#13 惨事
「フローシア、こっちこっち」
野次馬に阻まれて近づけないユーミィは手をあげ、必死にぴょんぴょんジャンプしてフローシアに呼びかけた。
「あら、迎えにきてくれたの」
それに気づいたフローシアはユーミィのもとに向かう。まわりの野次馬たちは道をあけ、「いいぞ、ねえちゃん!」「よくやった!」という称賛の声と拍手を送った。
「やあ、どうもどうも」
と、フローシアは手を振ってこたえる。
「いいから、はやく行こうよ……」
大勢から注目されることに慣れていないユーミィはフローシアの背中を押し、すぐにこの場を離れるように急かした。
逃げるようにして人だかりを離れたふたり。ふぅ、と息をついて落ち着いたユーミィが言った。
「あー、はずかしかった。お茶っ葉を買いにいってたんじゃなかったの?」
「あのオヤジがわるいのよ。お茶をけがすようなマネをする不届きものは、このあたしが成敗してやらないとね」
「あぶない人だったらどうするの? ほどほどにね」
「わかったわ。あなたがそう言うなら」フローシアはすなおにうなずいた。「そっちの買い物は?」
「終わったよ」
ほら、とユーミィが買ってきたばかりの花束を見せると、フローシアは迷わずにそれを受け取った。
「ありがとう」
「わわっ、ちがうの。これは新作スライムに使うんだよ」
ユーミィはフローシアの手から花束を取り返す。
「あら、そうだったの。あたしへのプレゼントじゃなかったのね」
「うん。ごめんね」
「あなたが謝る必要はないでしょう。まあ、いいわ。いつもの店で茶葉を買ったら、買い物は終わりね」
「そうだね。ユーマのことも心配だし、はやく帰らないと。うまくやってるかなあ……」
一抹の不安を覚えるユーミィ。ユーマに任せたのは、ただスライムをかき混ぜてアクを取り除くだけの簡単な作業。日ごろから彼女の仕事ぶりをよく見ていた彼なら問題はないはずだ。
大丈夫、なんの心配もない。そう自分に言い聞かせながらも、ユーミィの歩く速度は無意識のうちにあがっていた。
フローシアの買い物を済ませ、ふたりは中心街の喧騒を離れて帰路についた。スライム工房のある町はずれまでくると、人も建物もまばらで静かになってくる。
「ただいまー。ユーマ、大丈夫だった──って、ええっ!」
工房に到着して扉をあけたユーミィ。その目に飛び込んできたのは、想像以上に悲惨な光景だった。
大鍋のまわりにはスライムが飛び散り、床にはスライムをかき混ぜるための道具がまっぷたつに折れた状態で転がっている。ボートを漕ぐオールのような木製のヘラ。太さも堅さも申し分なく、ユーミィが何年使っても壊れる気配などなかったものだ。
「ユーミィ……すまない。おれでは力不足だったようだ……」
ソファに座ってうなだれていたユーマがうつむいたまま言った。
実力派教官の顔からは普段の覇気が消え去り、重い雲がかかったように暗く影っている。服は飛び散ったスライムでべとべとになっていた。
「不足どころかありすぎるからでしょう。どうしてこれが折れるのよ」
フローシアがまっぷたつになったヘラの片割れを手に取って力をこめるが、まるでびくともしない。折るどころかちょっとしならせることすらできなかった。
「ユーマはなにもわるくないよ。ごめんね、わたしがムリヤリ仕事を押しつけちゃったばっかりに……」
「本当にすまない……おれがひとっ走り行って買ってこよう。どこで売ってるんだ? まさか、特注品?」
ユーマが立ちあがる。
「気にしなくていいよ。だって──ほら、これ」
と言って、ユーミィはロッカーの扉をあける。そのなかにはユーマが折ったのと同じものが何本も並んでいた。
「さすがはユーミィね、用意がいいわ。ちょっと買いすぎな気もするけど」
ふつうならめったに壊れることのないヘラ。予備を置いておくにしても慎重すぎるほどに多かった。
「そうか、よかった。じゃあおれが掃除をしよう」
ほっとしてすこしだけ表情が明るくなったユーマ。飛び散ったスライムをふき取ろうと雑巾を探す。
「いいよいいよ。わたしがやっておくから。それよりも、はやく着替えたほうがいいと思うよ。すっかりべとべとになっちゃってるから」
「でも──」
「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさとユーミィの言う通りにしなさいよ。そんなに汚れたままじゃあ、掃除なんてできないでしょう。それに、あんたがやったら余計な仕事を増やされそうだし」
ユーマの言葉をさえぎって、厳しく指摘するフローシア。
「……たしかにそうだな。おれは帰るとするよ。この埋め合わせは必ず……」
ふたたび表情を暗くして、ユーマはふらふらと工房から出ていった。
「ちょっとかわいそうな気もするけど……」
「いいのよ。明日になれば元気になってるわ、きっと。そんなことよりも、はやく片づけて、新作スライムをつくってみましょう」
「──うん、そうだね」
ふたりはユーマの散らかしたものをてきぱきと片づけはじめた。飛び散ったスライムを雑巾で拭きとり、折れたヘラの破片を集める。途中になっていたスライム作りも終えて一段落ついたところで、今度は新作スライムの試作に取りかかった。
少量の試作品をつくるときはいつも、大鍋ではなく料理に使うような小さい片手鍋を使用していた。今回もいつもと同じく台所で試作する。ユーミィのスライムは無添加の天然由来成分にこだわっており、口に入れてもからだに一切の害はないため、台所を使用しても衛生面的になんら問題はないのだ。
「どんなスライムをつくるの? 当然、買ってきたばかりの花を使うんでしょうけど」
まさか、とフローシアは考える。さっきの自分のへんな想像が実現するのかもしれない。家庭菜園スライムが。
「かわいいのをつくるから、たのしみにしててね」
「わかったわ。植木鉢を用意しておくわね」
「えっ、なんで?」
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