#18 襲来
町を囲う外壁に近づくにつれて、大砲の音はより大きく、より激しくなってくる。武装した防衛隊員の数も増え、張り詰めた雰囲気が漂っていた。
「これは一大事だな。ん? あれはたしか──」
集まった部下たちに指示を出すひとりの隊員。ユーマはその顔に見覚えがあった。
「ああ、ユーマ教官。このまえはどうも」
軽く頭を下げてあいさつしてきたのは、以前にバカ息子総司令官とともに養成所にやってきた防衛隊員だ。その隊員は一部隊を任せられている部隊長だった。
「忙しいところ申し訳ないが、状況を教えてもらえるか?」
「ええ、構いません。では、うえに行きましょう」
「えっ、いいのか?」
あまりにもすんなり事が進み、ユーマはあっけにとられた。いくら腕の立つ教官といっても、あくまで民間人であることにはかわりないのだ。
「すでに指示は出し終えましたので」
「いや、そうではなくてだな、おれは部外者なんだが……」
「問題ないでしょう。あなたに文句を言えるような実力者は、そういませんからね」
「そういうもんか? まあ、いいや。お言葉に甘えさせてもらうか」
ふたりは階段をのぼって外壁の頂上を目指す。大砲そのものがすぐ目前まで迫り、その発射音はからだの芯に響いてくる。
てっぺんまであがると、そこからは町の外の景色が一望できた。普段ならカラフルなスライムたちがポヨンポヨンと跳ねまわり、ユーミィがかけら拾いにいそしむ草原がひろがっているはずだ。
しかしいまは、見慣れぬ存在で埋め尽くされようとしていた。
「あれは……ゴーレムか」
スライムと対極の存在とも言えるモンスター、ゴーレム。水分をたっぷり含んだプルプルのやわらかボディを持つスライムに対し、ゴーレムは乾いた岩石と泥から成り立つ硬質な肉体を持っている。
「それにしても、こんな大群は見たことがないぞ……」
「自分もです。これは憶測でしかありませんが、隣国から国境を越えてきたのではないかと思われます」
「どうしてだ?」
「隣国はいま、類のない豪雨に見舞われているらしいです。水に弱いゴーレムは、激しい雨から逃れるために大移動をしているのではないでしょうか」
「なるほどな」ユーマはうんうんとうなずいた。「だが、仮に理由がわかったところで、事態が好転するわけではないな」
「ええ。豪雨など人の力ではどうにもできませんからね」
この部隊長の唱える仮説が正しいかどうかを確かめるすべはない。正しかったとしても、それでゴーレムの群れを食い止めることはできない。必要なのはあれこれ想像することではなく、目のまえの脅威に立ち向かうことなのだ。
「実際のところ、戦況はどうなんだ?」
「時間の問題、と言えますね。あれだけの数ですから、門に取りつかれたら突破は間違いないでしょうね。そのときに備えて町の内部に隊員たちを配置してはありますが、防ぎ切れるかどうか――」
「そのための避難警報ってわけか」
「はい」
真剣に話し合うふたりのもとに、緊張感のかけらもないのんきな男がやってきた。
「おや? きみはユーマ教官ではないか。部外者は立ち入り禁止だ――と言いたいところだが、ボクの活躍を見に来てくれたのだな。特別に許可しようじゃないか」
「おまえは、バカ息子総司令官……」
「ん? なんだって? 大砲の音がうるさくて聞きづらいんだ。すまないがもう一度言ってくれるかね」
「ユーマ教官は、有能でかっこいい総司令官、とおっしゃったのですよ、無能なドラ息子総司令官殿」
と、部隊長が耳打ちした。
「そうかそうか。ボクのことをよく理解しているようでなにより」
満足げな表情でうなずくドラ息子総司令官。彼の耳には不都合な音をシャットアウトするフィルターでもかかっているのだろうか。
ふたりのやりとりを聞きながら、ユーマは不思議に思っていた。この上司と部下の関係はいったいなんなのだろう。無能な上司はおだてられてよろこび、部下は上司をさりげなくディスってストレスを発散している。もしかしたら楽しんでいるのかもしれないが。なんにせよ、良好な関係と言ってよいのか、ユーマには判断できなかった。
「どうだい、ユーマ教官。この勇壮な光景は! わが防衛隊の戦力は圧倒的。勝利は時間の問題だな。アーッハッハッハッハー!」
大口をあけてバカ笑いするバカ息子総司令官の見立ては、部隊長のものとは異なり楽観的だった。
ゴーレムの群れは倒しても倒しても際限なく押し寄せてくる。一方でこちらは大砲の弾や火薬に限りがあり、門を突破されれば住民たちをかばいながらの戦闘になるだろう。そうなれば不利なのは防衛隊のほうだ。
「――もしものときは、おれもともに戦うよ」
「助かります」
ユーマと部隊長は総司令官に構わず会話を続ける。
「おいおい、ボクの話を聞いていたかい? これだけの戦力と、それを率いる有能な指揮官がいるのだよ。なんの心配もいらないのさ」
あくまでも楽観視を貫くドラ息子総司令官。そんな彼の自信が打ち砕かれるまで、さほど時間はかからなかった。
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