第10話:盗賊団に殺されたい②

翌日、事前にグランツと約束した待ち合わせまで出向く。

王都の外れ、街道馬車の停留所だ。そこにはすでにグランツとアニーが待っていた。二人にぺこりとお辞儀をして挨拶をする。


「よう、来てくれたか。助かるよ」

「お久しぶりね。元気だった?依頼を受けてくれてありがとう」


「はい」

と短く答え、柔らかく笑う。

目的の反りにはあわない、あわないが、仮初とはいえ仲間と何かをする、というのはなにか心が暖かくなるものを感じるクロウだった。


「他の連中ももうすぐ来るはずだ。4人だな。合計7人で護衛を請け負うことになってる。俺達が一番乗りだな」

グランツが言うと、アニーがやや不満そうに返した。

「1つの鐘がなったら集合って話じゃないの!もうとっくになってるわよ。護衛の打ち合わせや段取り!依頼主が来る前に話し合っておこうって話だったのに、ふざけてるのかしら。こんなことなら、前もってはなしておくべきだったわね」


1つの鐘とは朝一番になる鐘のことだ。

日本で言う午前6時にあたり、1時間ごとに鐘が1つずつ増えていく。


話しているうちに怒りがわいてきたらしい。アニーはその凛としたかんばせをゆがめ吐き捨てた。


「やつらから当日でいいっていってきたんだもんなあ。冒険者ってやつは時間に緩い奴が多すぎる。…あ、クロウ、お前は別だぜ?」

グランツが苦笑する。


前世日本人である、しかも社畜であったクロウに遅刻という言葉は存在しない。とはいえ、鐘の回数で時間を計る生活というのは最初のうちは慣れなくて大変ではあった。


クロウがぼんやり過去を思っていると、やがて2つの鐘がなる。

結局他の冒険者達がきたのは3つの鐘がなってからのことであった。


その頃にはすでにアニーの怒りはすでに激昂といってもいいほどのそれへ達しており、グランツですら眉を顰め苛立ちを隠そうはしていなかった。


クロウは思うところは特に何も無い。

時折愛剣から聴こえる囁き声や、透き通った声色の笑い声で心を慰撫されていたからだ。最近はとみにこの【声】が聞こえるようになってきた。



「おい!てめぇら!どういう料簡か教えてもらおうか!」

4人の冒険者達がやってくるなり、グランツが青筋をビキビキと浮かべ怒鳴りつけた。アニーの目も酷く冷たい。視線だけで人が殺せるのならば、もうすでに数人は死んでいるだろう。


「すまねえな、他の連中と今日のことで相談があってよ、その時酒がはいっちまってな、少しだけだぜ?」

悪びれる様子も無く1人の壮年の男が答えた。


「護衛依頼の前日に酒を飲んだですって!?ナメるのもいい加減にして頂戴!」

それをきき、アニーの堪忍袋が木っ端微塵に破裂したかのように見えた。


「おいおい、ナメるってよォ…ナメるのはアンタだろ?お嬢ちゃん、ガハハハ」

壮年の男がアニーに下品なジョークを飛ばすと、周囲の男達もそれにならって笑いだした。


「……死ね」


素早い動きだった。

アニーは電光石火の速さで背負ったショートボウを構えると、壮年の男の脳天を狙って矢を射掛けようとした。

止めたのはグランツだ。


「やめとけ。殺すなら依頼が終わってからだ」


にわかにその場の緊迫感が増していく。

冒険者は虚仮にされたら、謝罪させるか、二度と虚仮にできないようにわからせてやらなければ先はない、とされている。


侮辱されたまま許してしまっては、こいつは何をしても平気なのだ、と侮られ、搾取されるのだ。

グランツは止めたが、本来は殺し合いになってもおかしくのないやり取りだった。


「……後で覚えてなさい」

ペッと地面に唾をはきすて、アニーが後ろへ下がった。


この時、クロウは意外にも冷静だった。


クロウは妙な話ではあるが、世間体というか他人からどう見られるかというのを結構気にするほうだ。気にはしても、気にかけて行動できないあたりが彼の社会性の低さを表している。

とはいえ、社会性が低いとは言うものの、殺意を向けられればよろこんでそれを受け止めにいきたいとは思っているが、今回は自分一人ではなく知人も一緒であり、そういう時に暴れて迷惑をかけてはいけないとおもってる辺りはまだひとかけらの常識は残している事の証左であるのかもしれない。


剣呑さを伴った沈黙を破ったのは、遅れて到着した依頼主の商人であった。

「やあ皆さん!早いですね、今日は護衛を宜しくお願いしますよ」

パンパンと手を叩く音と共に現れたのは、痩せぎすで髪の毛をオールバックにしたなにやら気障たらしく、蛇のような印象の中年男性だ。


「んん?なにやら空気が変ですね。おい!ダッジ!何かやらかしたのか?」

商人はいきなり口調を変え、アニーともめていた壮年の冒険者へ怒鳴りつける。


「とんでもありやせん、カザカスの旦那!ちょっとあのアマが舐めた口叩くもんだから説教してやってたんです…」

ダッジと呼ばれた壮年の男が媚びた口調でアニーを指差す。

アニーはまるで、路上でひき潰された蛙の死骸を見るような目でダッジを見ていた。


するとカザカスと呼ばれた商人は「てめェ!ハナから揉めてるんじゃねえぞ!」と手にもった煙筒でダッジの横っ面を引っぱたく。そして、ぺこぺことアニーにむかって頭を下げた。


「すみませんね、コイツは駆け出しの頃から私が面倒をみてやってるんですが、どうにも礼儀を覚え無いハナったれでして…。報酬は上乗せさせてもらいますからご寛恕いただけませんか…?」

アニーが鷹揚にうなずくと、カザカスはにへらと笑い、ダッジもアニーをじろりとにらみつけながら頭を下げる。



(臭えなァ…)

グランツはその光景をみて思う。

どうにも芝居がかってるのだ。

ダッジの無礼が演技だった、とはいわない。


(あいつは多分、根っから無礼な男で生来のチンピラなんだろう)


(あのカザカスってやつは商人じゃねえ。堅気の匂いがしない。ヤクザ者だ。ダッジがすぐ挑発に乗るアホだから、形だけでも叱り飛ばしたというところか。すると…この四人も信用はできねえか)


そう、アニーは決して見かけほどには激昂してはいなかった。

探りのようなものだ、人は怒ったときこそ性根を見せる。

貴族家の御用商人の護衛が、チンピラであるはずがないのだ。

アニーをみれば、さきほどまでの怒りはナリをひそめ、温度の感じない透徹とした視線を注いでいた。


クロウはといえば…


興味なさげに商人たちをみている。あるいはグランツたちをも。

最初から茶番だと気付いていたのだろうか。


もちろんクロウは何かに気付いたというわけではなく、何もする事がないしいうべきこともないからぼーっとしていただけだ。




何はともあれ、一行は出発した。

どう考えても無事には終わりそうもない護衛依頼の始まりだ。


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