#03 称号
「浮浪者ではないとでも?」
「もちろん」
「じゃあ家はどこに?」
「ユーミィがいれば、そこがあたしの帰るべき場所になるの」
「仕事は?」
「ユーミィを見守り、ユーミィを愛でる。それがあたしのなすべきこと」
「住所不定無職ってことだな。やっぱり浮浪者じゃねえか」
「だからそれはやめてって言ってるでしょ。立派な肩書きのひとつやふたつやみっつ、あたしにだってあるんだから」
「ほう」ユーマは腕を組んでニヤリと笑った。「さぞかしご大層な肩書きなんだろうな。聞かせてもらおうじゃないか」
いつもユーミィの工房に入り浸り、昼間っからだらだらしているだけのフローシアに、いったいどんな社会的地位があるというのだろうか。ピラミッド型の階級制度が存在する人間社会において、彼女は最下層の住人にしか見えなかった。
「いいわ。聞かせてあげましょう」
いざ語りはじめようとするフローシアは、たしかな自信に裏付けられた余裕の表情を浮かべていた。階段のなかほどで腰に手を当て仁王立ち。下の段にいるユーマを見くだし、勝利を確信した笑みを見せる。
まさか、とユーマは内心穏やかではなくなった。普段はぶらぶら遊び歩いているようにしか見えないフローシアだが、実はすごいやつでなにかとんでもない秘密を隠しているとでもいうのだろうか。
「まずは『ユーミィ大好きおねえさん』でしょ。ほかにも『ユーミィを見守る会名誉会長』とか……あと『ユーミィ親衛隊一番隊組長』なんてのもあるわね」
フローシアは指折り数えながら自慢の肩書きを披露した。
「はあ……全部自称じゃねえか」
ユーマは大きなため息をついた。一瞬でもあせった自分がバカみたいだ。
「うらやましい?」
「ぜんぜん。まったく。これっぽっちも」
間髪をいれずに連続で否定するユーマ。
「あら、そう。強がらなくてもいいのに」
「強がってねえよ。それにしても、ユーミィ、ユーミィ、ユーミィ。どんだけユーミィのことが好きなんだよ、おまえは」
「好きなんじゃなくて大好きなの。なにか問題でも?」
「いや、わるいとは言ってないが……」
「じゃあいいでしょ。だれにも迷惑かけてないんだし。それに、あんたも似たようなもんじゃないのよ」
「おれとおまえが似てるって……どこがだよ」
ユーマは眉をひそめた。それはただ単にどこが似ているのかわからないから、という理由もあるが、それ以上に自分が毎日をだらだらと過ごすフローシアと同レベルに扱われているのが心外だったからだろう。
「ユーミィ大好きってとこが」
「は……はあ? そ、そんなんじゃ……ねーし!」
フローシアの思いがけない発言に、ユーマは顔を赤くして言葉を詰まらせた。
「あの子に群がるわるい虫を追い払うのがあたしの使命だけど、あんたなら認めてあげてもいいと思ってるわ。だから特別に、『ユーミィ大好きおじさん』の称号を与えましょう。名誉なことよ。泣いてよろこびなさい」
「お、おれは……おれはおじさんじゃねえ! もういい!」
ユーマは玄関に向かい、扉に手をかける。
「あら? そこのおにいさん、こんな時間からどこへ?」
「仕事だよ。おまえと違ってヒマじゃないんでな」
「まだ早いでしょ。ゆっくりしていきなさいな」
「うるせえ! トレーニングがあんだよ!」
と言い捨てて、ユーマは工房を出ていった。
「からかいがいのあるやつ」
フローシアはいたずらっぽく笑い、二階にあがっていった。
ガチャっと扉が開き、袋を抱えたユーミィが物置からもどってきた。持ってきた袋を床に置いてきょろきょろと工房のなかを見渡す。
「あれ……だれもいない」
先ほどまでにぎやかだった工房は、いまは静まり返っている。
そこに、両手にふたつのカップを持ったフローシアが階段をおりてきた。
「はい、ユーミィ。お茶をいれたわよ」
「ありがと。フローシアひとり? ユーマは?」
「邪魔者は追い払った……じゃなくて、あいつなら仕事にいくってさ。張り切って出てったよ」
「ふうん、仕事熱心だねえ。こんなに早くから」
ユーミィはフローシアからカップを受けとり、ふうふうと息を吹きかけてほどよく冷ましてからお茶を口にする。
「うーん、やっぱりフローシアのいれたお茶はおいしいなあ。同じお茶っ葉を使ってるのに不思議だよ」
「おいしいお茶をいれるのはレディーのたしなみよ──」
と言ってすぐ、フローシアは玄関のほうに目をやった。なにかを警戒するかのような目つきで扉を見つめている。
「どうかした?」
「……気のせいだったようね。予感がしたのだけど」
「予感?」
ユーミィは首をかしげた。
「そう。あいつがもどってきて、『だれがレディーだって? 浮浪者のくせにナマイキだぞ』とか言われる。そんな予感がね」
フローシアは唇をとがらせ、いやみたらしくユーマのモノマネらしきものをしてみせた。なかなかに悪意のこもった似てないモノマネだった。
「あいつってユーマ? そんなこと言うかなあ……」
「ユーミィには言わないでしょうね。でもあたしにはきつくあたるのよ、あいつ。きっとユーミィと大親友のあたしを妬んでるんだわ」
「うーん……そうかなあ……」
いまひとつ納得いかない様子のユーミィだったが、からになったカップをテーブルに置いて作業に取りかかることにした。
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