第4話 持ち主さがし

 マドニール平原での武器回収任務を終えて帰還したブラントたちは、まず騎士団の武器及び防具の管理責任者へ提出する報告書を作成。

 それをシモンズの代理としてサンドラが詰所へ届け出るため、管理所を出て行ったのが終業時間の一時間前だった。


「ふぅ~……なんとか定時で帰れそうだぁ」


 体を伸ばしながらそう語るシモンズ。

 入団してからこれまで一度も利用したことがない分らとは知らなかったが、どうやら戦闘任務のない遺失物管理所はいつも定時で閉まるらしい。

 ブラントは騎士団幹部を目指し、実働部隊として働いていたため、定時や休日という言葉は無縁の世界に生きてきた。

そのため、こんなに明るいうちから仕事を終えることに少し戸惑いを覚える。


一方、エルゲはそそくさの帰り支度を始めている。

話しによると、サンドラも戻ってきたらすぐに帰宅するだろうとシモンズが教えてくれた。


「慣れだよ、慣れ」

 

 そんなブラントの心境を察したのか、上司のシモンズは軽く肩を叩きながら呟く。

 その時、ふと棚に置かれたあのぬいぐるみに目が留まった。

 マドニール平原で繰り広げられたモンスターとの戦闘。

 そこに取り残されていた、武器の積み込まれた騎士団の馬車。

 その荷台で発見された可愛らしいウサギのぬいぐるみ。

 武器にも素材にもならないこのぬいぐるみは期間を設け、遺失物管理所で保管されることとなったのだった。


「…………」

「気になるかい、そのぬいぐるみが」

「っ! え、えぇ、ちょっとだけ」


 ウサギのぬいぐるみを眺めていたブラントに、シモンズが声をかけた。

 

「それなら、持ち主を捜してみたらどうだい?」

「えっ?」

「ほら、これがグローブル分団に所属する騎士の名簿だ」


 シモンズが手渡したその紙には、分団長を務めるダグラス・ブロデリックをはじめ、十二名すべてのメンバーの名前が並んでいた。


「今は診療所で治療中だから、明日にでもそこを訪ねて確認を取ってきたらどうだい?」

「大丈夫なんですか?」

「さっき、新しい情報が来てね。メンバーのほとんどは軽傷で済んだらしい」


 サラッと説明するシモンズだが、ブラントはある一点が気になり、そこを詳しく尋ねてみることにした。


「ほとんどということは……軽傷で済まなかった者もいたんですね」

「うん? ――あぁ! そうだった!」


 ブラントからの指摘を受けて何かを思い出したらしいシモンズは、名簿の中に書かれた名前のうちのひとつを指さす。


「このクリストフという騎士だけは大怪我を負っていたらしくてね。今も意識が戻っていないそうだよ」

「そ、そんな大怪我を……」


 ここで、ブラントはある疑問を抱く。


「……変じゃないですか?」

「と、いうと?」

「なぜ、このクリストフという騎士だけ意識不明になるほどの大怪我を負ったのか……他の者たちは軽傷なんですよね?」

「報告ではそうだが……身を挺して他の騎士たちを守ったんじゃないかな」

「それなら、あの平原にもう少し激しい戦いの痕跡が残っていてもおかしくないと思うんですよ」

 

 昼間訪れた平原はのどかなもので、鍛錬を積んだ騎士が意識を失うほどの大怪我をさせられたような、激しい戦闘の痕跡はどこにもなかった。


「なるほど。確かに、君の言うことも一理ある」

「……俺、明日この騎士たちを訪ねてきます」

「そうだな。きっとぬいぐるみの持ち主が見つかるだろうし、君の抱いている疑問の答えもそこにあるはずだ」

「はい」


 こうして、明日の職務が決定した直後、定時を知らせる鐘の音が響き渡った。


「それではお先に失礼します。お疲れさまでした」

「あ、ああ、お疲れ様」

「お疲れ~」


 時間になった瞬間、ペコリとお辞儀をしながら挨拶をして帰宅するエルゲ。


「……本当に定時帰宅なんですね」

「まあね。――あっ! しまった!」


 突然、大声をあげるシモンズに驚き、ビクッとブラントの体が強張る。


「ど、どうしたんですか? 何か、重大なミスでも?」

「今日は仕事終わりに王都の食堂で君の歓迎会を開こうと思っていたんだが……エルゲに伝えるのを忘れていたよ」

「……お気遣いなく」


 そんなことか、と今日何度目かのため息をつくブラント。

 結局、報告から戻ってきたサンドラの帰り支度を待ち、戸締りをキチッと終えてから三人は職場をあとにした。


 ――とはいえ、特にやることのないブラントは、


「せっかくできた自由な時間だ……帰ったら自主鍛錬をしよう」


 まだ前線に戻るのをあきらめたわけじゃない。

 右腕のリハビリも兼ねて、深夜までみっちり鍛えようと意気込むのだった。






※次は20:00に投稿予定!

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