#14 ふたたびの
「おいしいね、これ」
「そうか、よかった」
「あんたにしてはいいものを選んだわね」
留守番をまかされたユーマがやらかした翌日。冒険者養成所での仕事を終えて工房にやってきたユーマは、前日のおわびとして菓子折りを持参してきた。遠慮するユーミィと受け取ってもらわないと気が済まないユーマによる言い争いののち、みんなで食べることで落ち着いたのだった。
「今日はね、ユーマに見せたいものがあるんだ」
おかしを食べきったユーミィが唐突に話を切り出した。
「見せたいもの? また人食いスライムじゃなかろうな」
「もう、ルンルンスライムのことを猛獣みたいに言わないでよね。また新しいスライムを開発したんだよ」
「ほう。危険がないなら見せてもらおうか」
「うたぐり深いなあ、ユーマは」と言いながら、ユーミィは自信作を取り出してユーマに見せつける。「じゃーん! フローラルスライムー!」
ユーミィの手のひらに乗った新作スライム。フローラルスライムと呼ばれたそれのなかには、花の頭の部分が丸々ひとつ入っていた。
「フローシアスライム?」
ユーミィに聞きかえすユーマ。
「ちょっと、あたしのどこがスライムなのよ! あたしのからだは、あんなぷよぷよのたぷんたぷんじゃないの!」
ユーマに食ってかかるフローシア。
「うぅ……わたしのスライムをメタボみたいに言わないでよお……」
フローシアの言葉にショックを受けて涙目になるユーミィ。「大丈夫、メタボなんかじゃないからね」と語りかけながら、手に乗せたフローラルスライムをなでていた。
「ち、ちがうのよ、ユーミィ。わるい意味じゃなくてね、ええと……そう、ぷよぷよなスライムは触り心地がよくて気持ちいいってことを言いたかったの――」
失言をしてしまったフローシアは急いでフォローを入れた。いつも強気な彼女のこんなにも焦る姿はなかなかに貴重なものだ。
「それで、そのフローシ……じゃなくて、フローラルスライムとやらは、人やゴミの代わりに花を食うのか?」
「ちがうよ。食べてるわけじゃないの。というか、ルンルンスライムだって人は食べてません。未遂だからね」
ユーミィはむっとして言った。
「じゃあ、どのへんが新作なんだ? ただ花が入ってるだけで、ふつうのスライムにしか見えないけど……」
「えー、わからないの?」
と言って、手に乗せたフローラルスライムをユーマの顔に近づける。
「ん? これは……花の香りがする」
「ピンポーン! 正解だよ」
「で、なんの役に立つんだ?」
「ほんとにダメね、あんたは」フローシアが口をはさむ。「このアロマスライムはね、女性をメインターゲットにして、町の人たちに売り込むのよ」
「ええっ!」
「アロマスライムじゃなくて、フローラルスライムなんだけどな――」
ぼそっとつぶやくユーミィ。
「スライムなんて売れるのか?」
「売れるようにユーミィが考えたのよ。かわいらしい見た目でアロマポット代わりにもなる。さわればぷにぷにの感触をたのしめる。売れないわけがないでしょう」
「そう……なのか? よくはわからんが、工房存続のために打つ起死回生の一手というわけだな」
「そうよ。これで工房閉鎖なんてさせないわ。町に頼らずに自立を目指すの。ねえ、ユーミィ」
「うん!」
ふたりは目を合わせてうなずき合った。
コンコンコンと玄関のドアを叩く音のあとに、「ごめんくださーい。郵便でーす」という男の声が聞こえてきた。
「はーい。いま行きまーす」
と返事をして、ユーミィは玄関に向かい、ドアをあけた。
「ユーミィさんですね……って、うわっ!」
この町に来てからまだ日の浅い郵便配達員は、予想外の出来事に驚きを隠せなかった。仕事柄へんな人たちに遭遇するのはめずらしくないのだが、モンスターを手に乗せた少女と出くわすのはこれがはじめてのことだった。
「……ん?」
ユーミィは不思議そうに首をかしげた。この人はなにを驚いているのだろうか。
幼いころからスライムに慣れ親しんだユーミィにとって、スライムは日常の一部になっていた。だが一般にスライムはモンスターの一種であり、ペット感覚で家にいるなんてことは、ふつうの人は想像しないのである。
「──はっ。す、すみません」と、郵便配達員の男は一礼し、持っていた封筒を差し出す。「書留をお届けにまいりました。こちらにサインをおねがいします」
「はい」
「では、失礼します」
サインをもらった男は次のお届け先へと向かっていった。
「町からのお知らせみたい。なんだろ?」
親展と書かれた封筒は行政から送られてきたものだった。このタイミングで届いた町からの手紙。ユーミィの頭に不吉な考えが浮かぶ。もしかして、工房閉鎖に関する正式なお知らせでは……。
ユーミィは封筒をやぶいて手紙を取り出し、恐るおそる読みはじめた。
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