#12 お買い物

「今日が仕事休みの日でよかった。あやうく無断欠勤になるところだった」と、ユーマ。

「ほんとによかったよ。あのまま元にもどらないかもって、心配したんだからね」と、ユーミィ。

「あたしとしては、壊れたままでもよかったのだけど」と、フローシア。

 工房にもどった三人はお茶を飲んで一息ついていた。


「だいたい、なんで急に手伝おうと思ったんだよ。いままでそんなことしなかっただろ?」

「あたしの勝手でしょ」と言って、フローシアはぷいっと顔をそむける。「あー、それにしても疲れたわ。あしたは筋肉痛ね。ユーミィ、肩もみスライムとかいないの?」

「うーん、スライムにはあんまり力がないからムリかも……」


 先ほどフローシアが入っていたスライム風呂は、狭い荷台に多くのスライムが密集することで圧力を生み出しマッサージ効果を発揮していたが、個々の力はたかが知れていた。小型モンスターが相手でも、大勢で寄ってたかってようやく追い払えるレベルなのだ。


「あっ、お灸スライムなんてどうかな? 力が弱くても大丈夫だし」

「いいわね、それ」

「いやいや、ダメだろ。スライムのからだはほとんど水分だし。そもそもふつうのお灸で十分だし」


「じゃあ、あんたがかわりに──ってダメね。あんたじゃ力が強すぎて、あたしの柔肌にキズがついちゃうわ」

「頼まれたってやらねえよ」


「あたしの玉のようなお肌に触れられるチャンスなのよ? 土下座してお願いするところでしょうが」

「ふざけんな。だれがするか、土下座なんて」


 いつものようにギャーギャーと仲良く言い争うユーマとフローシア。そんなことは日常茶飯事と、ユーミィは静かにお茶を飲み終えて立ちあがった。


「それじゃあ、留守番よろしくね」

 と言って、ポシェットを肩からさげ、玄関に向かった。


「どこ行くんだ?」

「ちょっとお買い物。新作スライムのアイデアがあるんだ」

「それなら、あたしもいっしょに」

 フローシアがユーミィのあとを追う。


「じゃあユーマ、留守番たのむね。スライムはこまめにかき混ぜて、それからアクが出たらちゃんとすくうんだよー」

 簡単に説明をして、ユーミィは工房を出ていった。


「えっ……おい、ちょっとまてよ」

「はじめてのお留守番、がんばってねー」

 と、フローシアは手をひらひらさせながら言って、ユーミィに続いて外に出る。


「行っちまった──おれひとりで、本当に大丈夫なのか……」

 さっきまでの騒がしさが消え去った工房にひとり残されたユーマ。彼の口からもれるつぶやきは、自分自身に問いかけるようだった。


 町はずれのスライム工房を出たユーミィとフローシアのふたりは、町の中心のほうに歩いていく。中心部に近づくにつれ、住宅は密集して人通りも増えてきた。目的地の商店街にたどり着くと、そこは多くの買い物客でにぎわっていた。


「フローシアはなにか買いにきたの? わたしは花屋に行くけど」

「あたしは茶葉を見てくるわ。残り少なくなってきてたから」

「わかった。じゃあ、またあとでね」

「ええ」

 ふたりはそこで別れ、それぞれのお目当てを買いに行くことになった。


 ユーミィは寄り道することなく一直線に目的の店にやってきた。軒先には色とりどりの季節の花が並べられ、少々きついくらいの花の香りが漂ってくる。

「こんにちはー」

 店内に入ってあいさつすると、奥から若い女性があらわれて笑顔で出迎えてくれる。

「いらっしゃいませ。あらユーミィちゃん、こんにちは」


 ユーミィはこの店の常連だった。スライムに色づけするための花のエキスを用意してもらっていたからだ。

「いつもの?」

「ううん、ちがうよ」と、ユーミィは首を横に振った。「今日はね、ふつうのお花を買いにきたんだ」


「めずらしいわね。もしかして……ユーマにプレゼント?」

 と言って、花屋の女性はうれしそうに笑った。

「お花をあげてもユーマはよろこばないよー。新しいスライムに使うの。じゃあ、これください」

「あら、そうなの」


 花屋の女性はちょっとばかり残念そうにしながら、ユーミィの選んだ花を包装紙にくるんで手渡す。

「はい、一輪おまけ。いつもひいきにしてくれてるから」

「ありがとうございます。また来るね」

 ユーミィは手を振ってあいさつし、花屋を出る。


「えっと──フローシアはまだかな?」

 とつぶやき、まわりを見渡す。すると、露店の並んでいるあたりに人だかりができているのがわかった。フローシアがいるかもしれないと考えて様子を見に行く。うんと背伸びをして、なにかに群がる人たちの肩越しにのぞき込んでみる。


「ちょっと、これ高すぎるんじゃないの?」

「若いお嬢さん。あなたにはわからないかもしれませんがね、これはさる高貴なお方も愛飲されているという最高級の茶葉なんですよ」

 野次馬たちに囲まれて、フローシアが流れの商人とひと悶着起こしていた。


「あんた、あたしをなめてると痛い目見るわよ」

 茶葉の入った缶を手に取り、すこしだけふたをあけて鼻を近づける。

「どうです、いい香りでしょう。安物とはちがいますからね」

「たしかに香りはいいわね。でもこれ、安物に香料で香りだけつけたものじゃないの? 葉はしけっていて保存状態はよくないし」


 行商人はフローシアの言葉に眉をひそめる。

「困りますな、お嬢さん。適当なことを言われては。こちらは目利きのプロですよ? 素人がよけいな口をはさむもんじゃありませんね。これでうちの信用が落ちたとなったら、責任とってもらいますよ」

 丁寧な口調のまま、声のトーンをさげてドスをきかせた。


「適当かどうか、たしかめてみてもいいのよ? 仕入れ元を言ってみなさいよ。最高級の品は生産者や流通経路が限られるから、調べればほんとかどうかはっきりするわ」

 脅しめいた行商人の言葉にひるむことなく、フローシアは強気の態度をくずさない。


「ふ、不愉快だ! これほどまでにマナーのなってない客がいるとは。もう二度と来るか、こんな町!」

 状況が不利だと悟ったのか、行商人は荷物をまとめて去ろうとする。そこに、ひとりの男がやってきた。


「そこのおまえ、ちょっとまて。最近ここらの町で悪徳商売をはたらく詐欺師だな。手配書がまわってきていたぞ。おとなしくお縄につけ!」

 男は市中の警備を担当する防衛隊員だった。

「ちくしょうめ」と悪態をつく行商人は、粗悪品を高級品と偽って高値で売りつける詐欺師で、防衛隊員に取り押さえられて連行されていった。


「あたしをだまそうだなんて、おろかな男ね。いい気味だわ」

 と言って、フローシアは妖しくほほ笑んだ。

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