第2話 橘恵美の場合

 私は橘恵美タチバナ エミ。お母さんは人一倍はたらく社長さん。

 お父さんはいない。でも淋しくなんかない。

 おばあちゃんがいるもん。


 ただ最近、おばあちゃんが足痛いっていうの。

 腰を押さえているのも何度も見たし、お掃除大変そうなの。


 ママは野菜ばかり食べるから今日も野菜だけなの。


 お肉食べたいっていうと太るからダメだって。

 

 おばあちゃんがこっそりとお肉食べさせてくれるの。

 フライドチキンっていうの。いつも2つくれる。

 パリッとしていて美味しいの。


 お母さんは仕事で忙しいからあんまり話しかけられないんだ。

 モデルさんって職業なんだって。

 

 忙しいんだって。

 ママに話しかけても「ああ」とか「うん」とかこっち見ないでお返事するの。


 幼稚園でもお話しする人を見ましょうねっていわれるのにな。

 

 学校のプリントとかお熱の記録とか渡したりするんだよ。でも読んでるふうじゃなくて机の上にどんどん積まれていくんだ。


 お仕事って大切な物なんだな。

 私、お人形と遊ぶのが好きなんだ。

 

 でもお母さんはお友達と遊びなさいっていうの。


 お友達のママからお母さんの付き添いが無いと、

 うちの子とは遊ばせないって怒られちゃって。


 なんでお父さんっていないとだめなんだろ?


 居なくても寂しくないのに。

 お母さん仕事で忙しいから遊ぶたびに付き添いなんてできないのに。


 仲良くなった子たちとは、

 遊べないから校門前でお別れするんだ。

未希みきちゃん、ばいばーい」

「ばいばーい」


 集団登校で同じ方面の子たちと帰っていく未希みきちゃん。

 いいな。あんなに同じ方面の人がいて。

 私にはいない。

 だから近くの公園に行って暇つぶすの。

 図書館でもいいんだけれど、今日は公園の気分なの。


 ああ、もう少ししたらおばあちゃんの掃除手伝わないと。

 

 入学式でも運動会でもお父さんって人は私にはいない。

 顔も名前も知らない。いいのかな? これで。

 

 みんなと同じはずなのに、ちょっぴり不安。

 でもこんなのすぐになれるよね。


 公園にいるのがさむくなってきたからおばあちゃんのところに行ったんだ。

 お掃除は出来たし、できたら食材切るくらいはしてあげたい。

 おばあちゃんのために。


 そしたらお母さんがきて「遊んできなさいって言ったでしょっ!」

 って髪つかんで引っ張ってくる。

 今日はリビング中を引きずり回されないだけラッキーだ。

「ゴメンさない。今度遊ぶって約束したから。それにおばあちゃんの手伝いしたくて」


「へぇ。あんた、おばあちゃんの手伝いできるの? 

 だったら私の料理作ってみてよ。

 肉じゃがでいいから」



 そんなこと言われても

 キュウリとキャベツはあってもジャガイモも肉もない。

「だってないもん」


「ホラできないでしょ。

 大人の真似事するんじゃないの。

 これでお弁当買って来な。母さんまだまだ忙しいの。

 料理なんて教えている暇ないのっ」


 渡されたのは千円札。

 コンビニ弁当なら買える。でも食材を買ってもお母さんは喜ばないことを知っている。

 この前、料理をしようとして「食べものの無駄」といわれたから、

 台所で何かをされることが嫌みたい。ということはわかった。


 おばあちゃんも何か手助けしたいけど、手を出されたらいやだから黙っている。私のほう見て、すまなそうにしていた。


 お母さん相手でも、きちんと返事はしないと。

「はい」

 返事をしてコンビニに向かった。

 コンビニやスーパーまで距離があるけどお母さんを怒らせたのだから、

 仕方なのかもしれない。


 部屋を出ていくとき、まだ、お母さんはパソコン場面とにらめっこしていた。

 予定の確認を念入りに行っているらしい。


 私のママは社長さん。甘えられないのは仕方ない。

 言い聞かせて今日も眠る。


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