#20 勝負は一瞬で
「かかってこいよ、のろまな泥人形」
ゴーレムがその巨大な腕を伸ばしてユーマにつかみかかる。彼が立っているあたりの外壁ごと握り潰しにかかり、破壊された部分がガレキとなって崩れ落ちた。しかし、巨人の手のなかに彼の姿はなかった。
「こっちだ!」
攻撃を回避したユーマはゴーレムの腕に飛び乗る。それは腕というよりも大木の幹のようだった。そのまま頭を目がけて走りだす。一歩踏み外せば無事では済まない高さを、臆することなく一息で駆け抜けた。
「もらった!」
ユーマが巨人の首に向かって剣を振るう。
ゴーレムのからだは岩石同士を泥でくっつけることで成り立っている。そのため、つなぎ目である関節部分は比較的もろく、ゴーレムの弱点といえた。ユーマは巨大な個体であってもそれは同じだと考え、頭と胸をつなぐ首を狙ったのだった。
剣は鋭く突き刺さったかに思えたが、パキンっと音を立てて折れてしまう。
「なにっ……」
丸太のように太い巨人の首は、豆腐を切るようにはいかなかった。細身の剣では表面にひっかき傷をつけるのがやっとだ。
かたい地面をスコップで掘ろうとしても、案外すんなりとはいかないものである。一気に深くまで突き立てることはできずに浅いところで止まってしまう。それと同じように、このゴーレムの巨体を剣の一振りで切り捨てることは、並みの人間には不可能と言ってよいだろう。
巨大ゴーレムはもう一方の手でユーマを捕らえる。
「しまった!」
必死に逃れようともがくユーマ。しかし、巨人の握力のまえでは無力だった。幸いにも握りつぶされはしなかったが、ぶんっと放り投げられる。
「うわあああっ!」
宙を舞うユーマのからだは、野を越え山を越え外壁を越え、壁の内側にある小屋に墜落する。屋根を突き破って小屋のなかまで落ちていった。
「いててて……」
本来なら大ケガをまぬがれないはずが「いててて」の一言で済ますユーマ。その小屋はニワトリの飼育小屋だったようで、山のように積まれたワラや飼料などがクッションとなって衝撃を吸収してくれたのだった。
「ちきしょう……こんなんじゃ刃が通らんな」
と、握りしめていた折れた剣の片割れをポイっと投げ捨てた。
「ご無事ですか、ユーマ教官!」
そこに部隊長が駆けつけ、ワラに埋もれたユーマに手を差しのべる。
「まあ、なんとかな」手を取って立ちあがったユーマは服や髪についたワラを払い落とす。「偉そうなこと言ったけど、全然ダメだったな」
「いえ、そのようなことは。このあいだに巨大ゴーレムを足止めする準備が整いました。倒すことが出来なくとも、時間をかせいで住民の避難を完了させます。ユーマ教官もいっしょに避難してください」
「……ああ、わかったよ」
一瞬の間をおいてから返事をするユーマ。
「やれやれ……あなたはバカ息子総司令官よりも気苦労をかけさせるお方だ」
と、部隊長はわざとらしく肩をすくめてみせる。
「すまないな。あんたも気をつけろよ」
と言い残し、ユーマは小屋を飛び出してどこかへ走り去っていった。
部隊長も小屋を出て部下たちのもとへもどる。彼らはいまにも破られようとしている門のまえに集結し、迎撃の準備を完了させていた。
「住民の避難が終わるまで、ここを死守する。デカブツは足止めだけでいいが、雑魚はすべて掃討しろ。泥ダンゴひとつ通すな!」
「了解!」という隊員たちの覚悟のこもった声があがる。
それと同時に門が破られ、ゴーレムの群れがなだれ込んできた。巨大ゴーレムは門のまわりの壁を破壊しつつムリヤリ押し通る。
防衛隊員たちは散開し、人間サイズの小物を迎撃。続く親玉に対しては接近せずに距離をとって足止めを狙う。巨人の腕や足にロープを巻きつけて拘束しようとするが、その巨体とパワーのまえには人の力など無力だった。隊員たちの努力もむなしく、巨人はずんずんと進んでいく。
「止めろ! なんとしても止めるのだ!」離れた物かげに隠れているバカ息子総司令官が叫ぶ。「いずれこの町はボクのものになるはずなのさ。あんな頭のわるそうなデカブツに壊させてたまるものか! やれ、やってしまえ!」
身振り手振りをまじえて熱くなっている総司令官のもとに、防衛線を抜けた一体のゴーレムが近寄ってきた。
「ふん。こんな泥人形ごとき、防衛隊総司令官であるこのボクが成敗してくれるわ」と言って、腰に帯びた剣の柄に手をかけようとする。「あっ──」
しかし残念なことに、剣はつい先ほどユーマにとられてしまっていて、鞘しか残っていなかった。実際には、剣があったところで勝てはしないのだが。
「ひえええっ!」
丸腰の総司令官は後ずさりし、石につまずいて派手に転んだ。
そこにゴーレムが接近して石の腕を大きく振りあげる。しかし、その腕が振り下ろされることはなく、ゴトっと地面に落下した。
「ご無事ですか? バカ息子総司令官殿」
ゴーレムの腕は駆けつけた部隊長が斬り落としたのだった。続いて頭を落とすと、ゴーレムの動きはピタリと止まった。
「――はっ。うむ、ご苦労。よくやった」
腰を抜かしておびえていたドラ息子総司令官は、パッと立ちあがって咳払いをし、何事もなかったかのように取り繕った。
「まったく、よけいな手間を……」
部隊長は小さくため息をついた。
しかし、なんの役に立たなくとも、この圧倒的な危機的状況から逃げ出さずに前線に残った。その意気込みだけは評価してもよいかもしれない。ほんのわずかではあるが、総司令官のことを見直した部隊長であった。
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