剣玉
ゆきお たがしら
第1話 剣玉
えー、しばらくの間、おつきあいをお願いします。
もう幾つ寝るとお正月~、この歌がテレビなどで流れるようになりますと子供さんはたいへん喜びますな、なにしろ不労所得が入ってくるわけですから。
「父ちゃん、正月だぜ。お年玉おくれよ!」
「ばか言うな、うちは貧乏なんだから、そんなもんあるか!」
な~んて言いながらも親はシブシブ・・・、絶不調の渋野日向子さんじゃないですよ、子を可愛いと思わない親はいませんから幾らかでもやろうというのが親心のようです。そして正月の前にくるのが師走、そんなの当たり前だと言われても困るのですが、師が走ると書き師走・・・。なにを今さら寝ぼけたことを、あたり前田のクラッカーだろう! はいはい、これは故藤田まことさんが『てなもんや三度笠』でクラーカーを手にして言っていたセリフですが、ではどうして師が走ると書いて師走・・・、それはねっ『師僧が経を上げるため東西南北、馳せ参ずるのよ』ということらしいですな。
そこで謎かけを一つ、朝刊とかけてお坊さんと解く・・・、その心は袈裟着て経を読む、な~んてね。それはさて置き、師僧が走りまわるのはどうしてか? それはねっ、檀家が風呂場でヒートショック! 風邪をこじらせ肺炎でお陀仏! そのため経・・・、これではどうも縁起が悪うございます。まあそんなバカな話は横に置き、師走ということの有力な説は万事を為し果たすから師走と言われるようになったようですな。そして師走につきものは・・・、イヤでも思い浮かぶのがおせちと大掃除ですが、おいでの皆様はおせちと大掃除をすべて済ませ心おきなく・・・、(見回す)どうも違うようで。くる日もくる日も相似、イエイエ掃除・・・、長年のことにもう飽きたと思われている奥様方や、仕事をリタイヤしほかにすることがなく奥様に言われてイヤイヤ掃除の男ども・・・、毎日~、毎日~、僕らは鉄板の~、じゃございませんが掃除! ううん? していない? 浅草でせん掃除? 掃除は相似、みな相似? 岸田くん、ほうきを放棄? まあ何だかんだ、そう缶だ? それはともかく目が覚めれば元旦なので、『今日も明日も同じなんだから大掃除と言ったってバカバカしい』な~んて思っている方もいらっしゃるようです。そして年を越せば一つ年齢が・・・。年寄りにはありがた迷惑ですが、今年も無事に過ごせたと祝いの気持ちを持てば師走、年越しもありがたいものですな。
しかし、もし歳が減ったらえらいことに。『せっかく成人になったのによ、来年はまた十七だぜ』な~んて戸惑いと不満が・・・、そして十七と十八で行ったり来たり。おい、おい、それは壊れたカセットテープかレコードじゃねぇか! たしかにそのとおりですな。ただ歳をとる、歳をとったと言えるのは老人の特権のようで、これが幼児や少年・少女、青年・・・、青年には女性・男性の区別がないようですが、こうした年代の方・・・、とくに著名な方がうかつにも歳を取ったなんてことを言ったら、すぐさまSNSで悪口、誹謗中傷! 考えてみれば怖い世の中ですな。工事、門を出でず・・・、もし敷地外の他人の土地で工事をしたらたいへんなことに! アハハハ。違います、好事門を出でず、悪事千里を走ると言うことわざもございますように、悪い噂はあっという間に人の口の端のようです。
ただ牛も千里、馬も千里・・・、早くても遅くても、上手でも下手でも、行き着く先は同じということわざもございまして、これを歳に当てはめれば皆、墓場行き、いやでも全員、死亡。脂肪ではありませんよ、死ぬということですな。これはどうも・・・、いくら真実だと言ってもあまりにもあからさまな。まあ、それは置いておくとして、高齢者になると前期、後期、これも青年と同じで男女の区別なく呼ばれますが、前期・後期はな~んか違和感・・・、受験を想像してしまい、なじめませんですな。とはいえどちらに合格しても墓場大学・・・、墓地一直線ということで、なんともいやな! イヤーンバカーンの世界ですが、せめて呼び方を前期はヤング、後期はシニアくらいに呼んで欲しいものですな。
また人は高齢になればいろいろと病気・・・、と言ってもガンはいやですな。早期発見ならいざ知らず発見が遅れて進行すれば、それはつらい、痛い、大変ですが、まあガンは別として老人が罹る病気の第一位はな~にか! ジャラジャラジャラジャン・・・、表彰式じゃありませんよ、栄えある第一位は認知症だそうです。それじゃぁお前も・・・、なんとも失礼な、わたしの場合はもう少し先でゴザンス。な~んて文句を言えるうちは大丈夫みたいですが、この認知症、真っ先に思い浮かぶのが徘徊ですな。ほかにも物忘れ、盗られ妄想、自分の家族が分からないなど自分では制御できないわけですが、ではどうやって予防を・・・、そのためには元気なうちにと考えるのが自然ではないでしょうか。とにかく大事なのは脳トレのようで、まず手、手は第二の脳・・・、たしか腸も第二の脳と呼ばれておりますから第二の脳もいろいろあるみたいなのですが、それはそれとして、指先・・・、手を動かす手芸、料理、お手玉、テレビゲームは脳を活性させ認知症予防になるようです。またトレーニング! 全身を使う運動も効果があるようで、そう言えば剣玉・・・、手はもちろん膝、腕、視神経と全身を使うものですから、脳の活性化には大変有意義なようですな。
「おーい与太郎! 与太郎いるか?」
与太郎、押し入れに頭をつっこみゴソゴソしていたが、『はぁ、誰だぁ? どこのどいつ・・・、ドイツ、都々逸・・・、やっぱ、都々逸だな。惚れて通えば千里も一里、逢えずに帰ればまた千里・・・、なーんて唄もあるからな。まあ、そんな事はどうでもいいけど、とにかく俺は今、忙しいんだ。しかしおじさん・・・、ターザンじゃあるまいしバカみたいに大声出して! おじさんのバカ声は百里、いや千里・・・、千里先まで聞こえているぞ。そんな大声出してたら窓ガラスにヒビ・・・、本当にヒビでも入ったらどうするだい! 隣近所は、まあ知らん顔・・・、でも母ちゃん、父ちゃんは与太郎、またけん玉振り回したな、お前ってやつはもう我慢ならねぇ、お仕置きだ! ていうことになっちまうぞ。そうなるとムチ打ち? それはないか、ムチのあとがついたら、児童虐待見え見えだからな。そしたら石抱き、しかもウーンと重いやつを膝に乗せられ、俺は地獄の苦しみ。痛いよ、痛いよ、父ちゃん、母ちゃん、許しておくれよ。ところが母ちゃんと父ちゃんはウシッシ、ウシッシ・・・、世間にバレないよう虐待しまくる。ああ、考えただけでも、ゾゾゾのゾだぜ。とにかくおじさんは世間体というものを知らねぇみたいだから、俺の保身のためにも教えてやらないといけないな。けど・・・、本当に窓ガラスが割れたら、超能力? アハハ、それは絶対にないよな。なぁ~んたって、おじさんはおばさんには勝てねぇ! 尻の下に敷かれたままだからそんな力はないぞ』与太郎ブツブツ、そしてニヤニヤ、それから玄関に
「いるぞ。」
叔父の与一、せかせかと戸を開け
「おめえ、剣玉、得意だったな。」
「はぁ? 突然、どうしたんだい? やぶからぼうに。そりゃあ剣玉するけど、別に得意な訳じゃないぞ。」
「得手不得手はいわねぇが、正月に甥っ子が遊びに来るんだ。そしてどうしても剣玉教えろと、ひつこく言ってんだよ。」
「へぇ・・・。」
『隣の家に囲いができた! へい、格好いい。な~んてな』
「でもよ、おじさんだって昔したことあるだろう?」
「ああ、大昔にな。しかし、忘れちまった。だからおめえに頼んでるんだよ。」
『大昔・・・、オオ・・・、オオムカデ、おっかねぇおじさんだ』
「だけどよ、なんで剣玉の話になったんだい?」
「おめえがしているのを、ちょくちょく見ていたからよ。頭のどこかにあったんだろう、つい、はずみで言っちまったんだ。」
「へぇ、そうなのか・・・。」
『隣の家に囲いができた! へい、格好いい・・・、な~んてな、アッハッハ』
「まあいいけど。ところで、教えたらいくらくれるんだい?」
「バカ、剣玉教えるくらいで金取るな。」
「えへへ、しかたないな、まあおじさんだからタダにしとくか。じゃあ剣玉とってくるからよ。」
与太郎、おもちゃ箱へ、叔父の与一も後ろをついてきて肩越しにオモチャ箱をのぞき見
「おっ、あった、あった!」
『アッタで会った、ウシ、牛・・・』、そして背後の叔父を見ながら『親しき仲にも礼儀あり! 礼蟻・・・、蟻の挨拶って、頭と頭でゴッチンコ』
「それじゃあ、これからやるから。おじさんよく見ときなよ。」
しかし変に感心する叔父の与一
「お前、意外と几帳面なんだな。」
「あたり前田のクラッカー! ウフフ・・・。」
「なにを笑ってんだ?」
与太郎、無視し、さっそく剣をもって玉を振りながら
「おじさん、つべこべ言わずに見とけよ。ここに皿があるだろう・・・。」
『そう皿・・・、な~んてな』
「この皿三つに・・・。」
視線を大皿、中皿、小皿に飛ばしながら与太郎
「玉のせ。」
そして、まっすぐに下げた玉を引き上げ剣先に
「とめ剣。」
さらに
「これが飛行機だ。」
今度は玉のほうをもつ与太郎、剣を前後に振って、逆さまに落ちてきた剣先を玉の穴で受け止める
「それから、これが世界一周。」
持ち直した剣で玉を真上に引き上げると、小皿、大皿、最後は剣先に、叔父の与一、目を見張ると
「与太郎、すごいじゃないか! やっぱ、いつもやってるからか?」
「えへへ、まあね。おじさんもこれが全部できたら、俺と同じで名人だぜ。」
「なにが名人だ、バカなこと言ってんじゃねぇ。しかし俺も、頑張ってやってみるか。」
叔父の与一、勇んではじめるが
「ところで与太郎、剣玉はなんの木でできているか知ってるか?」
「いや、知らねぇ。」
「せっかく剣玉してんだから、それくらいのこと知っといたほうがいいぞ。じゃあ教えてやる。まず玉だがな、これは桜の木だ。」
『玉? たま・・・、金玉、たまたま偶に桜でできている・・・、ウフフ』
「へぇー、たま・・・。えっヘッヘ、桜の木か。」
「だけど桜は桜なんだが、使われているのはほとんどが山桜だそうだ。」
与太郎『山桜・・・』、そして
「咲いた桜に、なぜ駒つなぐ、駒が勇めば、花が散る・・・。」
叔父の与一
「うん? なんだそりゃ?」
「おじさん、知らねぇのか、都々逸だよ。」
「どどいつ?」
与太郎『どこのどいつか都々逸怒鳴る・・・』
「そうだよ、都々逸。俳句や川柳みたいなもんで、七・七・七・五の二十六文字を唄うんだ。それに、これはおじさんとおばさんの唄・・・、まあ、馬肉でもいいけどな。」
「うん? 俺と女房の・・・、それに馬肉?」
「そうだ。おばさんは可哀想に、おじさんにつかまったばっかに、どこのどいつか都々逸怒鳴る、身に栓わすれて花が~散る~。」
「うん? お前・・・、いったいなにを考えてんだ! それと・・・、なんで馬肉の唄だ?」
「おじさん、馬肉知らねぇのか。」
「ばか言え、馬肉くらい・・・。」
与太郎、無視すると
「君は吉野の千本桜、色香よけれど気~が多い~。」
叔父の与一『?』
「これはおじさんの唄だな。この間見たぞ、女の人をチラチラ見てただろう。」
「だ、誰がチラチラ見ていたんだ! 変なこと言うな。」
「いいや見てたぞ、俺、たしかに見たんだ。櫻という字を分解すれば、二階の女が気にかか~る。」
「お前は、ほんとにクソガキ・・・、エロガキだな! 小学生のくせして、都々逸なんか唄うんじゃねぇ。」
「怒るとこみたら、図星だな! おばさんに言ってやろう。」
「このヤロウ、あれはたまたまきれいな人だなぁと、つい・・・。」
しかし叔父の与一、気を取り直し
「そんなことはいいから、剣だ。剣はブナの木・・・、とにかく与太郎、つまらないこと考えずにちゃんと聞け。」
「へ~い。」
しかし与太郎、首を傾げ
「ブナの木・・・、ブナの木ってなんだ?」
「ブナというのはよ、落葉広葉樹と言って葉っぱが秋になると黄色くなる木だ。」
「へー、葉っぱがね・・・。」
『葉っぱ、踏み踏み、発破、踏み踏み・・・、あぶねぇじゃねぇか!』
「じゃあ緑から黄色、そして赤になる・・・。まるで信号機だな、ストップ、ゴォ。」
「ばかやろう、信号機じゃねえ。冬が来れば、木は水分不足から我が身を守るため、葉っぱを落とすんだ。」
「へー、水分不足? じゃあ、おじさんとは真逆だな。」
「真逆? なにが真逆なんだ?」
「だってよう、寒くなるとますます太る・・・。おじさんとマス、熊は親戚だぜ。」
「マス? 熊? 親戚? 人をおちょくっとんか!」
「そうかなぁ・・・、おじさんの体は越冬体型! クマのプーさんだ。」
「誰がクマのブーサンだ! しかもどうして越冬体型なんだ? 俺は冬眠もせず、正月だってお前と遊んでやっているだろうが。」
「アハハ、自分で言ってりゃ、世話ねぇや。でもおじさん、うちに来ちゃあ、しょっちゅうコタツで寝ているぞ。いつも俺、言ってるんだぜ、おじさん遊んでくれよ! な~んて何遍言ってもイビキかいて知らん顔じゃないか。それにコタツの中で屁こくし。」
「バカ、あれはちょっと・・・。御神酒を飲み過ぎ・・・、そしたら腸も酔っ払って・・・。」
『超・・・、腸くせい! 坊主が上手に屁をこいた・・・、へー、なんてなっ、アッハッハ』
「毎年~、毎年~、コタツに潜り込んで・・・、この飲み助が!」
「飲み助? お前というヤツは、俺に何か恨みでもあるのか。」
「ああ、膵臓・・・、アハハハ。おじさんは世間相場を知らねぇみたいだから言ってやるが、お年玉だって百円ぽっち! それじゃあ、初詣のさい銭じゃねぇか。もっとおくれよ。」
「おめぇは小学生なんだから、それくらいでいいんだ。」
しかし思案の与一
「剣玉・・・。仕方ねぇな、お前、六年生だったよな。それじゃ・・・。六百円だ!」
与太郎、満面の笑み、だが腕組みをして
「ブナの木・・・、ブナの木・・・、イマイチ思い出せねぇな。おじさんの作り話じゃないのか?」
「おめぇ、いちいち! まあいいか、剣玉教えてもらうんだからな。とにかくブナの木っていうのはよ、ブナの林に風が吹き抜けるときに『ブーン』という音がすることから『ブーンとなる木』、『ブナの木』、『ブナ』となったんだそうだ。」
「語呂合わせか・・・。するんかい、せんのかい・・・、やっぱするんかい!」
与一『?』
「お前の言うことはよく分からんが、とにかくな、ブナの木は大地にしっかり根を張ってたくさんの水を吸収しているから、大雨や台風に見舞われても森や俺たちを守ってくれているんだそうだ。しかも栄養価の高い実をたくさんつけるから、リスやネズミ、熊にとっては大切な越冬食料らしいぞ。」
「へぇー、おじさん、詳しいな。もしかして、ブナの実で育ったのか?」
「なんで俺が、ブナの実で育たなければならないんだ。とにかく剣は・・・。」
「ブナの実がねぇ・・・、そんなに美味いのか? じゃあ俺も、一度食べてみたいもんだな。」
「はあ? まあ・・・、人間も食べられるらしいが、俺は食わねぇ。」
「どんな味かな? 分かんないが、ゾクゾクするぜ。でもよ、リスはともかく熊が来るんだろう、眼飛ばしあったら、俺、絶対に勝てねぇな。」
「なにバカなこと言ってんだ。熊と出くわしてみろ、大変なことになるぞ。それにひとの食べ物・・・、熊の餌を横取りしたら、怒り狂って袋だたきのうえに、簀巻きにされて川に放りこまれるのがおちだ。まあ・・・、それは冗談としても、大けがするのは間違いねぇ。」
「そうだよな、どうこう言っても熊も生きるのに大変だからな。しかしおじさん・・・、こんな話ばかりしてたら剣玉、上手くなれないぞ。」
「おう、そうだった。」
『そうだ、ソーダ、腸だった。サッサと膵臓・・・、ウフフ』
「おじさん、始めるぞ。」
『おさるのかごやはホイサッサ、ウフフ』
「分かった、分かった。しかし人間誰しも一つくらい取り柄があるというかなんというか・・・、お前、剣玉、上手いんだから日本一、いや世界一を目指してみてもいいんじゃないのか? 何ごとも頑張れば・・・。一芸に秀でた者はすべてに秀でると言うから、お前にも道が開けるかもしれないぞ。」
「はぁ? おじさんの言ってること訳分かんねえ。それよりおじさん、甥っ子にいいとこみせたいんだろう、だったら、一に練習、二に練習しなくっちゃ笑われるぞ。それに俺、じつは水泳も得意なんだ。だから二兎を追う者、一兎をも得ず。まあそれは俺の問題だけど、おじさん鈍そうだから、口八丁もいいけど、手八丁じゃないといけません!」
お後がよろしいようで、テケテンツクテンツク、テケテン・・・。
完
剣玉 ゆきお たがしら @butachin5516
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