第12話:盗賊団に殺されたい④

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 ~ロナリア家の商隊襲撃事件はやはり御用商人が手引きしていたものだった。盗賊団黒屍も御用商人の配下だったのだ。商隊護衛の依頼は罠であり、その依頼を受けた冒険者達は殺され、商隊の荷は奪われるはずであった。しかしクロウ、グランツ、アニーはこの罠をはねのけ、黒屍を撃退することに成功する~


 グランツはダッジの死体を見下ろしながら考える。

(御用商人がなぜこんな事をする?何の得がある?いや、そもそも……あいつはロナリア家の御用商人だったのか?)

 考えれば考えるほどわからない。


 ともかく、今回の事はシルファに全て報告をする。

 そして賊の生き残りをロナリア家へ引き渡し、あとはどれだけ情報を引き出せるかだ。


 見ればクロウもこちらへ歩いてくる。

 うかない表情だ。怪我でもしたのか?



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 クロウはがっかりしていた。

 賊は最初に見たときは精強そうで、厄介そうで、鍛え上げられていそうにみえた。

 こちらは3人しかいないし、いくらなんでも多勢に無勢だと思えた。

 命を差し出してなお守りきれないかもしれない、と思ったのだ。

 しかし蓋をあければどうか。


 数人斬り殺してやれば命乞いをしてくる始末ではないか。

 ここが死に場所だと確信していた自分の頭を引っぱたいてやりたい。

 いっそこの場で死んでやろうか。


 クロウは内心愚痴愚痴愚痴愚痴と文句をたれていた。

 しかし無理もないのだ。

 確かに黒屍の構成員達は精強ではあった。

 だが、両の目がてんでばらばらにぎょろぎょろ動いて、どこから攻撃しても全部さばかれて、挙句に血まみれの剣をなでながらぶつぶつ独り言をいっている奴が次から次へと仲間達を殺していったらどう思うか。

 怖いに決まってるのだ。

 恐怖は体をこわばらせ、殺し合いで体がこわばれば即ち死ぬ。

 これは当然の帰結ではあった。

 ましてや、指示するべきリーダー、カザカスやダッジはすでにその場にはいないのだ。

 カザカスは逃げ出し、ダッジはアニーに射殺された。


 とはいえ、状況としてはとりあえず及第点といったところだった。

 カザカスにこそ逃げられてしまったものの、グランツやアニーは生きている。

 賊を何人か生かして捕まえてあるため、尋問自体は出来るだろう。

 クロウの望んだ結果でこそなかったが、守りたかったものは守れた、そういうことにしておこう。


 クロウはハァとため息を1つついてグランツたちのところへ戻っていった。

 泣きながら命乞いをしてくる男の襟首を掴んで引きずりながら。


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 ロナリア家の屋敷の応接室にて。

 グランツとアニーはシルファの前でかしこまっていた。


 ロナリア家は王国の四大貴族に数えられる名家で、かつ当主であるロナリア伯はシルファの父だ。

 シルファはロナリア家の令嬢であるため、この家では「冒険者としての関係」ではなく、貴族令嬢シルファとその護衛騎士という関係というわけなのだから、2人はかしこまらなくてはいけない。

 ちなみにクロウはこの場にはいない。

 確かにクロウはグランツ経由でロナリア家からの仕事をこなしたが、それはあくまでイチ冒険者としての立場で付き合っただけであり、貴族の問題には関知したくないというのがクロウの本音であった。


「なるほど。分かりました。御用商人がロナリア家を売った、利用した、ただ単にそういうことであるのならば、その御用商人を処理して終わる話ですが」

 シルファが貴族としての冷徹な顔を覗かせて続ける。


「事はそう単純ではなさそうです。まずは御用商人について調査をしてみましょう。当家と取引のある商家を皆洗います。……よいですね?」

 シルファが背後に声をなげると、そこにはいつのまにか1人の中年男が立っていた。


「御意に」

 男はそれだけを答えると不思議なことにスゥっと消えていく。

 いや、男は消えていないし、どこにも行っていない。

 ただただシルファを護衛しているに過ぎない。

 しかしその姿を、気配を限りなく薄れさせているのだ。


 グランツやアニーにしても、目の前にいるはずなのになぜどんどん気配を薄れさせることができるのか、その種が皆目検討もつかなかった。


(流石ね……)

 パーティでは斥候としての役割を担うアニーには、彼の隠行の程が多少は分かった。


「ところで……クロウ様についてなのですが……怪我などはされませんでしたか?」

 シルファがおそるおそるグランツへ問いかけた。


「はっ。驚くべきことに……。あの御仁は類稀なる眼を持っておりますね。まるで背後に眼でもついているかのような動きでございました」

 グランツが答える。

 そこにアニーも続く。

「私は見ておりましたが、彼の両の目がまるでそれぞれ違う方向を向き、それぞれから迫り来る刃を叩き落したのです」


「散眼でございますな」

 再び低く唸るような声が響く。


「さんがん……?」

 シルファが聞き返すと、男は答えた。


「は。鍛えることで両眼をそれぞれ自在に動かし、視界を広く使う術でございます。ほら、このように……」

 ぎょろりと男が左右の眼をあらぬほうへぐりぐりと動かすと、シルファは「ひっ」と軽く声をあげて驚いた。


「失礼しました、お嬢様……しかし、そのクロウという御仁は何者でしょうな。コレは【外】では余り広まっていない技術でございます。我々のように、影仕事をするものでさえも扱えるものはそうはおりますまい。難しい技術である、というよりも古い技術なのです。そもそもが知られていないはずですが……」

 男は顎に手をやり思案に暮れる。


 ■


 街につき、グランツたちと別れたあとクロウはギルドへ向かい、事の次第を話した。

 どうやらロナリア伯爵家から依頼については話がいっているようだった。

 依頼に関しては成功とはいえないが、失敗とは見なさず、また報酬については伯爵家から直接出される、との事だった。

 クロウに否やはない。

 今回の件はグランツ達がうまく処理してくれるといいが、と浮かない思いのクロウ。

 人付き合い自体がそこまで得意ではない上に、貴族間との揉め事に関わるのは出来ればごめん被りたいところであった。

 ただこれまでの経験上、この件にはいずれまた深くかかわることになるという予感がどうにも消えない。

 クロウは背をまるめて常宿への帰路に着く。


 ■


 脳裏に声が響く。

 自分自身の声だ。

 自問自答。


 いつもこうなのだ

 情が捨てきれず、1人になりたがるものの、独りにはなれないのだ

 今回のことも多分貴族と関わることになってしまっただろう

 それはトラブルに見舞われることを意味する

 トラブルは、問題は人間関係が起因だと分かっていたはずだ

 だからずっと独りでやってきた

 あの時、グランツとシルファを助けなければよかったのか?

 だがそうすれば彼らはグレイウルフに食い殺されていただろう

 でももう一度あのときにもどれるとしても、俺は彼らを助けてしまうだろう

 今回のことも、グランツやアニーを手伝わなければよかったのか?

 だがそうすれば彼らは賊に嬲り殺されていたかもしれない

 もう一度あのときにもどれるとしても、やはり俺は彼らを助けてしまうだろう

 では俺は、お前は、自分は、生きることを楽しみを感じているのか?もう死にたくない、この先も生きていたい、そして彼らとの人間関係を築いていきたい、そういうふうにおもっているのか?

 いや、俺は死にたいしおわりにしたい

 それは変わらない、変わらないが、手の貸せる範囲でなら俺は俺を慮ってくれる人達の手助けをしていいとおもってる……


 クロウは自分が何を望んでいるのか、この先どう生きればいいのかが何だかよく分からなくなってしまっていた。

 人生の指針がほしかった。生きる上での目標、指針が。


 ━━結局何もかも、自分の生き方でさえも自分自身で決断することができず、周囲の環境や人々の様子見をしながらせせこましく生きているんだな、こんなことでは前世の自分と同じではないか……自己嫌悪しながらも、死を自分で自分に与えることも出来ない

 ━━マトモに生きる事が出来ない奴は、マトモに死ぬこともできないのか


 クロウは思い悩む。


 だが、思い悩み、生きることや死ぬことに向かい合って生きていくということはクロウにとって決して悪い事ではないのかもしれない。

 彼にはそもそもが足りない物が多すぎた。得られなかったものが多すぎた。報われなかった事が多すぎた。

 それを第二の人生で悩みつつも少しずつ満たし満たしていけば、あるいはクロウの、シロウが焦がれているマトモというものが手に入るのかもしれない。

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