#09 これから

「あのさ、ひとつ聞きたいんだけど……」

 と、これまで黙ってふたりの話を聞いていたユーミィが口をひらいた。

「なんだ?」


「養成所がなくなったら、ユーマはどうするの? 仕事なくなっちゃうでしょ?」

「──まあ、あてがあるにはあるんだ。都の騎士団から騎士にならないかと誘われているからな……」

 ユーマは歯切れわるく答えた。


「騎士になれるの? すごいよ、ユーマ!」

 騎士団というのは国の中心たる都を守る、いわば最強の防衛隊といえる存在だった。勝敗が国家の存亡にかかわるため、決して負けることは許されない。国中から優秀な人材が集められて組織されていた。


「いや、まだ誘いを受けると決めたわけじゃないんだ──」

「えーっ!」ユーミィは思わず大きな声を出した。「ふつうは迷わずにオッケーしちゃうと思うけどなあ……」


 驚くのも無理はない。騎士になれるチャンスを棒に振るなどという行為は、常識では考えられないことだ。約束されたエリートコースへ進まずに田舎町の教官を続けるユーマは、相当な変わり者──いや、愚か者と呼ばれてもおかしくなかった。


「まあ、まだ時間はあるからな。もう少し考えてから結論を出すことにするよ……」

 と言って、うつむき加減のまま玄関に向かう。


「あれ? いっしょにごはん食べないの?」

「ああ。ちょっとひとりで考えたいんだ。また明日な、ユーミィ」

「うん、またね──」

 工房を出ていくユーマを見送ったユーミィは、彼がいなくなったあともすこしのあいだボーっと立ちつくしていた。


「ユーマはどうして悩んでるんだろ? 断る理由はないと思うんだけどなあ。ユーマが騎士になったら、わたしも幼馴染としてうれしいんだけど……」

「でも、あなたは本当にそれでいいの?」

 不思議そうに首をかしげるユーミィに、フローシアが声をかけた。


「えっ……どういうこと?」

「騎士団に入るということは、遠い都に行っちゃうってことよ。あいつと離ればなれになるけど、それでもいいの?」

「あっ──そっか、そうなっちゃうのか……」

「やっぱり気づいてなかったのね」

 うん、とユーミィは小さくうなずく。


「お別れはさみしいけど、ユーマが認められるのはうれしいことで、でもやっぱり遠くに行っちゃうのはいやだな……うーん、よくわかんないよぉ……」

 ユーミィはメトロノームのように頭を左右に揺らしながら考え込むが、そう簡単に答えが出るものではない。あっちをたてればこっちがたたず、万人が納得いく解決というのはまずありえないものなのだ。


「あいつのことが気にかかるのはわかるけど、あいつだって自分で考えて、自分で決めるはずよ。どういう答えを出すかはわからないけど、その決断を尊重してあげましょう」

「……うん、そうだね。あ、もしも工房がなくなっちゃったら、フローシアはどうするつもりなの?」


「あたしのことは気にしなくていいのよ。どうにでもなるから。あなたはあなた自身の心配をしなさい」

 この余裕はいったいどこから湧いてくるのだろうか。別の居候先のあてでもあるのだろうか。行くあてがなくともやっていける自信があるのだろうか。理由はよくわからないが、フローシアならばなんとかなりそうな気がしてくる。そう他人に思わせるなにかが、彼女にはあるのかもしれない。


「わたし自身のこと……」ユーミィは目を閉じて考える。「おじいちゃんがつくって、おとうさんが受け継いで、いまはわたし。わたしがこの工房を守らないといけない。わたしは、この大切な工房を守りたい。でも……」

 そこで言葉は途切れた。


 スライムたちは存在意義を失う。ユーマの言葉がユーミィの心に重くのしかかる。自分の今までの努力がすべてムダだったと言われたような、そんな気分にさせられる。町の人たちにとって、スライムは不要なものなのだろうか。スライム工房を守りたいという強い気持ちはあるが、だれにも必要とされていないのなら、ここで終わらせてしまったほうがよいのだろうか……。


「ダメよ、ユーミィ。ああしたいこうしたいという自分の気持ちよりも、他人のことばかり気にしているんでしょう?」

「えっ……」図星をつかれたユーミィは目を丸くしてフローシアに視線を向けた。「そうかも……」


「やっぱり。あなたはやさしいから。他人を思いやるのはすごく大事なことだけど、ときには自分のわがままを押し通すくらいの勢いも必要なのよ。他人になにを言われようが知ったことじゃない。だれかにスライムの必要性がないと言われたら、自分で新しい役割をつくればいいの」

「自分で、つくる……」


「そう。なくなっても新しく生み出せばいい。簡単なことでしょ?」

「うーん……わたしにできるかなあ?」

「いざというときは、あたしがなんとかしてあげる。だからそんなに気負うことはないのよ、ユーミィ」

「フローシアが? ほんとうに……?」

 ユーミィは目を細め、じとーっとフローシアを見つめる。


「ああ……ジト目のユーミィもたまらなく愛らしいわ……」

 疑いの目を向けられているにもかかわらず、フローシアはよろこんでいた。その締まりのない口元からよだれが垂れそうになったことで正気を取りもどす。


「おっと──危ないあぶない。ともあれ、まずはできることをやりましょう。思いつく限りの手を尽くして、それでもだめだったら、この最終兵器おねえさんがすべて解決してあげるから」

 と言って、フローシアはユーミィの肩を抱く。


「うん……ありがとね、フローシア……」

 肩に伝わるフローシアの手のぬくもりが、不思議とユーミィを安心させた。いつもぐうたらしているだけの居候だが、その言葉には力強さがこもっている。ユーミィにとってのフローシアは、ここぞというときに心の支えになってくれる、頼れる姉のような存在だった。


 でも、とユーミィは心を決める。この非常事態は、なんとしても自分の力で切り抜けよう。フローシアの言葉を信用していないわけではない。しかし、代々受け継がれてきた工房を守るのは自分の役目なんだ。

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