第11話:盗賊団に殺されたい③


グランツは護衛依頼は無事ではすみそうもない、と予想したがまさにその通りであった。


最初に気付いたのはアニーだ。


「ねえ、ちょっといい?この馬車、この街道を通る予定はないはずよ。さっきのニ差路、本来は左に行くはずではなかったのかしら」

馬車の中で正面に座るカザカスへ問いかける。


「ええ。言い忘れました。少し予定を変更しようとおもいまして…本来の道順ですと、ちょっと予定していた到着の日に間に合わないのですよ…」

うっそりとカザカスが答えた。


「ふぅん…そう…」

アニーがさっと目をやると、ダッジともう1人の男の目線が爛々と輝いている。

残り2人は外で併走して馬車の護衛をしているはずだが、この調子だとまじめに護衛してるかどうかは疑わしい。


グランツとクロウは、といえばグランツもまた気配の剣呑さに気付いたか、警戒している様子をみせていた。

クロウはあの不気味なロングソードを抱え込んで目を閉じている。

息遣いから察するに、眠っているわけではなさそうだ。集中しているのだろうか。



事はそれからすぐ起こった。


ガタンという音。

振動。


「襲撃だ!」という男の声。

ダッジともう1人の男は馬車を飛び出した。

カザカスは足を組み、鷹揚に構えている。

危難にも動じない鉄の精神…という類の落ち着き方ではない。

それはどちらかというと…


(これから何が起こるか、知っているって面だな)

グランツは内心吐き捨てる。


「アニー!クロウ!俺達も出るぞ!」

すぐさまダッジたちに続いて馬車をおりると、周囲を賊とおぼしき連中が取り囲んでいた。黒い布切れで顔を隠し、防具は革鎧だ。この皮鎧も黒で染められている。


━━そういえば


以前、行きつけの定食屋の親父がいっていなかっただろうか?

最近、街道に黒屍を名乗る賊がでる、と


物事は色々繋がっているのだな、とクロウは呑気に考えていたがその間にも事態は推移していく。




馬車を複数の男とも女とも知れぬ徒党が取り囲んでいた。

一様に黒くなめした革鎧を纏い、頭部には黒い襤褸切れを巻きつけている。

布の隙間から見える目からは濃厚な暴の気配が漂っていた。



グランツは想定よりも不味い状況にやや焦りを感じていた。

十把ひとからげの賊程度なら物ともしないだけの能力がグランツやアニーにはある。そもそも彼らの本職は冒険者ではなく、シルファを守る護衛騎士だ。魔物に対するそれよりも、対人戦闘のほうでこそ真価を発揮できる。

しかも万が一に備えてクロウまで連れてきた。

あのオーガの特異個体と互いに急所を握り合い、にらみ合っていたクロウの事を思い出すとグランツの背筋はゾクゾクと薄ら寒くなる。

そんなクロウを仲間に引き入れたのだ、戦力面では相当な補強になったはずだとグランツは考えていた。



それでもなおグランツやアニーの目からみて、目の前の賊共は…


「思った以上に出来るぞこいつら」

グランツがうんざりと吐き捨てた。

アニーも言葉は発しないものの、その目は状況を打開できないか周囲を注視していた。


(しかし、なによりよくねえのは明らかに敵だと分かってるこいつらよりも、敵か味方かわからねえダッジ達だ。奴等の態度からみて黒だとおもうが、いつ仕掛けてくるかが問題だぜ)



ダッジ達は賊共とにらみ合っている。

にらみ合ってはいるのだが…やはり、対人戦闘というものの空気をよく知っている者から見て、この場に流れる空気にはやや違和感を感じざるを得なかった。



(これはもしかするともしかするかもね…)

アニーは最悪の展開を予想していた。

つまり、商人は黒でそれと繋がっているダッジも黒、目の前の賊達も同じように黒。味方はグランツとクロウだけで、敵は凡百の野党ではなく、訓練された傭兵部隊のようなもの。


本来もっと信頼できる戦力を連れてくるべきではあったが、すでにダッジたちが依頼を受けることは決まっていて、残り3人しか枠がなかったのだ。


そしてクロウはといえば…



最初は本当にただの義理だけで受けたような依頼だった。

自分が周囲から忌避されている事は理解している。

しかしシルファもグランツもアニーも、そんな自分によくしてくれてるし、気にかけてくれている。


この、気にかけてくれている、というのがいいのだ。

存在しないものとして無視されているわけでもなく、ひたすら頼られやがては自分のあずかり知らぬ所でどんどんと期待だけが肥大し、責任の取れない範囲のことまで任される、というのは苦痛でしかない。


彼らの気遣いは自分の心を慰撫する。近すぎず、離れすぎない、そんな距離感をしっかりたもってくれる人間関係は貴重だ。

前世では求め得なかったものだ。


だから気がすすまなくてもグランツたちの頼みをきいた。

だが、目の前の黒い格好をした賊たちを見ていると、少しだけ心が震え、奮える。


もしかしたら俺の死に場所は、ここではないのか?

見た所、賊徒達は危険な存在のようだ

グランツやアニーでも多勢に無勢なのでは?

彼らを守るために俺の命を使うべきだ


━━チリリリ

━━何かが震える音がする


よく見ろ、あの先の曲がった山刀を。

あの先端で喉を引き裂いて殺すのだろう。

あんな凶刃の前に彼らのような佳き知人を晒していいはずがない。


━━ヂヂヂヂ

━━金属が細かく震え、擦れ合っている音がする


もしも俺が彼らをこの状況から救ったらどうなる?

彼らにはシルファを守るという使命がある。だから今この場では死ねないはずだ。

俺が命をかけて彼らを救えば、彼らはきっと俺に感謝するだろう。

あの時、俺が居てくれてよかったとおもってくれるに違いない。

だから、今なのでは?

命の使いどころが来たんじゃないか?


━━チリン

涼やかな鈴のような音がする


クロウにはそれがまるで、愛剣が自分を引き抜けといっているような声に聴こえた。



ダッジが属している盗賊団【黒屍(くろかばね)】は単なる賊徒の集団ではない。


一言でいえば、ロナリア伯爵家と敵対しているとある貴族の荒事専門の実働部隊である。


彼らの主な任務は要人の殺害、誘拐、拷問など多岐にわたる。

今回彼らが受けていた任務はちょっとした通商破壊工作だ。

ロナリア家の商取引を妨害する、ただそれだけの事。

だが継続的に行うことで、商人達からのロナリア家の信用を失わせることが目的である。


カザカスは黒屍幹部構成員だ。格としてはダッジよりも上である。


彼は人の皮をつかった容姿改変の術を使える。王国によって禁術指定されており、学ぶだけでも極刑が課される代物だ。

これは文字通り、皮をかぶるようにその皮の主へ姿を変貌させるというものだ。裏家業の人間にとっては垂涎の術…に思えるかもしれないが、習得にあたっては深い知識、高度な魔導、大きな魔力を要する。

さらにこれがもっとも忌避される理由だが、本来の容姿に戻れなくなるのだ。

したがってこの術の行使者は未来永劫他人の姿で生きることを余儀なくされる。

このような術はさしもの裏家業の人間といえどおいそれと手を出せるものではなく、術者は非常に少ないというのが現実である。


つまるところ、本来のロナリア家の御用商人は既に亡き者となっており、随分と前からカザカスがなりかわっているというのが事の真相であった。


カザカスが直接的に、あるいは間接的に手配した商隊はその大部分が実働部隊に襲撃されるようになっている。

もちろんロナリアに関係する商隊だけではなく、無関係の商隊も襲うがこれはカモフラージュであった。



いつも通りの簡単な仕事だとおもった。


でかい男はやや厄介そうだが、いかにも鈍重だ。

矢でハリネズミにしてしまえばいい。


キツい女は目端がききそうだが非力なのが見てとれる。

弓は多勢に弱いし、距離を潰せば怖いことはない。

多数で力づくで押さえ込んでしまえばいい。

こいつはすぐには殺さないでやろう。

楽しんでから殺す。

喉を引き裂きながら犯せば締まりがよくなる。


若い男は話にならない。ぼんやりして、注意力も散漫だ。

剣はもっているが満足に振れるのか?すっぽ抜けてしまいそうだ。いの一番に頭をカチ割ってやろう。仲間が頭の中身を垂れ流して死ねば、でかい男とキツい女も動きが鈍くなるだろう。

そうなれば仕事がしやすくなる。



ダッジは頭の中で段取りをしていく。

すべていつも通りだ。

まずは手下の3人を使って若い男から殺す。

それでビビらせたら、周りの連中に矢を射掛けさせてでかい男を殺す。

あとは流れでキツい女を拘束する。


━━いつやるか

━━いまだ、やれ!


ダッジが手下たちに合図をおくるなり、3人の冒険者が賊から反転し、クロウへと斬りかかった。

同時にクロウに近い位置にいた賊徒も数名、切り込んでくる。

冒険者というものが個としてどれほど精強であっても、多勢で攻め立てれば何のことはない。

これまで多くの護衛冒険者多勢で殺してきた黒屍お得意の戦術だった。

ただ賊が多勢で襲うだけなら対応される可能性もあるが、味方だとおもっていた者に襲われたら腕のある冒険者といえども多少なり動揺をする。

ダッジは今回も【いつも通り】に事がすすむだろうとおもっていた。


                  しゃらん


透明な音とともに、クロウの長剣が引き抜かれる。その動きはゆっくりのようでいて、しかしそれは石火のように迅い。


                  ぎょるり


クロウの両の目が別々に目まぐるしく動き出す。

左の目が左横からの斬撃を捉えた。

右の目が右横からの刺突を捕らえた。

そして両の目の視界には正面から迫る刃をとらえていた。

クロウはそのすべてを一瞬のうちに把握していた。

そして身体を動かさずとも、そのすべてが回避可能だということを理解した。



―――キンッ 澄んだ音が響くと同時に、金属と金属が激しくぶつかり合うような衝撃音が響き渡る。

次の瞬間、冒険者の1人が地面に転がった。

「なっ!?」

ダッジは自分の部下が突然倒れたことに驚きの声をあげる。

だがそれも当然だ。なぜなら、いままで自分の指示に従って動いてきたはずの男がいきなり崩れ落ちたのだ。

一体何が起きたのか?ダッジはすぐに理解できなかった。


倒れた男の傍らに、切断されたロングソードが転がっていた。


(あの野郎、剣を剣で斬ったっていうのか…?)


しかし、そんな隙だらけのダッジに向かって、今度は別の方向から斬撃が襲いかかってくる。

グランツが斬りかかったのだ。

「くそ!」

慌てて盾を構えるも、完全に防ぎきることなどできず、ダッジの腕からは血が流れ落ちる。

ダッジが顔を上げると、そこにはグランツがダッジに厳しい視線を向けながら立っていた。


「てめぇ……」

ダッジは怒りの表情を浮かべる。


「貴様はもう終わりだ。諦めろ」

グランツは冷たく言い放つ」


「ふざけんな!俺が負けるわけねぇだろうがよぉ!!」

威勢よく吠えるダッジではあるが、内心は焦っていた。

(畜生!デカブツには矢を射掛けろって言っただろうが!なにしてやがる!)


ダッジが待ち望んでいる援護は来ない。

アニーが、そしてクロウが動き出していた。


「おい、お前らぁ!!早く矢を射掛けやがれ!!」

ダッジは怒鳴るが、彼らは動かない。

いや、動けなかった。

賊徒たちが矢を射掛けようとしたときには、クロウがすでに懐に飛び込んでいたからだ。


賊徒たちもただ黙ってみていたわけではない。

飛び道具が使えぬなら接近戦とばかりに四方八方から刃の雨を降らせる。


だがクロウはそれをすべて回避する。

まるで未来が見えているかのように、あるいは予知能力でも持っているように、すべての攻撃を回避してみせる。

ぎょろり、ぎょるりと目がグリグリと動き、どこから斬りかかっても全て弾き、かわし、いなすクロウ。

賊徒たちは、そのあまりにも人間離れした光景に恐怖すら覚え始めていた。


――なんだこいつ、バケモノじゃねえか


「ひぃっ!」

誰かが悲鳴をあげる。


「た、助けてくれ、命だけは…」

男が懇願するとクロウは目を瞑り剣を撫でていた。

血に塗れた剣をいとおしげに撫でて、なにやらブツブツと呟く様は正気のものには思えない。


ややあってクロウは男へ向き直り、答えた。

「いいえ」


ずぶり


クロウの剣が男の左目へ突き刺され、かき回される。





飛び道具をもった連中にはクロウが向かった。

そして裏切り者のダッジにはグランツが。

なら私は…


アニーは十分に敵が浮き足立っていると判断して自分も役割を果たそうと思っていた。


つまり、カザカスの確保である。

カザカスが白だとはもはや思えない。

彼が連れてきた冒険者たちが裏切ったのだ。

彼もまた賊と繋がっているとおもって間違いはない。


ならば、ここで確保しておくべきだ。

アニーは隙をうかがい、馬車へ駆け寄りその扉を開いた。

しかしそこにはカザカスの姿はなかった。


(逃げた…?)


事が露見したと思って遁走したのだろうか?

どうする、追跡するか?とアニーは悩むも、すぐさまグランツたちの援護に舵を切った。

多勢に無勢である事は間違いがないのだ。

それにしてもクロウを連れてきて正解だった。

本来数を恃みにひき潰されるところだったが、クロウが大暴れしているせいで賊徒たちも混乱に陥っている。


(放置しておくにはいかないけれど…)


カザカスの行方に眉を顰めるも、いまは時間がない。

仕方ないとばかりにふりきって、アニーはショートボウを構え賊へ矢を撃ち放った。



ダッジはグランツを鈍重だと評した。

なるほど、グランツは体が大きいし、身にまとう鎧はいかにも重そうで俊敏さは感じられない。

しかし、大きければ遅い、まではともかく、遅いから弱い、は間違いだ。


グランツのような戦士は受けに回る展開に慣れている。

自分が遅い事を、鈍重であることを理解しているのだ。

だからこそ怖い。

自分の強みと弱みを理解している、受止めている者ほど戦場で手強いものはない。

ダッジのように虚をつく戦法を得意とする者にとってグランツは酷くやり難い相手だ。

隙をつこうにもどっしり構え、こちらの挙動を見逃さない。

だからこそ、手下を使い、遠間から射殺すつもりだったが…あの若い男、クロウが暴れているせいでそれも叶わない。


ダッジはちっ、と舌打ちしてショートソードを握りなおす。

まるで巨大な樹木かなにかと向かい合っているようなプレッシャーを感じる。

だがあの若い男だっていつまでも動き続けてはいられないはずだ。

必ず援護はくる。

サシでさえなければ、あんなウスノロ、料理するのは簡単なことだ…っ


ドッとダッジが倒れた。

その額には一本の矢が突き刺さっていた。


「あら、グランツ。コレと何か話してたの?ごめんね。殺しちゃったわ」


アニーだ。眼の奥が魔力の残滓でほの明るく輝いている。

恐らく視力強化の魔導かなにかをつかったのだろう。


「おまえな…こいつは捕まえようと思ってたんだぞ」

グランツが呆れたようにいうと


「だめだめ!この手のタイプは生かしておくとろくなことにはならないわ。嘘だってこなれてるでしょうし」


確かにな、とグランツは思う。


「ところでクロウは?」

グランツが言うと、アニーは無言で前方を指差した。


「うわ、矢を素手で掴んでるぞ…ちょっとおかしいな」

大暴れ中のクロウを見て、グランツはあれが敵じゃなくて本当によかった、とおもった。


「おーい!!全員殺すなよ!何人かは捕まえるつもりなんだ!」

グランツが大声で叫ぶと、クロウはちらっとこちらを見てから今にも斬り殺す寸前だった所を止め、ブーツで思い切り賊の喉を蹴り飛ばした。


「あれ多分、剣で斬らなければ人は死なないっておもってそうね」


アニーが言うとグランツも首肯し、さすがに1人くらいは生きててくれよ、と柄にもなく神に祈った。


ともあれ、危機は乗り切ったのだ。

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