大技だ。普通に放てばその辺の犬にすらかわされるが、状況を選べばまあまあ使える。


◇◇◇


ザザはちらとクロウを見て、それからオルセンを見た。

そして、勝てぬ、と判じた。

傷ついてはいる様だが、だからなんだという話だ。

ちょっと魔力を込めただけで渾身の一撃を無傷で防がれてはかなわない。


ランサックが自身以上に“使える”として、果たして勝てるか?

厳しいだろう。

逃げたい。

逃げるだけなら出来そうだ。

だが逃げれば金貨はお預けどころか、いかにもヤバそうなこの青年とランサックが俺の命を取りにくる…かもしれない。


畜生、とザザは心中で毒づく。


だがそういう時こそカマすのだ。

死地でカマせるからこその金等級である。


「魔族を斬るのは初めてだ。お前は竜より強いのか?」


おいおいザザ…と押っ取り刀でやってきたランサックが苦笑する。



◇◇◇


おいおいザザ…こいつは魔将級か?そんなの相手によくそこまで吹けるな、とランサックはザザを尊敬した。

だが、このメンタルあればこそザザを引き込んだ、とランサックは思う。


ルイゼの天眼で事態を察してあわてて駆けつけたが、ランサックでも少々厳しい相手だと見る。

クロウはすっかり魔力がからっぽの様で、戦力として数えるのは難しいだろう。ザザと2人で魔将を斃すとなると…


ランサックは余裕そうな表情を崩さず、様々なパターンを考える。


◇◇◇


また人間だ、しかもそれなりの実力者が2人。オルセンはクロウ、ザザ、ランサックを見回す。

1人として容易い相手はいない事実に舌打ちをする。

1対1で負けるとは思えないが3対1で勝てるかどうかは分からない。


しかも空から切りかかってきた男は竜を斬ったという様な事を言っていた。

竜種は魔族からみても鬱陶しい存在だ。

人間が虫けらなら竜は犬コロといっていいだろう。

情けない事に竜に食われる魔族だっているくらいだ。


――戦況不利、ですか


オルセンが呟く。

人間は虫けらである、しかし強者もわずかながら存在する。

それらは決して侮っていい存在ではない。

そんなものが3人も揃って立ちふさがるとは。


勇者は殺しておきたいが、勇者の仲間とみられる連中を相手にしながら戦うのは難しい。


オルセンは悩む。

同時にランサックたちも悩んでいた。


どちらも仕掛けたくは無く、どちらも殺し合いになれば自身が戦況不利と見ている。更に言えば出来ればここで死ぬのは避けたいとも考えていた。

クロウでさえもこの戦いは自身の死を目的としたものではない…


ここで戦場に奇妙な硬直が生まれた。


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