#06 不穏な来客
「なんかへんな人がいるー。あれだれー?」
マイコが訓練場の入口のほうを指さして言った。
「ほんとだ。場違いな感じがすごいな。ユーマきょーかん、知ってます?」
「ん? どれどれ」
と言って、ユーマもふたりの視線のさきに目をやった。
そこにいたのは、訓練場にふさわしくないパリっとした服装の若い男であった。ポケットに手を突っ込んでふんぞり返り、部下らしき屈強な男をあごで使っている。部下のほうは帯剣していて警護役と思われた。
「うーん……この養成所の関係者でないことだけは確かだ。冒険者ギルドで見かけたこともない。でもどっかで見たことあるような、ないような……」
ユーマは腕を組んで首をひねった。
「なーんかずいぶんと偉そうなヤツっすね」
「感じわるーい。お役人っぽいですー」
新米コンビはよい印象を受けなかったようだ。
「ふーん。ボロいわりには、そこそこ活気があるじゃないか」
偉そうな男は訓練場や教官たちのことをじろじろと値踏みするように見ながら歩く。現場を視察に来たお偉いさん、といった様子だった。
「しかし、時代遅れだな。剣だの槍だのとは。あれは……なんだ?」
「投石機の模型でしょう。使い方を学ぶには十分かと」
部下らしき男が答えた。
「ふむ、やはり古くさい。これからは近代兵器の時代だ。このような過去の遺物は、もう必要ないのさ」
男は人目をはばからずにしゃべっているため、その言葉はまわりの教官や見習い冒険者たちに筒抜けだった。
「ほんとに失礼なヤツっすね。じぶんが追い払ってきます」
「がんばれー」
シンジは無礼な男のもとに近づき、右手の人差し指をビシッと突きつけて高らかに言い放つ。
「ちょっとあんた、さっきからひどいことばかり言って、申し訳ないと思わないんすか!」
「いいぞいいぞー」
マイコはシンジの後ろに隠れて応援している。
「おっと、これは失礼。ボクは思ったことをはっきりと言ってしまうクセがあってね。事実とはいえ、気をわるくさせてしまったかな」
「部外者は出てってもらうっすよ!」
「いやいや、部外者ではないさ。視察に来ているのだよ」
「じゃあいったい何者なんすか、あんたは?」
「ボクは現町長のひとり息子であり、次期町長を約束された男さ」
「へえ。見た目だけじゃなくて、ほんとに偉い人みたいっすね」
「お偉いさんだー」
町長の息子の言葉を素直に受け取るシンジとマイコ。そんなふたりに対して、ユーマは即座に否定する。
「いや、違うぞ。町長は世襲制じゃないんだ。選ぶのは町の人たちだから、不正でもしない限りあらかじめ約束されるなんてありえない。勝手に言ってるだけだろう」
「ウソってことっすか!」
「自称次期町長ってことですねー」
「……自称、か」
ユーマはマイコの間延びした言葉の内容に既視感を覚えた。今朝も似たようなことがあった気がする、と。なぜか今日はユーマのまわりに勝手な肩書きを名乗る人たちがあらわれるのだった。
「ふっ……ボクのカリスマ性をもってすれば同じことさ。対抗馬がだれであれ、ボクの当選は決まったようなもの。それならばいまから次期町長を名乗ったところで、なんの問題もないというわけさ。わかったかね?」
「わかりたくもない。それで、結局のところ何者なんだ? 次期町長とかそういうことではなく、いまなにをしてるのかってことな」
「ふぅ……ボクのことを知らないなんて、嘆かわしいほどに愚かな庶民たちだ……」
自称次期町長はおおげさに肩をすくめてみせた。
「ユーマきょーかん、こいつもみっちりしごいてやったらどうっすか? すこしはイヤミな性格がよくなるかもしれませんよ」
「さんせーい。てってーてきにやっちゃってくださいー」
「おっと、野蛮な行為はお断りさせてもらうよ。ボクは頭を使うのが仕事でね。肉体労働は部下たちの役割なのさ。ところで、キミがユーマ教官なのかい?」
「ああ、そうだ」
「なるほど、キミが──」
と言って、自称次期町長は先ほどと同様に値踏みするようにユーマを見たあと、なにやら部下に耳打ちする。部下の男は不服そうな顔をしながらも、承知しました、と返事をした。そして、床に落ちているシンジかマイコが放り投げた模造刀を拾い、そのままユーマに斬りかかる。
ユーマは不測の事態にも動じることなく冷静に対処する。自分の持っていた模造刀で応戦。相手の武器を弾き飛ばした。
「いきなりなにするっすか!」
「不意打ちはひきょーですー」
攻撃を仕掛けられたユーマではなく、外野の新米コンビが抗議の声をあげる。
「いやー、すまないね。有名な教官の腕前をこの目で確かめてみたくなったのさ。防衛隊総司令官としてね。こっちは部下の防衛隊員だ」
「総司令官だって? 聞いたことないな」
ユーマは首をひねる。攻撃されたことはたいして気にも留めていないようだった。
「つい最近新たに設けられた役職ですよ」
「うわっ!」
「びっくりしたー」
新米コンビは驚いて声をあげた。護衛役の防衛隊員が突然自分たちの後ろにあらわれたからだ。ユーマは気づいていたために平然としていたが、この男の隠密行動はなかなかのものだと感心した。防衛よりも斥候のほうが向いているのではないだろうか。
防衛隊員は総司令官に聞こえないよう小声で説明をはじめる。
「本来は防衛隊のなかでもっとも優秀な者が防衛隊長に選ばれるのですが、そのさらに上に立つのが総司令官らしいです。バカ息子総司令官殿がお父上に泣きついてつくってもらったようですが、こちらとしてはド素人によけいな手間を増やされるだけで、まったくいい迷惑ですよ」
「わかりやすい説明をありがとう」
「さきほどはすみませんでした。バカ息子総司令官のわがままで……」
防衛隊員はユーマに対して申し訳なさそうに頭を下げた。
「いいよ。本気じゃなかったみたいだし。それに、バカな上司を持って苦労してるだろうからな。同情するよ」
「恐縮です」
「ユーマ教官、キミの実力はうわさ通りのようだね。これならばあのような話がくるのも、うなずけるというものだ」
「あの話ってなんすか?」
「それはだな──」
シンジの問いに答えようとするバカ息子総司令官。その言葉をさえぎるように、ユーマが言った。
「その話はまえにも断ったはずだ。それに、防衛隊のあんたには関係ないだろう」
「なんのことっすか? 教えてくださいよお、ユーマきょーかん」
「気になります―」
新米コンビはユーマの服の袖や裾をくいくい引っ張って詳細を話すよう催促した。まるで好奇心旺盛な子どものようだ。
「都の騎士団から騎士にならないかと打診されたんだよ」
「ええー! 断ったんすか、そんないい話を!」
「エリートコースなのにー」
「ああ。おれはメイズルを離れる気はないからな。騎士団とやらにも興味はないし」
「どんな理由があるかは知らないが、出世を拒むとは変わった男だな、キミは。しかし、そうも言っていられなくなるのだよ、ユーマ教官」
と言って、ニヤリと口をゆがませた。
「どういうことだ?」
そんなバカ息子総司令官の不審な態度に、ユーマは眉をひそめてけげんな顔をする。こいつはいったいどんな情報を握っているのだろうか。
「正式な通達はまだのようだが教えてやろう。実はな──」
バカ息子総司令官の語る話は、ユーマや新米コンビに大きな衝撃を与えることになった。これから起こるその出来事は、養成所の関係者にとどまらず、ユーミィにも多大な影響を及ぼすことになるだろう。
話を終えたバカ息子総司令官と護衛役の防衛隊員は、養成所を出て馬をつないでいるところに行った。
「さて、視察も済んだことだし、帰るとするか」
「はっ。安全確保のため、自分が先行します、ドラ息子総司令官殿」
「うむ──ん? いまへんなことを言わなかったか?」
ドラ息子総司令官は疑問を口にして護衛の男のほうに目を向けるが、すでに馬にまたがり走り去ったあとだった。
「おい、ちょっと待ってくれ! ボクはひとりでは馬に乗れないんだ! ボクを置いていくなー!」
残念ながら必死の願いは届かず、ドラ息子総司令官が手綱を引いて歩いて帰る羽目になったことは、あえて語る必要もない。
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