#04 スライム錬成術
大鍋のなかにはすでに黒ずんだスライムが入っていた。ユーマがミルク缶を運んだときに中身を移しておいてくれたのだった。スライムでいっぱいのミルク缶を持ちあげて大鍋に移すことなど、彼の力であれば簡単なことだ。
「あれ? トレーニングに夢中で忘れたな、ユーマ」
一本だけスライムの入ったミルク缶が残っていた。おそらく、ユーマがバーベルとして活用していた最後の一本だろう。
ユーミィには空のミルク缶を運ぶのが精一杯なため、中身を移すためには道具を必要とした。ポリタンクから灯油を取り出すためのポンプのようなものを使い、ミルク缶のなかのスライムを大鍋に移していく。
すべて移し終えると、つぎに大鍋を火にかけた。ユーミィは踏み台に乗り、ボートを漕ぐオールのような道具を使って、ぐつぐつと煮えるスライムをかき混ぜる。大鍋をかきまわすその姿は、ずいぶんとかわいらしい魔女のようだった。
しばらく煮込んでいくと表面に真っ黒なアクが浮いてきた。それを丁寧にすくい取り、そばに置いてあるバケツにいれていく。アクが出てはすくい取ってまた煮込む。休みやすみこの作業を繰り返す。
すると、先ほどまで様々な色が混ざり合ってどす黒かったスライムが、澄んだ透明になっているではないか。不純物がすっかり取り除かれた状態になったのだ。
「ここに秘伝のたれと水溶き片栗粉を加えて──っと」
材料を追加して量を調整する。秘伝のたれとはスライムの核となるもののことで、これがないと甘くないプリンのようななにかに成り果ててしまうのだった。
「つぎは色づけ。えーっと──」ユーミィは棚のガラス戸をあけてお目当ての材料を探す。「あった、赤い花のエキスからつくった食紅」
「あら、めずらしいわね。すぐに決まるなんて。いつもなら何色にするか、最低でも五分は悩んでるのに」
と、フローシアはちょっと驚いてユーミィに顔を向けた。
「今日はね、もう決まってたの。わたしがモンスターに襲われたとき、赤いスライムが助けてくれたんだ。だから赤色にしようって」
「なんですって!」
と叫び、ソファで寝転んでいたフローシアが勢いよく立ちあがった。そして一瞬のうちにユーミィのそばに駆け寄る。
「わっ。ちょっと、フローシアってば。くすぐったいよお」
フローシアはユーミィの体をさわさわとまさぐりはじめた。
「ガマンして。あなたの玉のような肌に傷ができてないかチェックしないと──大丈夫そうね。それじゃあ最後に──」
「ひゃあ!」
フローシアにいきなり胸を触られ、ユーミィが驚きの声をあげた。
「つつましいバスト、異常なし!」
ふぅ、とユーミィの無事を確認したフローシアは安堵のため息をついた。ひと仕事終えて定位置であるソファにもどっていく。
「それはある意味、異常ありな気がするよ……」
ユーミィは自分とフローシアを見比べてしゅんとした。
「そのままでもいいのよ。つつましさは、あなたの魅力のひとつなのだから」
「そうかなあ……」
複雑な表情を浮かべながらも、ユーミィは作業を続ける。着色用の食紅を加えてさらにかき混ぜる。
「あなたを助けたスライムはどうなったの? やられちゃった?」
「うん。わたしの身代わりになってくれたの」
「ユーミィを守って散る、か……立派な最期ね」
己の身を犠牲にしてユーミィを守った名もなき赤色スライムに対し、フローシアは心のなかで敬意を表し、追悼の意をささげた。
「そういえば、倒されたスライムって、ほっといても平気なのよね?」
「うん。天然由来成分しか使ってないから土にかえるし、間違って食べちゃっても大丈夫なんだよ。おじいちゃんの代から続く自慢の無添加スライムだからね!」
と言って、ユーミィはささやかな胸を張る。
スライムの製法はユーミィの祖父から受け継がれてきたものだった。添加物を使わず、有機栽培された素材にこだわり、門外不出のレシピでつくる。その昔からの教えを、彼女は守り続けていた。
そのため、町の女性たちのあいだで『スライムは美容と健康にいい』などというウワサが広まっていた。実際に挑戦した者はおらず、あくまで証拠のない都市伝説的なものである。もし試そうとすれば、敵とみなされて反撃されることであろう。
「だったら、わざわざかけら拾いに行くことないんじゃない? 毎回新しくつくったほうが楽でしょう?」
「それはそうなんだけど……やっぱりなおしてあげたいんだ。だって、町の人たちのためにがんばってくれてるんだから」
「スライムさえ気づかうなんて、やっぱりいい子ね……」
「それに、材料代の節約にもなるしね」
ユーミィは小声でつけ足した。
「ちゃっかりしてるユーミィもステキだわ……だったら、せめてあいつにやらせたらどう? 力仕事は大好きでしょう?」
「だめだめ、ユーマは力は強いけど雑だから。まえに一度手伝ってもらったことがあるんだけどね、土までいっしょに掘り返しちゃったんだ」
「さすがは筋肉バカね。せめてお昼だったら、あたしが手伝ってあげる……こともたまにはあるかもしれないんだけど……」
「やっぱり朝早くのほうがいいんだ。街道に荷馬車をとめておかないといけないし、町を旅立っていく冒険者の人たちのジャマになっちゃうからね」
「思いやりのためだったのね。手伝えないのは残念だけど──」
果たして、フローシアは本当に残念に思っているのだろうか。スライムのかけら拾いが夜明けまえではなく昼間だったら、本当にユーミィの手伝いをするのだろうか。ツッコミ担当のユーマが不在であるいま、それを追及することはできない。真実は闇のなかに葬られることとなる。
「よーし、きれいに色はついたし、赤色スライムかんせーい! あとは粗熱が取れるのを待つだけでオッケー」
「おつかれさま、ユーミィ」
ソファでだらだらしていただけのフローシアが、両腕をあげてうーんと伸びをしているユーミィにねぎらいの声をかけた。
「もうお昼だね。ごはんにしよっか」
「ええ。じゃあ、あたしがお茶をいれるわね」
スライムづくりの仕事を終えたふたり──ひとりはなにもしていない──は二階の居住スペースにあがり、台所に並んで昼食の準備をはじめた。
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