第13話:壊れたエルフを殺してあげたい①
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シルファ・ロナリアは父であるロナリア伯とともに王都から離れた別宅へと向かっていた。
シルファの母親がいるのだ。
どうにも他家からの干渉があるようだとわかった次点で移動してもらった。
母は穏やかな気質で、政争などにはとても向いていない。
その間の移動中というのは暇なものだ。特に今回のような用事であれば尚更である。
退屈しのぎになにか面白い話でもないものかと周囲を見渡すも、見える景色はいつもと同じものばかりだ。
仕方なく目を閉じれば瞼の裏に焼き付いたようにあの黒髪の男が浮かんでくるのだった。
(あの人は一体何者なのだろう……)
よく貴族は庶民の気持ちなど分からない、と言われるがそれは一部の愚例を除き誤った見解だ。
貴族は庶民の気持ちはよくわかってる。
なぜなら庶民こそが貴族の糧であり、庶民をいかに【使う】かが貴族にとってもっとも大事な能力だからだ。
貴族が庶民をないがしろにするのは、気持ちがわかっててなおそれを取りに足りないと切り捨てているからである。
従って貴族には彼らの一般的な特性として、相手の人柄を、本質を見極めるという能力が備わっている。
シルファも貴族令嬢であるからには貴族教育は受けてきたわけで、人を見る目はあると自分でもおもってきたが、その目をもってしてクロウという人間の事はよくわからなかった。
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まず第一印象としては恐ろしい男だと思った。
グレイウルフから助けられたときの事を思い出す。
あの魔狼はただの狼ではない。
金属製の得物を噛み砕くような恐ろしい牙を持っている。
そんな魔物を一方的に惨殺してしまった。
グレイウルフの返り血で染まったクロウはとても恐ろしく、えたいの知れない怪物にしかみえなかった。
次に底知れない男だと思った。
赤角から迸る魔力の凄まじさよ。
クロウを助けるために使用したグラシアル・ペネトレートは重厚なプレートアーマーだって貫く。
それなのに、赤角には腕に少し食い込んだだけだった。
あの時グランツとアニーがいたが、3人で立ち向かったとしても勝てる見込みはないと断言できる。
だがそんな赤角もかくやとおもわせるのはクロウの魔力のおぞましさであった。
魔力とは決まった形をもたない。
だから本人の気質に左右される。
強い魔力を行使するとき、その魔力は可視化され、本人の気質に応じた姿形を取るのだ。
シルファのそれは凄烈な蒼で厳しさと柔らかさが同居しているかのような水流の如き魔力色である。
赤角は淀んだ赤。その迸りは憤怒の色を容易に連想させた。
しかるに、クロウは…
禍々しい人物なのかとおもえばそれは違う。
普段のクロウはおとなしすぎるほど大人しい。
ああみえて案外情に厚い所もある。
そして非常に言葉数が少ない。
少ないというより、苦手としているのだろうか?
はい、いいえ、それ以外の言葉を聞いた事がない。
いや、聞いた事はあったか…。
あの時、クロウは殺してほしいといっていた。
心に深い傷を負っているのだろう。でなければあのような魔力色の説明がつかない。
浮かない表情を浮かべるアリシアを、父である伯爵は心配そうに見守っていた。
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クロウは今日は依頼をうけなかった。さすがに少し疲れがたまっていたからだ。宿で剣を磨いたり、あとは眠ったりしていた。
クロウの数少ない趣味として睡眠があげられる。
とにかく眠るのが大好きなのだ。
理由はクロウ自身にもわからない。
現代日本であるならば、一種の睡眠障害だと診断されたかもしれない。
三大欲求の中でも、この睡眠欲というのはクロウにとって頭2つ3つは抜けている極めて強い欲求であった。
食欲は必要な分を食べるという感じであったし、性欲についてはないわけではないし、前世も童貞ではなかったが、この世界では行為にいたったことはかった。
そのへんはクロウの特殊な性癖が関係しているが、ここでは割愛する。
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クロウは夢をみていた。
クロウは街を見下ろしているが、空中にいるわけではない。
海中だ。
忘れ去られた海底都市だろうか。
人の営みの気配はない。
町の上空…上海?を大きな大きな鯨が遊泳している。
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クロウは夢を見ていた。
少女?が丘のような場所へたって空を見ている。
少女の視界の先にあるのは空中を航行する船のようなものだ。
飛行船とはまた違うようにも思える。
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ふわっとした心地でクロウは目が覚めた。
何となく覚えている。
びっくりするほどの綺麗な夢だった。
あんな場所がこの世界のどこかにあるのなら行って見たいなと思う。
木窓をあけてみると外はすっかり明るかった。
日の高さ的にはまだ午前中だろう。
━━ああ、もう少しあの夢を見ていたかった
特に海底都市は素敵だったとクロウはおもった。
もちろん2つ目の夢もいい。
━━ジ◎リの映画みたいな世界感だったな
グウ、と腹がなった。
クロウはギルドへいくか先に食事をするか少し悩み、ややあって宿屋を出た。行き先はいつもの定食屋だ。
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「でな、聞いているか?エルフってのは色々な事をしっている。なんせ何百年と生きるような連中だからな」
親父が言うとクロウは恐れ戦いた。
只人の寿命を真っ当することすら自分には苦痛であるというのに、エルフというのはそら恐ろしいメンタリティを持っているのだなと。
「━━おう、野菜もくえよ…それでな、基本的に連中は森から出てこないんだ。なんたってエルフってのは古代語でよ、森に生きる民って意味だからなァ」
なぜ不味い定食屋の親父が古代語など知っているのだろうかとクロウはいぶかしむも、親父の話が興味ぶかかったので黙ってきいていた。
「魔法や剣術にも長ける。連中にはなんたって時間があるからな。何百年と剣の修行をしてきたエルフの剣士なんて、そらもう!バケモンよ。魔法だって同じようなもんだぁな。だから連中に教えを乞おうとする奴等だって結構いるんだぜ?」
随分と完成された生物のようだが、穴はあるんだろうな、とクロウは思う。
「だがな、連中はとにかく子供が出来づらいんだ。50年に1人ふえるかどうかっていう有様らしいぜ」
親父が焦げた根菜をドバドバと皿によそってきた。
この親父の話は毎回違っていて、面白いことは間違いないのだが料理が余りにひどいせいで客が少ない。
この焦げた根菜など、ただ油でいためただけで味付け1つしていないのだ。
脂ぎっていて、しかもこげている。
死にたい。満足出来る死を遂げたい。でも不味い料理で殺されるのは嫌だな、と思いながらクロウは根菜を口に運んだ。
親父は自分の料理を食べない人間とは一切会話をしないのだ。
「なあクロウ、連中が死ぬ原因ってなにかわかるか?」
親父が声を潜めてクロウに聞いた。
なんとなくはわかる。
だが、親父が話したそうな顔をしているので、首を横に振った。
「自殺、だよ。連中は個人個人の性能が余りに高い。だから外敵から殺されるってことは余りない。だから放っておけば生き続けるんだ、それこそ何十年どころじゃねえ、何百年、もしかしたら1千年だって。そんだけいきてらな、体が死ぬより心が先に死んじまうんだ。だから心が死にそうになったら奴らは自殺する。でもよ?心が死んだエルフがそのまま生き続けちまったらどうなるか、クロウ、お前に分かるか?」
グワっと目を見開いた親父が顔を近づけてくる。
手が自然と愛剣へ伸びるが、さすがにまずいとおもい反対の手で抑え付けた。
「そういうエルフはよ、【虚ろなる者】って呼ばれてるんだ。もしもよ、冒険中にそういう狂ったエルフにであっちまったら、なりふりかまわず逃げるこったな。みーんな、死んじまうからよ」
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