#21 戦準備

「みんな無事か!」

 バンっと勢いよくドアがひらかれ、ユーマがスライム工房に飛び込んできた。


「わあっ! って、なんだユーマかあ、びっくりした。てっきりモンスターが入ってきたのかと思ったよ」

 と、ユーミィがほっと胸をなでおろす。


「まったく。いつもいつも、あんたは騒々しいのよ。もうすこし落ち着いて行動できないわけ?」

 と、フローシア。


「遅いっすよ、ユーマきょーかん。状況を確認したらすぐに来るんじゃなかったんですか?」

「きょーかん、ちこくー」

 と、新米コンビ。


 工房に集まっていた四人が思いおもいにしゃべりだす。ユーミィとフローシアが工房でユーマを待っているところに新米コンビがやってきて、お茶を飲みながら談笑していたようだった。


「わりい、わりい。おどかしてすまん。うるさくてすまん。遅れてすまん。よし、これでいいな」

 心のこもっていない謝罪をするユーマ。


「それで、どうだったのよ。このふたりから聞いたけど、モンスターの群れが来てるんでしょう? 大丈夫なの?」

 フローシアが真剣な表情でたずねた。


「それがな、かなりまずいことになった。とんでもなくでかいゴーレムがあらわれて、防衛隊でも苦戦してるんだ。ここらも戦場になるかもしれない」


「そっかあ、だからみんなあわてて走りまわってるんだね」

 ユーミィは窓の外を見ながらのんきに言った。


「おいおい、まったく緊張感がないんだな。避難警報が鳴ったときに逃げようと思わなかったのか?」


「だって、ここで待ってろって言ったのはユーマだよ」

「じぶんたちも、工房に行ってろって言われたっす」


「あっ……そうだったな。おれのせいだ。わるかった」

 ユーマは頭を下げた。


「そんなことより、これからどうするの? 逃げないといけないんでしょう?」

「ああ、いまからでも十分に間に合う。おまえたちは避難するんだ」


「おまえたちは?」

 と、ユーミィが首をひねる。どうして「みんなで」ではなく「おまえたちは」というのだろうか。


「おれにはやり残したことがあるんでな。シンジ、マイコ。おまえたちにはこれを」

 と言って、ユーマは新米コンビに剣を投げて渡した。


「これって……」

 シンジが受け取った剣をすこしだけ鞘から引き抜くと、それは訓練用の模造刀ではなく、まぎれもない真剣だった。


「なにかあったら、それでみんなを守ってやってくれ」


「どうしたんすか、これ? じぶんたち、真剣なんて使ったことないっすよ」

「それにー、わたしたちまだ冒険者としてギルドに認められてませんけどー、いいんですかー?」


「ちょっと養成所から拝借してきたんだ。まあ、非常事態だから気にする必要はない。なんの問題もないさ、きっとな」


「ユーマは……」ユーミィが不安そうな表情でユーマに問いかける。「ユーマはどうするの? 戦いに行っちゃうの?」


「ああ、決めたんだ。みんなを、この町を守るってな」


「そんなの危ないよ。いっしょに逃げよう。ね?」

 ユーミィは懇願するようにユーマをじっと見つめる。


「大丈夫だ。必ずもどるさ」と言って、ユーミィの頭をぽんぽんっと軽く叩いた。「フローシア、あとは頼んだぞ!」


 なんだかんだでしっかりしているフローシアにユーミィをまかせ、ユーマは外に出る。工房の壁に立てかけてあったなにかを手に取って肩に担ぎ、そして最前線を目指して走り出した。


「ユーマ!」

 ユーミィの呼ぶ声に振りかえることもせず、ユーマは走り去っていった。


「いまの見たか、マイコ?」

「うん、見たー」


「あれってまさか……剣、なのかな?」

「あんなのはじめて見たー」

 遠ざかってゆくユーマの背中を眺めながら、シンジとマイコは目を丸くした。


「ユーマ……」

 戦地におもむくユーマの身を案じるユーミィ。そんな彼女に向けて、シンジが力強い言葉をかける。


「じぶんたちにまかせてください! 助太刀にいってくるっす!」


「あんたたちで大丈夫なの? まだ見習いなんでしょう?」

 フローシアが疑わしげな眼差しを向ける。


「いまはまだそうですけど、そのうち有名冒険者になる予定っす!」

「危なくなったら、きょーかんを連れていっしょに逃げますからー」


 いまひとつ信用しきれないのだが、新米コンビの言葉はちょっとだけユーミィを元気づけてくれた。


「ありがとう。ユーマの力になってあげてね」

「はい!」

「まかせてー」


 とそのとき、大砲とは異なる轟音が聞こえてきた。音の響いてくる方角に目をやると土煙があがっていて、そこには民家よりも巨大な存在が動いていた。振りあげた拳は屋根よりも高く、振り下ろせば建物が崩れ落ちる。


「あれが……ゴーレムなの……」

 ユーミィは言葉を失った。とてつもない怪物をはじめて目にしたからという理由もある。だがそれ以上に、ユーマがあれに立ち向かっていったという事実のほうが、彼女の心を大きく動揺させた。


「ふーん。すごいわね、あれ。あんたたち、ほんとに行くの?」

 フローシアが新米コンビにたずねる。


「うっ……その……」冷や汗を流しながら悩み苦しむシンジ。「ええい、もうどうにでもなれ! マイコ、行くぞ!」

「わかったー」


 なかばやけくそ気味になったシンジとマイコは、ユーマのあとを追って走り出す。目指すは最前線。巨大ゴーレム。


「ほんとに行ったわ。なかなか度胸のある見習いね。さて、か弱いあたしたちは避難するとしましょうか」


「……わたし、逃げないよ」

 ユーミィはユーマたちの走っていったほうを見つめながらつぶやいた。


 あの先で、ユーマはとんでもない怪物と戦っている。この町を守るために。ならば、自分にできることは──。


「わたしも、わたしのやり方で戦うんだ」

「無茶よ。あなたには戦う力なんてないでしょう?」


「うん、そうだね。でもちがうんだよ、フローシア」

「ちがう?」


「この町を守るのは、スライムの役目なんだよ。さあ、フローシアも手伝って!」


 ここ数日のあいだ、生気のない抜け殻となっていたユーミィ。だがいまはちがう。自分にできる精一杯のこと、スライム作りで町を守りたい。その一心だった。


 ユーミィは決意に満ちた表情で腕まくりをし、大鍋を火にかけた。

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