閑話:ドラゴンロア

ドラゴンロアは銀級でもトップクラスのパーティだ。

実力も勿論あるが、リーダーのアーノルドの受けのよさというのも大きい。

貴族の三男坊という出のせいか、彼は貴種たちへの対応の仕方を心得ていた。

だから彼らには貴族から、王宮から指名依頼が振られることも珍しくはない。


そんな彼らにあるとき、アリクス地歴調査院から依頼がはいった。

依頼内容はアリクスの王都から北方、ニルの森である。

この森にはアリクス王国に友好的なエルフの一部族が暮らしている。

王国も彼らの存在は把握しており、極めてごくごく控えめな交流が行われてきた。アリクス王国は基本的に異民族などにたいしては融和的なのだ。


だがここ最近、ニルの森のエルフたちがめっきり見かけなくなったという報告が届いた。それだけではなく、森の野生動物すらも姿を消したと。

なにか異変がおこっていることは間違いなく、では調査をするにせよどういう類の異変なのかわからないままでは危険すぎる。

学者連中をおくって、危険な存在に皆殺しにされました、では困るのだ。

しかし、エルフ達との交流の可能性も考えると半端なものは送れない。

そこで選ばれたのはアーノルド率いるドラゴンロアであった。


だがニルの森のエルフ達の里でアーノルドが見たのは何かに襲われた痕跡。


アーノルドたちはこの話を王国へ持ち帰るか悩み、相談をしていた所に「それ」がきた。


エルフ、しかし、エルフではないナニカ。

アーノルド達に走る怖気は濃密な死を予感させるもので、歴戦のドラゴンロアが一当てすることもなく遁走を決断させるに足るものであった。



「…っ!くそ!追ってきてる!速いぞ!」


使い込まれた革鎧…ただの革鎧ではない、亜竜に分類されるワームの革をつかった鎧を纏った大柄の男が血相を変えて叫ぶ。重戦士ガデス。


「喋るな!前だけ向いて走れ!」

まだ歳若いが才気ばしった雰囲気の青年が叱咤した。剣士アーノルド。


彼らの後ろには弓を担いだ女、杖を担いだ女がそれぞれ無言で追随している。

黙って走ってはいるが、表情を歪め、顎が浮いていた。限界も近いのだろう。


杖を担いだ女、エメルダがついに音をあげた。

「も、もうだめ!これ以上は…」


大男と青年は後ろを振り返ると目配せを交わす。緊張が走り、弓使いの女…レンジャーのハルカは固唾を吞んだ。


エメルダは顔面を蒼白にしておそるおそるアーノルドへ問いかけた。

「わ、私を…見捨てるの…?」


その質問に、一瞬きょとんとしたアーノルドは苦笑交じりにエメルダを叱った。

「馬鹿!逃げられないなら迎え撃つんだよ」


「まぁなあ…糞ッ。エルフに恨まれる覚えはねえぞ!」

いらだたしげにガデスは盾を構えなおした。


悍ましい気配が近付いてくるのを感じる。


「…来るぞ!!エメルダ!ハルカ!下がれ!エメルダは詠唱準備!森で使うのはご法度だろうけど…知ったことか!火炎術式だ!俺が切り込む!魔法を使わせる暇は与えない!………ガデス!ハルカ!!」


ガサガサを草木が揺れる音がし、掻き分けてくる手の色はまるで蝋の如く真っ白だ。続いて顔が覗き込んできた。目は黒に染まっている…耳などをみれば確かにエルフであるというのに、まるで違う生物のようだ。


「合わせろォッ!」


アーノルドの突撃に先んじて、ハルカが一矢を放つ。

矢は空気を切り裂き、エルフもどきの顔面へ吸い込まれていく。


━━ガキンッ!

硬い音。

エルフもどきが顔をのけぞらせた。


顔を戻したエルフもどきの口には矢が咥えられていた。

飛来してくる一矢を歯で噛み受止めたのだ。

ハルカは顔を顰めるが、一先ず自分の仕事は出来たことにわずかな安堵を感じる。


ハルカは一瞬しか時間を稼げなかった。

しかし、一瞬稼げれば十分でもあった。


颶風を纏ったアーノルドの大上段がエルフもどきの眼前に叩きつけられる。

その強撃は大きな反発力を生み、その勢いをもって空中で一回転。回転と反発力で再度の大上段斬りを叩き込む。


竜断頭。竜の頭すら叩き割るといわれているアーノルドの回転斬りの軌跡は正確にエルフもどきの頭をとらえていたが、首をそらされてしまう。


それでもアーノルドの一撃はエルフもどきの肩口から胴体を深々と斬りさいた。見事という他ないが、アーノルドはそのてごたえに違和感を覚えていた。


(硬い…!高密度の魔力が練りこまれているのか!)


エルフもどきは生きている。

胴体の半ばまで切り裂かれながらも、悲鳴1つ上げずに真っ黒で丸い瞳をアーノルドに向け、ニタリと嗤った。


腐臭を発するかのごとき濃緑の魔力が瞬く。

なにがしかの魔導の起動だ。

何が発現するにせよ、ろくな結果にはならないだろう。


だが間に合った。

エメルダの攻勢術式が完成したのだ。


エメルダは黄色い炎の矢を放った。赤い炎ではなく、黄色い炎は赤のそれより温度が高い。3,500度にも達するその矢は、鉄ですらも容易に融解させぶち抜いてしまう。


狙いはエルフもどきの顔である。

エルフもどきはそれを避けようともしなかった。

いや、避けようとしたのかもしれない。

しかし間に合わなかったのか、あるいは避ける必要が無いと判断したのか、どちらにせよ結果として炎は直撃したのだからどちらでもよいだろう。

エルフもどきの口から悲鳴があがる。

悲鳴というより咆哮に近いものだ。


(咆哮…いや、詠唱!?)


エメルダの魔法が直撃したにもかかわらず、エルフもどきはすぐに反撃に転じた。


(━━相殺された…!奴の目線は…ハルカ!)



凄まじい勢いで跳躍すると、空中から弓を射ようとするハルカに襲い掛かったのだ。

だが、そこにガデスが割って入る。

ハンドアクスによる横薙ぎの一閃はエルフもどきの頭部をとらえた……かに見えたが、咄嗟に身を屈めたことで回避されてしまったようだ。


そのまま後方へ飛び退るエルフもどきを見て、ガデスは苦虫を嚙み潰したような顔をする。

アーノルドは技の反動で動きが鈍く、エメルダも同様。

ハルカも矢は射掛けるが、彼女の矢はもとより狙撃と牽制に特化している。強弓の類ではないのだ。

彼女が隙を強引に作り出し、アーノルドやエメルダが大技を当てる、これが彼らの必勝パターンであった。



「嘘だろ?ボウズのアレとエメルダ嬢ちゃんのアレで倒しきれねえのかよ」


それをきいていたハルカも同感であった。

「ひいたほうが良さそうですが、逃がしてくれなさそうですよね…」


エルフもどきからは先ほどまでのニタニタ笑いが引っ込んでいる。


「…けっ、これから本番ってやつか?糞。遺書かいてくればよかったぜ…」

ガデスがうんざりしたようにごちた。



エルフもどきがピッと指をガデスへ向けつぶやいた。

「د برښنا بنډل شوي تیرونه 」

ガデスには聞き取れなかったが、呪文であることはわかった。

瞬間、破裂するような音がきこえ、白い光のような何かが迸るのをガデスは知覚し、次の瞬間、彼の全身を激痛が襲いかかった。

「ぐああああ!」

針でザクザクと突き刺され続けているような痛みは、ガデスにも覚えがある。


「で、電撃…上級魔法だぜそりゃあ…指一本って…反則じゃねえのか糞…っ!」

痛みだけじゃなく、しびれも感じる。



これはまずいかもしれない。

そう考えつつ、なんとか立ち上がろうとするがうまくいかない。

(立て……立たなきゃ……殺されるぞ……っ!)

歯を食い縛り、力を込める。

体が悲鳴をあげているが無視した。

無様に這いつくばっている場合ではないからだ。

だが、それを許すほどエルフもどきは甘くはなかったらしい。


エルフもどきが再び指をガデスへむける。だが、横からアーノルドが斬りかかり、詠唱されることはなかった。


アーノルドは先ほどとは違い、細かい動きを織り交ぜてエルフもどきを牽制する。ハルカからの援護射撃もあった。アーノルドがどうしても隙を見せざるを得ないとき、的確にハルカからの一矢が飛んでくるのだ。


とはいえ、アーノルドたちにもこのままではジリ貧であるということがわかっていた。

先ほど加えた一撃の負傷はいつまにかなおっているし、先ほどから細かい手傷はあたえてもすぐに再生してしまう。


(でも…あの時奴は頭を背けた。あれほどの再生力なら頭部にくらっても問題ないはずだ。やはり、頭部が弱点ということなのか?)


「د برښنا بنډل شوي تیرونه 」

「د برښنا بنډل شوي تیرونه 」

「د برښنا بنډل شوي تیرونه 」



エルフもどきはアーノルドを指差し、立て続けに魔法を使う。

確かに雷撃の魔法は脅威ではあるが、それでもアーノルドにとっては種が知れてしまえば直線的な攻撃をかわすことはさほど難しいことではなかった。


アーノルドは体力を消費しないように回避と牽制につとめている。

ハルカの援護もあって、なんとか場を持たせることができていた。


こりずにエルフもどきがアーノルドへ指をむける。


(またか。学習能力は余りないのか?)

アーノルドが回避の準備にはいると、エルフもどきがニタリとわらった。


「アーノルド!!だめ!!!!離れて!!!」


何かに気付いたエメルダの絶叫むなしく、エルフもどきは五指を伸ばし、掌をアーノルド出向けた。


「څرخیدونکی اور 」


燃え盛り、うねる炎の奔流がアーノルドを包み込む。

アーノルドは絶叫をあげ、地面を転がりまわるも火はきえないどころか、アーノルドの全身をはいまわった。

肉が焼け、骨が焦げる匂いが立ち込めた。肉の焼けた臭いと血の臭いが入り混じり、思わず吐き気を催すほどの悪臭だ。それでも炎は消えない。

炎がようやく消えたときには、炭化した焼死体が転がっていただけだった。

あまりにも凄惨な光景に誰も言葉を発することができなかった。


エルフもどきだけが満足そうに嗤っていた。


リーダーであり、精神的支柱にして攻撃の要であるアーノルドが死んだ。


硬直したパーティの中で一番最初に動いたのはエメルダだった。

パーティの中でも一番直情的な彼女は、意外にも冷静そのものであり、しかしその目は爛々と殺意に輝いている。


「ガデス、ハルカをつれて逃げなさいな。そしてギルドへ伝えなさい。全員死ぬわけにはいかないわ。誰かがあいつのことを伝えないと。私がこいつを食い止めてあげる」



「ばかやろう!!おいていけるわけねえだろうが!!」

ガデスが猛然と反駁する。

当然だ、仲間を見捨てろって?

そんな事するくらいなら死んだほうがマシだ。


「1つ。私達3人じゃ悔しいけどアイツには勝てない」

「1つ。ハルカをみなさい。まともな説明できそうもないでしょ?あんたが護って街まで送ってくのよ」

「最後。私はアーノルドが好きだった。ガデス、あんたとハルカのことも私は実はしってるの……なら私の気持ちもわかるわね?行きなさい。逃げる時間くらいは稼いであげるわ」


絶句したガデスは鬼相を浮かべ、そしてうつむき、無言でハルカを抱え駆け出していった。


エルフもどきは真っ黒な穴のような目でだまってエメルダをみていた。

口元にはニタニタと不快な弧。

ガデスたちを追わなかったのは、目の前の小娘などすぐにくびり殺せるという自信ゆえだろうか?

しかし理由がどうであろうと、エメルダにはもはや関係がなかった。


「殺すわ」



魔導はより多くの魔力を流すことでより大きな現象を引き起こせる。


魔力はより大きい、強い感情を抱けば抱くほどにその振れ幅を大きくする。


しかし魔導行使において、正確に現象をひきおこすためには常に一定の感情をもってしなくてはならない。感情の揺れは魔導の正確な発現を阻害する。



エメルダの体を魔力が回り、巡っていく。彼女の抱く感情は真っ白にスパークし、もはや彼女自身もそれを抑えようとはしていない。

己の全身を魔力の生産工場とみなし、その命をすら薪とくべて魔力を生み出す。

多くの、より多くの魔力を生み出すために。このような真似は神経をズタズタにし、それこそ五感にさえ影響が出てしまうものだ。だが、当然そんなこともエメルダには関係がなかった。


エメルダはエルフもどきの顔をみながら、悠々と歩いていく。



エルフもどきの指から雷撃が飛び、エメルダの体を貫く。

だがエメルダの足はとまらない。

魔法使いという関係上、魔法への耐性は一般人より高いが、それ以上になによりも


「なにかした?悪いんだけど、もう何されたって痛くなんかないんだよね」


エメルダは急速に壊れつつあった。



エルフもどきまであと10歩。

石弾が頬を抉る。


エルフもどきまであと5歩。

風の刃が腕を切り飛ばした。


すでにエメルダが回し続けていた魔力は臨界に達していた。


「これ、で、あんらが、ひんだら…あの世れ、もういっかい、ころひてあえる…」


━━く・た・ば・れ


高めた魔力を殺意と怒りと哀しみのままに下級火炎術式へむりやり込め、解放。

器の小さい術式に無理矢理こめられた魔力は当然のごとく暴走し、強い感情を制御せずそのまま行使したことによる二次暴走は、周囲一体を嵐のごとき魔力暴走嵐へ巻き込み、大爆発を引き起こした。

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