第15話:壊れたエルフを殺してあげたい③
「……それで、アーノルドは……死んじまった。エメルダが残って俺達を逃がした。多分、もう……」
ガデスは血を吐くような声色で、受付嬢のアシュリーに説明をした。
アシュリーは暫し目を閉じ、やがて哀しみ、怒り、やるせなさ。あらゆるネガティブな感情がミックスされたようなため息を1つ。
「……かしこまりました。依頼を出した王国の調査機関へは然るべき説明をしておきます。依頼自体は達成扱いとさせていただきます……。被害があったとはいえ、何があったか、原因と目されるそれを特定できたわけですから……」
「ああ……だがよ、俺は」なりません」
アシュリーがガデスの言に被せて拒絶する。
「ドラゴンロアの皆様はギルドとしても非常に有望なパーティだと考えております。率直に申し上げれば金等級でもおかしくは無く、アーノルド様とエメルダ様の実力に関しても疑いようがありません」
「ガデス様、ハルカ様も同様に。そんなパーティが半壊の憂き目に遭ったのです。……敵討ちに向かおうとおもっているのでしょう? なりません」
「ニルの森のエルフの不在は、あるいはその狂ったエルフが関わっていると目されます。でしたら王国より討伐依頼が出るでしょう。それまでお待ち下さい。そのエルフが極めて危険な存在である以上は単独行動をギルドとして承認いたしません」
ぎりぎりと歯を食いしばるような音が夜半のギルドに響きわたる。
ガルドの隣に立つハルカはうつむき、表情もわからない。
「……今夜は、もう御休みください……明日ギルドまで来ていただければとおもいます。どうかはやまらないでくださいね。討伐依頼は必ず出るでしょう。ニルの森のエルフたちとアリクス王国は非常に友好的な関係です。友好的な多種族が害されたとき、この国は苛烈に対応をしてきたことはこれまでの歴史からお分かりになるでしょう」
わかった、とガデスはハルカを支えてよろよろとギルドを出て行った。
閉まったドアをみつめながら、少し私情を出しすぎたか、と反省する。
原則として、自分の命の責任は自分で負うのが冒険者というものだ。
ガデスが復讐に行きたいのなら、止める義務はなかった。
だが、とアシュリーの目が細まり針のように刺々しい気持ちでごちる。
━━義務はなくとも義理はある
━━誠実に仕事をしてくれる限りは、ギルド員は家族も同然だ
━━家族に手を出すなら、討伐依頼が下りたならそのエルフを殺せるようにせいぜい手をまわすとしよう
アシュリーの脳裏にはある日の情景が浮かんでいた。
エメルダとは友人関係でもあった。
ある日、彼女とお茶をのんでいたら、エメルダは顔を真っ赤にしながらアーノルドが好きなんだけどどう気持ちを伝えたらいいのか、なんて聞いてきたりして。
━嗚呼
■
耳を擽る囁きは心地よいようなこそばゆいような。
クロウは常宿の粗末なベッドの上で、鞘に仕舞った愛剣に耳を当てぼんやり横になっていた。
寝ているのか起きているのか、現実と夢の境界線上でクロウは黒い洋服をきた少女を視る。
黒い服の少女には瞳がない。
そのあどけない顔立ちにぽっかり空いた真っ黒い2つの穴があいている。
クロウがその少女をみていると、少女は淡く紅い唇を開き、言った。
護ってあげる
護ってあげる
なにがあっても護ってあげる
怖いものから護ってあげる
全部殺して、護ってあげる
暗転。
■
クロウははっと目を覚ました。
変な夢をみていたのか、寝汗が酷い。
外では鳥の鳴き声がする。
木窓をあけてみれば、すっかり朝だった。
傍らに鞘におさまった愛剣が転がっている。
━抱き締めたまま寝ちゃったのか
朝のけだるさに身を委ね、暫くぼーっとしているとガランという音がした。
音のほうをみてみれば、剣が床に落ちている。
なにか剣に急かされたような気がして、クロウは身支度をしてギルドへむかった。
■
ギルドは騒がしかった。
朝はいつも依頼の争奪などで騒がしいのだが、この騒がしさは少し違うような気がした。
クロウはいぶかしく思いながらも依頼掲示板へ向かうが、そんなクロウを呼び止める声があった。
「おはよう! 調子はどうだ?」
ランサックだ。朝だというのにすでに酒の匂いがしている。
「聞いたか? ドラゴンロアがやられたそうだぜ! パーティのうち半分を殺られ、もう半分は命からがらニルの森から逃げ帰ってきたらしい。殺ったのはエルフだって話だ。どういうことだろうな? しかもよ! そのエルフはほかのエルフたちも殺っちまったらしい! とんでもねえよ! 王国はカンカンだ! 当然だよな、ニルのエルフ共とアリクス王国は付き合いがながいからな! そんなわけで討伐依頼がおりてきたそうだぜ!クロウ! お前も参加するだろ? ……ん? 俺? いや、俺は今回は見送るよ……実は最近調子が悪くてな。風邪をひいたのかもしれねえんだ……」
いつものように語るだけ語ると、ランサックは手をひらひらふりながらギルドをでていった。
彼はいつ依頼をこなしているんだろうか?
疑念が頭を過ぎるも、クロウは再び依頼掲示板へ向き直る……が、妙に視線を感じる。
くるりとみまわしてみると、ギルドでも少なくない人数の冒険者がクロウをみていた。
1人の冒険者と目線があうと、その冒険者は前に進み出てきてクロウに言う。レイピアを腰にさした細身の男……? だ。前衛にしてはあまりに細すぎる。女性の体格に見まごうほどで、流れるミディアムの髪は青みを帯びた美しい黒色をしていた。
「やあ。僕はセイ・クー。銀等級だ。3人パーティ【三日月】のリーダーをやってる。君はクロウだね。死にたがりのクロウ、角折りのクロウ……君の異名は色々あるけれど、大分印象が違うね」
何のようか、という意味でクロウが首をかしげると、セイ・クーは続けた。
「君もさっきランサックさんから聞いてただろう。討伐依頼がおりてきた。王国からだよ。参加するのかい?」
はいともいいえとも答えず、クロウは暫し黙考し、張り出されている依頼票を見る。率直にいって悩んでいた。
難敵、危険な敵というのはいい。
だが複数での討伐ということは他の冒険者との協同になるわけだ、と思うと悩んでしまう。
「検討中というわけか……だが僕としては君に是非参加してほしいんだ。ここにいる、他のものたちもそうおもっている。特異個体【赤角】をほぼ単独でやぶったときいているよ。それが本当ならとんでもないことだ。赤角は金等級パーティですら退けたことがあるんだよ。メンバーの1人は深手をおって冒険者として復帰できないほどだったそうだ。そんな化け物を破ったという実績は非常に心強い」
それにこれは私情になるが、とセイ・クーは続けた。
「死んだアーノルド、エメルダは僕の友人だった。僕はそのエルフとやらを許せない……だが、相手が危険なのはよく分かる。アーノルドとエメルダは凡庸な冒険者じゃなかった。生き残ったガデスやハルカにしたってそうだ。それなのにこんな結果になるのは、それだけ相手が危険なんだろう。だからこんな頼み方は物騒に過ぎるとおもうが、クロウ、僕に手を貸してくれないか?」
命をかけることになる、というのは分かっているが……とセイ・クーは唇を噛む。
クロウはだまって踵を返し、依頼票を剥ぎ取った。
それをそのままカウンターへ持って行く。
━━友人のためか
友人の為に命をかけて分が悪い依頼へ挑むというのはクロウにとって垂涎の理由だった。羨ましいといっても過言ではない。
命の使いどころとしては非常に適切だ。
そして、そんな分の悪い賭けをしようとしている者を手助けする、というのも悪くない。
依頼受諾の手続きをすませる。
普段とは違うアシュリーの表情。
荒んだ瞳の色。
クロウはぴんと来る。
━━復讐か。死んだ冒険者は彼女の知り合いでもあるのか?
なるほどな、と今になって納得した。
昨日、依頼を受けようとして頭痛がおきたのは、これが原因かと。
うまくはいえないが、この依頼を受ける……いや、受けなければならない流れのようなものを感じる。
セイ・クーが歩いてくるのをみながら、戦いばかりで酷使して悪いがと鞘を一撫でしながら内心で剣に詫びると、
━チリン
剣が、啼いたような気がした。
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