第16話:壊れたエルフを殺してあげたい④
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「…感謝するよ。僕らが3人。あとでメンバーを紹介するね。そして君、これで4人。そしてあともう1人いる。ガデスだ。合計5人だね。ハルカは参加しないらしい。いや、出来ないと言ったほうがいいのかな。不安定なんだ」
でも、とセイ・クーは続けた。
「ギルド側からは6人を推奨されている。それ以上になるとやっぱり連携がね…。特に今回の相手は魔法を使うそうだから、多ければ多いほど被害も広がる。10人20人いたって、連携もなにもなくバラバラなら、あっというまに瓦解して各個撃破されてしまうのがオチさ」
さもありなん、とクロウは思う。
エルフというのは大体が森で生活しているため、木々を盾にゲリラ戦のようなことをされてしまうと人数の利があるとは正直言いがたいものがある。
被害もなにも考えないでいいのだったら森ごと焼き払ってしまえばいいのにな、とクロウはおもうが、さすがにそれは許されないだろう。
もう1人誰か参加しないか、とばかりにセイ・クーが辺りを見回すと、冒険者たちは目をそらしたり申し訳なさそうに苦笑いを浮かべるのみであった。
彼らを臆病者と責め立てるには酷だろう。
実力は金等級と目されていたドラゴンロアが無残にも敗北を喫した相手がどれだけヤバいかなんていわずとも知れている。
そんな彼らをセイ・クーは目を細め鼻白んだ様子で見ていた。
だが、冒険者ならぬ傍観者をかきわけて一人の女性冒険者が近付いてくる。
それは君も見知る相手だった。
「あら、クロウ様。そしてクーさん、お久しぶり。まだ空いています?」
「やあ、シルファ嬢。もちろん。あなたが力を貸してくれるなら心強いよ」
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「…かしこまりました。では銀等級パーティ【三日月】の皆様、銀等級クロウ様、銀等級シルファ様、銀等級ガデス様の計6名で本依頼を受諾となります」
受付嬢のアシュリーからそう告げられるとセイ・クーは頷き、振り返った。
「これでよし。だが準備もある、出発は明日にしよう。時間は2つの鐘…場所は馬車の待合所前にしようか。ガデスは今はハルカの面倒をみているけれど、ギルドから伝えてもらうようにする。彼は守りの堅い重戦士で、視野も広い。僕らは火力偏重気味な所があるから大分助けられるとおもうよ」
シルファ1人だけなのだろうか?護衛の2人は…とクロウがシルファをみていると、シルファはそれと察し事情を説明する。
「ああ、グランツとアニーは少し別の依頼を手がけていますの。ほら、商人の…」
ああ、とクロウは首肯した。
それもクロウが関わった依頼である。
貴族同士のいざこざには今後とも関わりたくは無かったが、頼まれてしまったら自分は毅然と断われるのだろうか?と些か心配になるのであった。
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シルファがパーティに加入したことは偶然ではない。
元よりセイ・クーに話は通していた。
クロウが参加するタイミングを窺っていたのだ。
危険な依頼であることは当然理解していたが、いくつかの理由によりシルファは参加をきめた。
1つ。貴族の観点からして、シルファはクロウに対する借りが多すぎると感じていたから。特に命の借りだ。
1つ。王宮のメンツを潰した元凶へ対応すれば王宮がロナリア家に借りをつくったことになるから。それは他貴族からの悪意ある攻撃を受けているロナリア家にとっては大きな武器となりえる。
1つ。クロウとの距離を縮めるため。これは男女がどうこうという理由ではない。貴族的な理由からだ。
グランツとアニーは家の仕事をしているため使えないが、それでもリスクを負うだけの価値はあるとシルファは思っている。
シルファは周囲から思われているような令嬢然とした女性ではない。
打算塗れの極めて貴族的な貴族であった。
だが、自らの打算に命を賭ける矜持がある女性でもある。
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その日の夜、クロウはいつにもまして愛剣を丁寧に磨いていた。
磨きながらドラゴンロアの事を考える。
セイ・クーが話してくれた彼らの話を反芻する。
アーノルド、エメルダ、ガデス、ハルカ。
アーノルドを除き、他の3人は同じ村の出身だそうだ。
アーノルドはその地を納める小領主の三男で、一応は貴族の出ではあるが立場的には家をでなくてはいけない。
だからといったらなんだが、アーノルドは放任にも等しい環境だったそうだ。
だから幼い頃からアーノルドは村へ視察と称して遊びにいってはエメルダ、ガデス、ハルカと遊んでいた。
4人に友情が芽生えるのはすぐだった。
ああ、それから何度も遊び、友情を育み、村を飛び出し冒険者となって、4人で力をあわせて危険を乗り越え、高名な銀等級のパーティへ至ったのだろう。友情で硬く結ばれた4人。男と女だ、恋の1つもあったのかもしれない。そんな4人の内、2人が殺される。冒険中に強敵と出会い、命を落とすなんてよくある話ではある。
だが、とクロウは思う。
よくある話だからといって、許していい話ではない…
よくある話だからといって、復讐を諦める理由にはならない…
彼らの友情を引き裂いた元凶を討つ。
クロウにはそれが中々ヒロイックなことのように思える。
金等級に足を踏み入れていたパーティを半壊させるくらいだから強大な相手なのだろう。
リーダーのアーノルドは優れた剣士だったと聞いた。
若くしてドラゴン・スレイを成し遂げた英雄。
それでもなお力及ばない相手が、今回の敵。
━━命の使いどころが来たのかもしれない
━━俺の愛剣…魔剣を喰った愛剣。呼び寄せたか、災厄を
━━この依頼を受けることになった経緯を思い返せば明らかだ。他の依頼を受けようとしたときの頭痛は恐らく…
━━つまり俺の愛剣は、魔剣はここで、この依頼で命をつかえといっているんだ
━━分かってるね君は
思えば、狼だのオーガだの野盗だのは死に場所ではなかった。
人の手に余る強大な術を使いこなし、人に仇為す存在を、この身を使い討つために今の今まで生きてきたというわけか。
最高の死に様を見せるときがきたな、とクロウはいつも以上に愛をこめて剣を磨く。
もし誰かがこの光景をみたら、クロウの瞳孔がカッと開いて完全にキマってしまっている様子にドン引きしてしまうだろう。
余りにも度し難い変態…とまでは言わないが、やはりこういう部分にクロウが他の冒険者たちから避けられてしまう原因がある。
戦闘の際の異常な興奮と、日常生活でのあまりにも低すぎるコミュニケーション能力は、他者とクロウとの間に溝を作っている。
その深さはクロウが冒険者にしては品行方正であるというだけでは覆しえぬほどの深さだった。
違う世界とはいえ彼は新しい人生を歩むことになったわけで、それなら前世を引きずったりせずに新たな生を謳歌すればいいとおもうのだが、クロウにはそれができない。
ブラック企業に勤めて精神的におかしくなってしまった人の中には、会社を辞めるという決断が出来ないものが多々居ると言う。
転職活動が不安だから、とか、経済的に困窮するから、という理由もあるのだろうが、冷静に考えればどうとでも出来る筈なのだ。
人は新しい環境、新しい心境へ切り替えるとき、多大なエネルギーを要する。ブラック企業に束縛されている人はそのエネルギーがない。だから切り替えが出来ないのである。
クロウも似たようなものだ。
前世での思いをずっと引きずっている。
まるで100円の使い捨てライターのごとく雑に酷使され、結局壊されてしまったときの心の在り様のままに今世を生きている。
彼の歪んだ自殺願望のようなものは前世の澱がこりかたまって出来ている。
コミュニケーション能力の低さだって前世のそれが深く尾を引いている。
はい、いいえ、謝罪の言葉。
それだけいえれば事足りる生活。
彼が前世で奴隷のように生きていた頃、彼は他人とのまともな会話というものを久しくしていなかった。
言葉を投げかけられるのは全て上司からの会社からの命令だ。
知っているだろうか?人はこういった生活が長く、ずっと長く続くと会話の仕方を忘れてしまうことを。
こういった人間が自分を変えるためには、手っ取り早いのは大切な誰かを作ることである。誰かがクロウを大切に思い、その気持ちがクロウに伝わり、クロウもまたその誰かを大切に思うような事があるならば
あるいは彼もまともになれるのかもしれないが…
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顔がはっきりうつるほどに綺麗に磨き上げた黒剣を鞘におさめて、壁に立てかけておく。倒れたりしないかしっかりと確認をする。
この前はついうっかり掻き抱いて寝てしまって、朝になったら寝ぼけたか知らないが剣を床に落としてしまったからだ。
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目が覚める。
ふと固いものが手に触れた気がして傍らをみてみると、昨晩壁に立てかけておいたはずの剣があった。
━━寝ぼけてひっぱりこんでしまったのだろうか?
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翌朝。5人が定刻の少し前に待ち合わせ場所へ集合する。
三日月の3人。リーダーのセイ・クー。シャル・ア。ドゴラ。
ドラゴンロアのガデス。
シルファ。
クロウはまだだった。
「クロウは来てないかな?まだ少し早いからね」
セイ・クーがそういって軽く周囲をみまわすと、ゆっくり歩いてくる人影が見える。クロウだ。
「やあ、クロウ、おはよう。君はガデスや僕らとは面識がなかったよね。改めて紹介させてもらうね。僕はセイ・クー。三日月のリーダーをやっている。得物はこの前もいったけどこれさ」
そういいながら腰にさしたレイピアをぽんと叩く。
「魔法銀でね。頼りなく見えるかもしれないけれど板金鎧くらいなら引き裂いてしまうよ。下級の竜種とかの革だって、ね」
セイ・クーはにんまりとガデスに向かって言った。
「なんで俺に言うんだよ…」
ガデスの防具はワームの皮をつかった革鎧である。
セイ・クーの横に立っていた少女が前へ進み出てくる。
髪の毛を2つのお団子にして即頭部にしてまとめた黒髪の少女だ。
ゆったりとした濃紺の服をきている。
まだあどけなさを残す少女だが、その佇まいには隙がない少女然としながらも蟲惑的な雰囲気を感じさせるが、見た目通りの存在と侮れば痛い目を見そうだ。
「シャル・ア。シャルとお呼び下さい。斥候働きを佳く致しますわ」
「彼女とは同じ故郷の出なんだ。そのなじみでパーティを組んでてね。身軽さはぴか一さ。エルフの魔法はそもそも受けないことが前提だから、彼女の機動力は大きな武器になるはずだ」
セイ・クーがいうとシャルはにこりと笑った。
そしてドゴラ。
こちらは短槍をかついだ老人だった。いかにも歴戦の狩人といったいでたちで、伸ばし放題の口ひげのせいで口元が見えない。顔に深く刻まれた皺はことさら厳しい印象を与える。丸太のような二の腕はむき出しにされており、その腕には複雑な文様の刺青が彫られていた。
「……ドゴラだ。槍を使う」
「彼は精霊槍士っていってね、ラハブ族の勇士だ。ラハブ族はしっているかな?」
セイ・クーが誰ともなしに訊ねると、シルファがぽつんと呟く。
「森の戦士、ですわね」
「さすがに博識だね!そうだ、槍働きに優れ、精霊と対話し力を借り受けることができる。そして森の歩き方も僕らより詳しい。頼りになるはずだよ。ね、ドゴラ」
「…………」
ドゴラは黙ったままだ。
「おーい?」
セイ・クーが手をひらひらさせると、ドゴラが口を開いた。
「お前。ナニを憑けている?」
その目は鋭くクロウを見据えている。
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不吉だ
不吉だ
不吉だ
ラハブ族の勇士ドゴラの目には、なぜほかのものが気付かないのか理解できなかった。
━━目の前に立つ男に纏わり憑くモノが見えないのか?
━━黒髪の少女がいるではないか
━━男の肩からこちらをのぞきこんでいる!瞳もないのに見られていると分かる!
尋常ならざるものだ。
善きものは善き姿をしているものだ。
あれは、あんなものが善きものであるはずがない。
こんなモノと共に仕事などできるわけがない、とドゴラが言おうとする。
そして総身に怖気が走った。
あの少女が、クロウという青年の肩口から覗いてた黒い少女がいない。
あわてて周囲を見渡すと、居た。
少女はドゴラの横にたって目玉のない真っ黒な穴をドゴラに向けていた。
言葉はなく、表情もない。
だが精霊と対話が出来るドゴラには分かる。分かってしまった。
その先を言うなら、という濃密な殺意に散りばめられた言葉にならぬ言葉を理解してしまった。
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「むっ…いや…なんでもない。すまぬ。気のせいだ」
ドゴラは脂汗を浮かべ、口をつぐんだ。
そんな彼をセイ・クーがいぶかしげに見ると、続いてクロウに目をやる。
特におかしいところはない。
明らかにドゴラの様子がおかしくなった事は気になるが…。
セイ・クーは何か言おうと口を開きかけるが、そこへ蜂が飛んできた。
季節的にはいてもおかしくない。
だが、蜂はクロウの前を横切ろうとしたとき、ぽとりと地面に落ちた。
蜂は死んでいた。
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