#08 知らせ

「気にすることはないわ、ユーミィ。これも現代アートスライムだと思えば、必ずしも失敗とは言い切れない。物の価値なんてあやふやなのよ」

 しょんぼりするユーミィに、フローシアは慰めの言葉をかける。もっとも、フォローになっているかはあやしいものだが。


「よくわかんないけど、ありがとね、フローシア」

「やっぱり元気なユーミィが一番よ。そのためには、おいしいごはんを食べるのがいいわ。晩ごはんにしましょう」

 昼寝から目覚めたばかりですぐに食事。くっちゃね生活がすっかり身に染みているフローシアであった。


「うん。そうしよっか。ユーマもいっしょに食べていくでしょ?」

「──なあ、ユーミィ。あのさ、その……スライム、好きか?」

 ユーマはユーミィの問いに答えず、唐突に話を切り出した。


「えっ……うん。好きだよ」

 ユーミィはすこしだけ間をおいてから返事をした。どうしてユーマがそんな答えのわかり切った質問をするのか、不思議に思ったからだ。それもこんな不自然なタイミングで。


「この工房も、好きか?」

「うん。あたりまえだよ」

「そ、そうだよな。あたりまえだよな」

 あはは、とユーマはわざとらしく笑ってうつむいた。


「どうしたの、ユーマ? ちょっとへんだよ?」

「落ちてるものでも拾い食いして、おなか壊したんでしょう。バーベルとか、訓練用の重石とか、あとは──」

「いや、そんなんじゃないんだ……」

 ユーマはうつむいたまま答える。


「あんた、ほんとに具合でもわるいんじゃないの? ツッコミの切れがなさすぎるわ。いつもなら、『そんなもん食べねーよ。鉄分は足りてんだ。プロテインをよこせ、プロテイン!』とか言うところなのに」

「ああ……」

 心ここにあらずといった様子のユーマ。フローシアのボケに一切の反応を見せない。


「これは重症ね」

「ユーマ、大丈夫? ベッドで休んでたほうがいいよ」

「いや、体調に問題はないんだ。ただ、ちょっと言いづらいことがあってだな──」


「もう、じれったいわね。言いたいことがあるなら、さっさと言いなさいよ。ためらっていても、なにも解決しないでしょ」

「そう……そうだな。おまえの言うとおりだ」フローシアの厳しくも正しい言葉を受けて、ユーマは話す決心をした。「残念なことに、わるい知らせがあるんだ。ユーミィにはつらい話になるが、心の準備はいいか?」


「えっ……そうなの? ちょ、ちょっとまって!」

 心の準備と言われてもどうすればよいのかわからず、ユーミィはあわてふためいた。「どうしよう、どうしよう……」とウロチョロしたのち、ソファに置いてあるクッションを手にとり、それをぎゅっと抱きしめた。


「これでオッケー。ばっちこーい!」

「よし、準備はできたな。まず結論から述べるぞ。おれの得た情報が正しければ……このスライム工房は、近いうちに閉鎖することになる」

 一瞬、工房に集う三人のあいだに重い沈黙が流れた。


「…………えっ?」

 ユーミィの腕のなかからクッションがぽろっとこぼれ落ちる。


「ちょっと、それどういうことよ!」

 いちはやく声をあげたのはフローシアだった。彼女は勝手に工房に居座っているだけであり、本来は部外者であるはずなのだが、ものすごい剣幕でユーマに詰め寄る。


「これはユーミィの問題だろ。なんでおまえが──」

「ユーミィのピンチはあたしの危機なの。他人事じゃないの。それで、工房が閉鎖ってどういうこと? くわしく話しなさいよ!」

 と言って、フローシアはユーマの胸ぐらをつかんで前後に激しくゆすった。


「わかった! わかったから離せって!」

 フローシアから解放されたユーマは軽く咳込んでから詳細な説明をはじめる。

「理由は簡単、スライムの需要がなくなるからだ。そうなれば、スライム製造で成り立つこの工房も必要なくなる」


「ユーミィのスライムは町のために働いてたんじゃないの? だったら、需要がなくなるわけないわ」

「これまではな。だが、これからの町の防衛にスライムはいらなくなるらしい」


「どうして? スライムはモンスターを追い返してくれてるのに」

「そうなんだが、スライムに撃退できるのはせいぜい小型のモンスターだけだ。そこそこ以上のやつが襲ってきたらどうにもならん。それを防衛隊が退治してるってわけ」


「ちょっとでも役に立ってるならいいじゃないの。防衛隊の連中だって、スライムがいてくれたら楽できるでしょうに」

「今日な、養成所に防衛隊の総司令官とやらがやって来たんだ。そいつが言うには、『スライムで町を守るなんて時代遅れさ。大砲をはじめとした最新兵器を配備し、効率よく町を防衛してみせよう』だってさ」


「なによそれ。イヤミっぽいやつね」

「ああ、それは間違いない」と、ユーマは迷わず肯定した。「イヤミ総司令官の性格はともかく、残念だけどスライムの必要性は失われて──」


「ちょっとまって」と、フローシアが待ったをかける。「ユーミィのスライムには、見習い冒険者たちの実戦練習相手になる、って役目もあるんじゃなかった?」

「その通り。だがな、その役割はもうすぐ必要なくなるかもしれないんだ」


「なんでよ」

「この町から冒険者ギルドがなくなるからさ」

「えっ……どうして?」

「老朽化にともなう建て直しだ。同時期に建てられた冒険者養成所も同じようにな」


「でも、それなら新しいギルドを町のどこかにつくればいいだけの話でしょう? 新しいのができるまで古いほうを使っていれば──」

「たしかにそうなんだが、都のギルド本部が決めたらしい。どうせ建て直すなら、メイズルなんて片田舎よりも、もっと立地のいい町に移したほうがいいってね」


 辺境の町、メイズル。冒険者を目指す若者たちの集まる活気あふれる町ではあったが、あくまで『辺境』であることにはかわりない。アクセスのわるい田舎町であるという事実は、町の住人たちの努力で改善できるような簡単なものではないのだ。


「当然のことだが、ギルドも養成所もなければ冒険者見習いは集まってこない。はじまりの町のスライムたちは、その役目を終える。いや、存在意義を失うんだ……」


 ユーマは目を伏せ、肩を震わせた。どれだけ馬鹿力があろうと、いかに剣のウデがよかろうと、この問題を解決することはできない。自分がいかに無力であるかを痛感し、打ち震える以外にないのだった。

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