#07 新作は全自動のあれ
夕暮れ時のスライムの工房。
仕事を終えたユーマはまっすぐ自宅に帰らず、足取り重くユーミィの工房にやってきた。その表情は暗く、うつむき加減にドアをくぐる。
そんな彼のことを待ってましたと言わんばかりにユーミィが明るく出迎えた。
「あ、ユーマだ。見て見て! じゃーん、ルンルンスライムー!」
工房に入ってきたばかりのユーマに、ユーミィは満面の笑みで手に乗せた緑色のスライムを見せつける。大鍋のスライムとは別に試作したものだった。
「る、るんるん……なんだ、それ?」
そのなんともいえないネーミングに顔を引きつらせるユーマ。
「ふっふっふ。このルンルンスライムはいつものとはひと味違うんだよ! ユーマにわかるかな? ふっふっふ──」
「違い……」
ユーマはユーミィの自信作をつぶさに観察する。形はふつうのスライムとなんら変わりはない。町のまわりでポヨンポヨン跳ねまわっているよく見慣れたやつだ。しかし、ユーマにもひとつだけ気づくことがあった。
「緑だ。緑色のスライムはつくらないはずだ」
ユーミィのつくるスライムに緑色は存在しなかった。かけら拾いの際に草の緑にまぎれてわからなくなってしまうからだ。
「うんうん、正解。よくわかったね」
「いや、わかるだろ。しょっちゅう見てるし」
早朝の手伝いや工房にいるときにスライムを見慣れているユーマにとって、この程度の見分けはできて当然のことだった。
「でもね、それだけじゃないんだよ。もっと大きな違いがあります」
「大きな違い、ねえ……」
見た目の差は色だけだ。いったいどんな特徴が隠されているのだろう、とユーマは考え込む。ユーミィの手のうえでモゾモゾ動く緑色の物体を眺めながら、ひとつのイメージが思い浮かんだ。
「わかった。アオムシみたいにウニョウニョ動いて葉っぱを食べるんだ」
「ええーっ!」
驚いたユーミィの手からスライムがすべり落ちそうになり、「おっとっと」と言いながらあわててキャッチする。
「まさか、あたった?」
「すごいすごい! おしいよ、ユーマ!」
「おしいのか。じゃあ変態してチョウになるとか?」
「ああー、残念。遠くなりました」
「ふうむ……降参だ。答えを教えてくれ」
「それでは、正解を発表いたします」
ユーミィはコホンとわざとらしく咳払いをしてから話しはじめる。
「正解は──これ一匹でお掃除ラクラク! 自由時間が増えて気分はルンルン! 全自動お掃除スライムでしたー!」
「スライムが……掃除? ほうきとちりとりでも使うってのか?」
「それはさすがにムリだよー。この子はね、勝手にゴミを食べてくれるんだ。だから葉っぱを食べるっていうユーマの答えがおしいと思ったの」
ふーんと言って、ユーマはあらためてルンルンスライムを見てみるが、ふつうのスライム同様に口がなかった。
「どうやって食べるんだ? 口もないのに」
「見ればわかるよ」
ユーミィが持っていたスライムを床に置いた。
大地に降り立ったルンルンスライムは、さっそくあちこち動きまわりはじめた。ゴミを探して西へ東へ。しかし、ゴミを食べているようには見えなかった。
「なんだ。ただうろちょろしてるだけじゃないか」
「そんなことないよ。ほら、よく見て」
と言って、ユーミィはルンルンスライムの通ったあとを指さす。
どれどれ、とユーマが言われた通りに見てみると、その部分だけほこりがなくなっていて、スライムのうしろにきれいな道ができていた。ゴミを食べるといっても口からパクパク食べるのではなく、モップがけのように掃除することを例えて言ったのだった。
「へえー、これは便利だな」
「そうでしょ。自信作なんだ」
えへへ、とうれしそうにほほ笑むユーミィ。
「でも、いいのか?」
「ん? なにが?」
「ゴミじゃないものまで食べようとしてるけど」
「ええっ!」
ユーミィは急いでルンルンスライムのゆくえを探す。すると、ゴミを狩るハンターは次なる獲物に狙いを定めていた。
こんどの獲物は大物だ。油断してかかるとこっちがやられかねない。慎重かつ大胆に攻め込み、一気に仕留めるぞ。狙うは人間のようななにかだが、あれは床に転がっているから、おそらくゴミの類だろう。
「わあーっ! フローシア、逃げてーっ!」
ルンルンスライムが狙っていたのは、床に寝転がるフローシアだった。おそらくソファで寝ていたところ、寝相がわるくて転げ落ちたのだろう。
「スライムにゴミと認識されるとはな。あわれなヤツ……」
「食べちゃダメーっ! 早く起きないと食べられちゃうよ、フローシアってば──」
自分の身に危機が迫っているとは知らずに安眠を続けるフローシア。ユーミィは彼女の体をゆすって起こそうと努力する──。
──ルンルンスライムとの死闘のすえ、フローシアは緑の捕食者からすんでのところで逃れることができた。
「まさかスライムに食べられる寸前だったとはね。さすがのあたしもびっくりだわ」
ようやく目を覚ましたフローシアが言った。
「あそこまでされて起きないおまえのほうがびっくりだよ」
ユーマはあきれたように返した。
結局のところ、フローシアがなかなか目を覚まさなかったため、ユーマがルンルンスライムを別の方向に誘導することで事無きを得た。すぐそばに空きビンを転がしてやると、ルンルンスライムはそちらに目標を変えて追いかけていったのだ。
もしもあのままフローシアが食べられていたらどうなっていたのだろうか。少々不謹慎かもしれないが、気になるところではあった。試作品のルンルンスライムはユーミィの手のひらに乗っかる程度の大きさしかなく、人を丸飲みにすることはできないと思われる。しかし、実際にやってみないことにはなにが起こるかわからない。それは生みの親であるユーミィにとっても同じだった。
「で、どいつがあたしを狙ってたって?」
「あれだよ」
ユーミィがテーブルのほうを指さした。
「……なにあれ? 現代アート?」
テーブルのうえにのっていたのは、謎のオブジェだった。一見して無意味にガラクタを寄せ集めただけの物体に見えるが、その実やっぱり特に意味のないただのカタマリだ。しかし、前衛芸術家がそれを見たならば、その完成度の高さにシッポを巻いて逃げ出すかもしれない。アートとは、常人には理解のおよばないものなのである。
目標をフローシアから変更したルンルンスライムは、ユーマが囮に使った空きビンを飲み込んだあと、床に置いてあるスリッパなどをいくつも食べたのちに動きを止めた。おそらく物を取り込みすぎて動けなくなったのだと思われた。いまはテーブルのうえにどっしりと構えて微動だにしない。
「全自動お掃除スライムのはずだったんだけど……」
失敗しちゃった、とがっくり肩を落とすユーミィ。
ユーミィのスライム錬成術は祖父や父から受け継いだものとまったく同じというわけではなかった。古きよき伝統のやり方を守りつつ、自分なりのアイデアを追加してあたらしいスライムを開発している。昔のスライムは無色透明しかなかったが、色づけしたほうが見る人も楽しめるだろうという彼女の思いつきによって、いまのカラフルなものが生まれたのだった。もっとも、今回のような失敗のほうが多いのだが。
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