2章・第14話:命は尊い
■
「お前、本当に人間…?」
女魔族の目は只人よりも魔力と言うものがよく見える。
そんな彼女から見て、目の前の“虫けら”の纏う魔力は余りに凶兆を孕みすぎていた。
真っ黒でどろどろしている魔力が脈打ち、“虫けら”を覆っていた。
いいや、覆っているだけではない、
魔力が形を為している…様に見えた。
それは、まるで、頭蓋骨の様な…
“虫けら”はカクカクとした動きで立ち上がった。
奇妙な動きだった。
まるで人形のようにぎこちがない。
背を向けて立っている様子は隙だらけなのだが…彼女はその隙を突けなかった。理由は分からない。
しかし、下賎な人間を恐れる理由もないはずだ。
連中は下等生物で…弱くて…よわ、くて…
“虫けら”が振り返った時、女魔族はひえぇと声をあげそうになってしまった。
魔族たる自身よりも余程おぞましくドス黒い殺意が…それでいて、滝の下で長年削られ、真に硬い部分だけが残った石の様な硬質な殺意が“虫けら”の瞳に閃いていたからだ。
いや、もう虫けらではない。敵だ!
女魔族の中で何かが切り替わる。
■
女魔族は人差し指をクロウへ向ける。
「貴女がこの熊に何かをしたのかな」
もう何度目かになるこの質問。
「したとしたら…?」
女魔族が初めてクロウの質問に答えた。
同時に
━━מכת ברק
一条の雷撃を飛ばす。
魔法により編まれた雷撃だ。
受ければ痺れる程度では済まない。
ドラゴンロアのガデスはかつて虚ろと化したエルフの雷撃を受けて大きなダメージを負ったが、仮に女魔族のそれを受けたなら或いは死んで居てもおかしくはない。
だがクロウは剣を一振りしてそれを受けた。
手がやや痺れるがその程度だった。
あの時とはクロウの階梯がまるきり異なるゆえの仕儀である。
「人間風情が…ッ…」
━━מכת ברק
━━מכת ברק
━━מכת ברק
雷撃の三連射。
クロウは先ほどと同じように剣を一振り、二振り、そして三つ目は空いている方の手の甲で弾き飛ばす。
(感じる魔力はאלוף משנה級……!人間にこんなのがいるなんて…)
אלוף משנה級の魔族は数少ない。
女魔族はそれより一段劣る。
もはや人間風情などと言っている余裕はなかった。
殺らねば…
━━殺られる!
「חרב קסם קרח」
女魔族は右手を掲げる。
そこに青白い凍気が集束していき、美しい剣が形作られた。
「我が名はカルミラ!この私に魔凍剣スカージを握らせるとはね。でも残念ね、私は魔族でも剣を扱わせれば右に出るものは…って!あんた!話を!聞きなさい!」
カルミラがダラダラと話している間に、クロウは既に懐に入り込んでいる。
そして彼女の喉元へ突きを見舞う。
喉を突くどころか、当たれば首から上が吹き飛びかねない勢いの突きをカルミラはかろうじてかわした。
(こ、この人間ッ!)
しかし彼女が体勢を立て直すよりも早く、クロウの蹴りが腹にめり込む。
肺の中の空気が押し出され、カルミラは悶絶した。
そこへ追い討ちをかけるようにクロウの剣の柄頭が顔面に叩き込まれ、鈍い音が響き渡る。
仰け反るカルミラだが、その目を殺意に滾らせたかとおもうと仰け反ったままの体勢で剣を横薙ぎに振り切った。
刃はどう見ても届かないはずだが、それでもクロウは素早くしゃがみこむ。
伸びた凍刃が頭の上を通りすぎていく。避けなければ首を落とされていただろう。
クロウは立ち上がる反動を利用して、後方へ下がった。
カルミラは追撃を諦めた。
息を大分切らせていたし、散々に殴られた体が痛むからだ。
「はァッ…ハァ……お、お前…人間じゃ、ない…って…なによ、その音…な、なんでおっきくなってんのよ…」
ゴキゴキゴキと言う音が鳴り響く。
クロウの筋肉が肥大していく。
といっても身長が倍になったとかそう言うことではない。
簡単に言えばパンプアップだ。
カルミラの一閃はクロウに死を想起させた。
それは彼の体に眠る鬼を呼び覚ましてしまう行為でもある。
しかし、死を想起させる事が出来るということは、うまくすればクロウを殺せるという事でもある。
カルミラの殺らねば殺られるという思考が、次第に逃げねば殺られるというそれへと傾きつつあった時、彼女はか細い声を聞いた。
――命は……
(なんだ…?何を言っている?)
カルミラが耳をすませる。
――尊い…
(命は、尊い?)
(いきなり何を言っているの!?)
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近況ノートにて、怒るカルミラの画像を公開しています
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