第8話
『ふうど研究部』の歴史は思いの外長い。その設立は大学の創立と同年のことであった。「海外の先進的なカリキュラムの完全導入」をスローガンに設立された赤舎大学は、当時にしては珍しく外国人留学生が多く在籍する国際色豊かな大学となっていた。
そして、そんな彼等が現地、つまり赤舎大学周辺の文化を研究するために設立したのが風土研究部である。風土研究部は赤舎大学最古の活動団体の一つであった。
しかし勿論、創設されたのは風土研究部だけではない。時代を経る毎に他にも様々な部が創設され様々な課外活動を行った。オカルトブームにより発足した『オカルト研』を始め、オーパーツの謎や用途を解明する『文明之痕跡』、UMAやUFOとの接触を目的とした『未確認確認部』、魔女の歴史や薬学研究に傾倒した『烏(カラス)の会』、神話や民間伝承の蒐集を目的とする『コレクター』、伝承から古武術の研究と復興を試みる『至開研』、その他数多の団体が存在した。
「でね、他にもアン……」
「あの、先輩……すみません。それはそれでとても興味深いのですが、少し本筋から逸れてしまっていますので……」
大地が申し訳なさそうな顔で割って入り軌道修正を促すと、結芽は少し申し訳無さそうに頭をかきながら謝罪する。
「あ、ごめんね。つい……」
まるで当時の活動団体の変遷を見てきたかのように話す結芽を、律と秀一郎は訝しげな視線で見つめていた。しかし結芽は二人の視線に気付くことなく話を続ける。
多くの奇妙な活動団体が立ち上げられたこと。そのうち幾つかは大いに栄え、中には目覚しい活動実績を残した団体も数多く存在したこと。そして、それらの多くは徐々に衰退し、最終的には消滅の危機に瀕していったこと。
「悲しいことだけど仕方ないことだよね」
結芽は遣る瀬無い表情を浮かべながら訥々と語る。
衰退に至った原因は様々だ。少子化の影響や、オカルトブームが下火になったという背景もある。時代が移り変わり、テレビやゲーム、他にも様々なレジャー文化が発達した結果、余暇の過ごし方に大きな変化が起きたという要因もある。
神話や伝承、オカルト全般へ強い興味を抱く大地は結芽の話に深く感情移入してしまい、結芽同様に落ち込み項垂れてしまう。
「やっぱりこういうジャンルって、もう時代遅れなのだろうか」
内心では、そうであってはほしくない、否定してほしいと思いながら大地はポツリと呟く。しかし、大地の内心など知ったことかとばかりの強い口調で秀一郎は断言する。
「それはそうだろう。今の時代、捏造はすぐにバレる。炭素年代測定を行えば、遺物の年代の特定は容易だからな。オーパーツの多くも後世の創作だ。一時期は流行った心霊写真やUFO写真も、大抵はフォトショップを利用したやらせだ。実際に、フォトショップの普及と怪奇事件の目撃例には高い相関関係が認められるらしい。つまり、現代においては神秘は最早存在しない」
「そうだよなぁ……」
大地は力無い言葉を返す。大地とて子供ではないので、それくらい理解していた。世界から未知や神秘が消えて久しいというのは頭では理解している。とはいえ事実を突きつけられ、寂しい気持ちになるのまではどうにもできない。大地は不意の脱力感に襲われる。
「いえ、私はそうは思いません」
大地の横合いにいた律が挙手と同時に自身の意見を表明する。その目は大地を真っ直ぐに見つめ、声には強い熱がこもっていた。自身を糾弾するかのような律の強い口調に、大地はやや及び腰になっていた。先程カフェテリアで語った情熱はその程度なのかと、暗に詰問されているかのように感じたからだ。
そうして言葉に詰まった大地に対し、懇々と言い聞かせるように律は話を続ける。
「考えてもみてください。日本の創作物にはこんなにもオカルト、神話、SF要素が溢れているのですよ? そして多くの若者はそれらに囲まれて成長するわけです。これは、もはや英才教育と言っても過言ではありません。その結果どうなりましたか?」
「……どうなったんだ?」
「かつては一部の層のみの関心であったカルチャーが一般層に広く浸透し、共通認識と言えるまでの地位を確立するに至ったのです」
「つまり?」
「今現在こそが最盛期なのです。時代遅れなのではなく、市民権を得て過熱感が収まっただけです。間違いなく裾野は広がっています」
「……なるほど。そういう見方もあるのか」
律の言葉によって大地は少しだけ意気を取り戻す。しかし逆に、自身の意見を否定されたに等しい言葉を受けた秀一郎は、鋭い語勢で律に食ってかかる。
「フィクションは所詮フィクションだ。現実と混同するな。そもそも未知や神秘が存在しないというのは純然たる事実だろうが。オカルトなんて時代遅れなんだよ」
「……やっぱそうか」
「いえ、時代遅れではありません。そもそも我々は宇宙には行けても、足元の深海の底には未だ辿り着けてはいません。地球上にもまだまだ未知の領域は残っている筈です。そこにナニカが存在していないとは誰にも断言できないはずです」
「だよな!」
「それは詭弁だ。深海にまともな生物なんて存在できるはずが……うわっ」
間に大地という名の風見鶏を挟みながら、律と秀一郎の議論は白熱していく。
しかし秀一郎が殊更強く否定しようとした瞬間を見計らって、結芽が秀一郎の袖を摘むようにして話を遮る。突然自身のパーソナルスペースを侵された秀一郎は、心底嫌そうな顔で結芽と袖を交互に見つめた後に、袖に除菌スプレーを二度三度と振りかける。
「秀一郎君、バイキン扱いは流石の私でも傷付くよ?」
「扱いを改めてほしいのなら、この部屋を先に何とかしてください」
大地と律は尤もな話だと頷く。そして結芽自身もそれを否定できずにいた。
「ゴホンゴホン、えー、ね? 議論が温まってきたところで申し訳ないんだけど……それはともかく、さっきの続きを話していいかな?」
空咳で仕切り直しを図った結芽は何事も無かったかのように続きを話し始める。
そもそもの話の脱線元の自覚のあった大地は結芽に軽く会釈をすると、今度こそ邪魔しないようにと神妙な態度で傾聴姿勢を取る。
「こういうのも盛者必衰っていうのかな? 人気だった部が後継者不足であっという間に潰れたり、そうでなかった部が細々と長く続いたり。色々あったんだよね。一つだけ確かなのは、総じて衰退傾向にあったってことかな。それで徐々に統廃合が進んでいったの。ちなみに、さっき名前を挙げた団体は全部ウチと統廃合したところだよ」
結芽は記憶を辿るように指折り数えながら、そう説明する。
「なるほど。どおりで」
秀一郎は雑多な物品が乱雑に散らかる室内を、これ見よがしに見回しながら皮肉げな口調で呟く。それを見た大地も苦笑を浮かべながら得心がいったと頷く。
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