#23 ユーミィの願い
「うわーん! どうしよう、フローシア!」
「どうしたの、ユーミィ?」
「これじゃあ時間がいくらあっても足りないよお……」
ユーミィはミルク缶に入ったスライムを大鍋に移そうとしていた。缶を持ちあげて直接鍋に流し入れることはできないため、手動のポンプを使っているのだが、すべて移し終えるのを待っていたら日が暮れそうだった。
「うーん、ユーマはいないし……このままじゃ間に合わないよ!」
軽いパニック状態に陥るユーミィ。こんな悠長なことをしていては、守るべき町が破壊しつくされてしまうかもしれない。
「……よし、あたしにまかせなさい」
と言って、フローシアはミルク缶を抱きかかえるようにして持ちあげようと試みる。
「ムリしないで。それは重すぎてユーマじゃないとダメなんだよ」
「ふっ……このあたしをだれだと思っているの? ユーミィ大好きおねえさんよ。ユーミィがピンチのとき、通常の何倍もの力を発揮できるの!」
フローシアは全身の筋肉を総動員して持ちあげにかかる。彼女の謎理論はさておき、火事場の馬鹿力というものは実際に存在しているのだ。
「あっ、ちょっと浮いてきた!」
「くう……どっせーい!」
かけ声とともにフルパワーを発揮するフローシア。ミルク缶は彼女の頭上まで持ちあがり、スライムを大鍋に移すことに成功する。
「すごいよ、フローシア!」
「まあ、あたしにかかればこんなもんよ」
空になったミルク缶を床に置いてから、腰に手を当てて得意げな表情を見せるフローシア。しかし、ユーミィの次のひと声によって、その顔はたちどころに曇ってゆくことになるのだった。
「じゃあ、残りもおねがいね!」
「残りって……これ全部なの……」
この数日のあいだにため込んだスライムのかけら。予備も含めたミルク缶はすべていっぱいに満たされていた。
「よーし。フローシアのおかげでなんとかなりそう。これなら最大火力で一気につくれるかもしれないな」
ユーミィの純粋な期待がフローシアの肩にのしかかる。
「ふぅ……これはきっと試練なのね。ユーミィに対するあたしの想いが、真実であるかを試すための……」
フローシアは目を閉じ、心のなかでつぶやく。
──あたしがこの工房に住み着いてユーミィとともに暮らしはじめたのは、いまこのときのためだったのかもしれない。正直なところ、この町が壊されようと、ユーマのやつがぺしゃんこにされようと、あたしには興味のないことだ。でも、ユーミィが守りたいというのなら、その願いが叶うように全身全霊をもってぶつかるまで。
フローシアはかっと目を見ひらく。
「ユーミィのためなら、たとえ火のなかスライムのなか。ゴーレムだって素手で叩き壊してやる。この程度の障害なんて無力だってことを、証明してやるわ!」
などと意味不明なことを供述したフローシアは、次から次へとミルク缶を持ちあげてはスライムを大鍋に注いでいく。
ユーミィはこれでもかとかまどに火をたいてスライムを煮込む。
「すごいすごい! がんばって、フローシア!」
フローシアにとってユーミィの応援はこれ以上にない力の源である。休むことなく大鍋がいっぱいになるまで続けた。水分の蒸発や不純物を取り除くことでかさが減るたびに同じことを繰り返す。
「こ、これで……終わったのね。明日までに、マッサージスライムの開発を頼むわね、ユーミィ……」
最後の一本を移し終えたフローシアは、情けない最期の言葉を残してソファにくずれ落ち、燃え尽きたように動かなくなった。いままでぐうたら生活を続けてきた彼女には、一生分とも思えるほどの大変な労働だったのだろう。
「フローシアの尊い犠牲は、絶対にムダにしないからね」
かき混ぜてはアクをとる作業を続けるユーミィ。仕上げにスライムの核となる秘伝のたれを一匹分だけ投入し、またかき混ぜる。
「できたー!」
フローシアの尽力によって、過去に例がないほどの特濃スライムが完成した。今日は色をつけている時間が惜しいため、無色透明のスライム。
しかし、新たな問題が浮き彫りになる。
「あっ……もしかして、出てこれないかも……」
いつもなら小さいスライムをたくさんつくっているのだが、今回はありったけのスライムのかけらをすべて投入して一匹のスライムをつくった。そのサイズは大鍋と同じく特大で、せまくなっている鍋の口から出てくることが困難だと思われた。
「ねえ、フローシア──は力尽きてるんだった。どうしよう……」
ひとりで悩むユーミィの耳に、ズン、ズンという音が聞こえてきた。巨大ゴーレムの足音だ。やつはもう工房のすぐそばまで来ている。
「もう時間がない。おねがい……」
ユーミィは両手を合わせてぎゅっと力を込める。そして一心にスライムに祈った。
──おねがい、ユーマたちを助けてあげて……。
彼女の願いに答えるかのように、スライムが大鍋から飛び出した。まるで噴火する火山のように勢いよく吹きあがり、玄関のほうへ落下する。そのままドアを突き破って外に飛び出していった。あまりの衝撃にドアまわりの壁まで壊れてしまっていた。
「わたしも行かないと。フローシア、起きて! いっしょに行こう!」
ユーミィはフローシアの手を引っ張りながらスライムのあとを追って走り出した。
「いま助けに行くからね。ユーマ」
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