#05 冒険者養成所
「どうした、新米コンビ。これで終わりか?」
ユーマがふたりの若者に剣を向ける。真剣ではなく訓練用の模造刀だった。
「ユーマきょーかーん、もうムリっすよ……」
「疲れたー。休憩しようよ―……」
ユーマと剣を交えていた若者たちがその場にしゃがみ込んで弱音を吐いた。
冒険者養成所。冒険者を目指す若者たちが学び鍛える場所。ここはそのなかにある訓練場だった。剣や槍、弓といった様々な武器の扱いや格闘術などを、教官たちから実戦形式で教えてもらうことができる。
建物自体が老朽化して設備も古くなってきてはいたが、教官たちの評判はよく、この養成所に入るためにわざわざ遠方からやってくる若者も少なくなかった。
ユーマはここで剣の指導役を任されていた。年齢的には冒険者見習いたちとさほどかわらないのだが、若いながらもその実力を見込まれてのことだった。
「ほら立つんだ、シンジ。マイコ、逃げようとするんじゃない。今日の訓練はまだはじまったばかりだろう」
まるで保育士にでもなったみたいだな、とユーマはあきれ果てていた。なんとかして駄々っ子たちにやる気を出させようと奮闘しながら、ふと考える。おれはいったいなにと闘っているのだろう。これも教官の仕事なのか?
「まったく。有名な冒険者になりたいんじゃなかったのか?」
「そりゃあもちろん」
「なりたいですー」
「だったら、スライムくらい倒してこい」
「えー」
「いやですよー」
ぶーぶーと文句を言うふたりは、本当に駄々をこねる子どものようだった。
「若者たちが集まり、訓練を受けて、ギルドに冒険者として認められる。そして手はじめに町周辺にいるスライムと戦い、実戦に慣れてから旅立つ。この町がはじまりの町と呼ばれるゆえんだろ? それなのにおまえたちときたら、いつまでたってもスライムに勝てないんだからな……」
と言って、ユーマはがっくりと肩を落とした。
「ちがいますって、ユーマきょーかん。倒せないんじゃなくって」
「倒さないだけですよー。だって無抵抗のスライムをいじめるなんてー、かわいそうじゃないですかー」
シンジとマイコの新米コンビは口をとがらせた。
「だからな、この町のスライムは生き物じゃないんだ。敵意に反応して防衛行動をとるだけの、泥人形みたいなもんなんだって。何度も教えただろ?」
「そうは言いますけどね、きょーかん。かわいそうなものは、やっぱりかわいそうなんですよ。きょーかんは、空き地に捨てられて震えている子犬を攻撃しろと言われてできますか? 同じようなことですよ」
「いや、何度も言うがな、この町のスライムは生き物じゃないんだってば。子犬とはまったく違う」
「じゃあ、子犬のぬいぐるみだったらどうっすか? 生きてはいないけど、ためらわずに斬れますか?」
「う、それは……やろうと思えば、たぶん……」
ユーマは言葉を濁して明言を避けた。かわいらしいぬいぐるみというのは、綿と布でつくられた単なる無生物だと理解はしつつも、捨てるのがはばかられるものである。ましてそれを無情にも斬り捨てるとなると、心やさしい人間ならば大きな罪悪感を抱くことになるであろう。
「それにー、スライムってプルプルしててかわいいじゃないですかー。カラフルできれいだしー、ポヨンポヨンって近寄ってくるんですよー。なでるとプニプニのツヤツヤで気持ちがいいんですー」
「そ……そうか。まあ、どう思うかはおまえたちの勝手だ。でもな、そんなことじゃいつまでたってもギルドに一人前の冒険者として認めてもらえないぞ。ずっと見習いのままでいいのか?」
やれやれと首を横に振るユーマ。
「きょーかんにだって、絶対に勝てない相手がいるじゃないっすか」
「はあ? おれに?」
「そーですよー。ほら、あのユーミィって女の子。きょーかんはわたしたちには厳しいのにー、あの子には甘いんですからー」
「なっ……あいつとはただの幼馴染で、おれにとっては妹みたいなもんなの! どんくさいやつだから、おれが面倒見てやらないといけないんだよ!」
ユーマは耳を赤くして声を荒らげた。
「そんなこと言って、ほんとは気になってるんでしょ?」
「そのわりに関係は進まないですよねー」
「偉そうに剣の指導なんてしてますけど、きょーかんの恋愛レベルは子どものチャンバラ並みっすよね」
「わたしたちが指導してあげましょーか?」
言いたい放題の新米コンビは肩を組んで大声で笑った。
「──ほう。ずいぶんと余裕じゃないか。そんな無駄口を叩く元気があるなら、おれがみっちり稽古をつけてやろう。今日は特別に、おれから一本とれるまでいつまでも付き合ってやる。ほら、もっとよろんでくれて構わないんだぞ」
笑顔で話すユーマであったが、腕には血管が浮きでるほどの力が込められ、訓練用の模造刀を握りつぶしそうな勢いだった。
「ええーっ! そんなのムリですって! ユーマきょーかんの実力は、都にまで伝わってるんすよ。メイズルにはスゴ腕がいるって」
「そうですよー。わたしたちにはスライムがお似合いですー」
「まあまあ、そう遠慮するな。そら、はじめるぞ!」
「ひええ……」
「ご勘弁をー……」
ふたりの冒険者見習いのあわれな悲鳴が、この広い訓練場にこだました。
鬼教官による指導は三日三晩に渡って続き、新米コンビは切り干し大根のように干からびた──わけはなく、二時間ほど経過したところで許された。
「よーし、今日はここまで」
「あ、ありがとう……」
「ございましたー……」
ユーマにたっぷりしごかれて汗だくになった新米コンビは、持っていた模造刀を放り投げてへたり込んだ。一方のユーマは、ふたりを同時に相手していたにもかかわらず、十分に体力を残して余裕の表情を見せていた。
ぐったりとしたふたりを眺めながら、ユーマはぼそっとつぶやく。
「ウデはわるくないんだ。あとはやる気さえ出してくれれば……」
シンジとマイコ。ふたりの冒険者見習いは、実力だけならこの養成所の生徒たちのなかでもトップクラスであった。しかし、いかんせんやる気がなさすぎることと、スライムを倒せない──本人たちが言うには倒さない──ことにより、長いことくすぶり続けているのであった。
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