第9話
「部の歴史は理解できました。それで統廃合後の活動内容はどうなったのでしょうか? 受け入れた側の方針に準拠しているのですか? それとも、それぞれが好きな活動を?」
せっかちな律が結芽を急かして先を促す。
「基本的には皆好きなように活動していたよ。普段はそれぞれ専門分野の調査研究をしていたけど、場合によっては興味がある人同士で共同研究をすることも珍しくはなかったかな。共通しているのは同じ部室を使っていたことくらいだよ」
「……何ですか、それは。一人ぼっちならぬ、みんなぼっちではないですか」
果たして一緒に活動する意味があるのかと疑問に思いながら、律は呆れたように呟く。しかし明るく朗らかな結芽の表情からして、きっと素晴らしく楽しい日々であったのだろう。
「ふふ、そうなんだけどね。皆、なんだかんだで不思議なモノが大好きで好奇心旺盛だったから。共同で研究調査をすることも多かったよ」
「つまり仮に俺たちが入部したとして、興味の対象が不思議なモノでさえあれば、好きなように活動しても構わないってことですか?」
「うん、勿論良いよ。と言いたいところなんだけど、話にはもう少しだけ続きがあるの」
少しだけ活動に興味が湧いてきた大地が念を押すように問いかける。しかし結芽は曖昧な態度を浮かべながら、続きをゆっくりと口にする。
「ある時にね、活動方針に関して部内で大論争が巻き起こったの」
「それは何に関してですか?」
「ついさっき、律ちゃんと秀一郎が話していたみたいなことだよ」
「オカルト実在論争ってことですか?」
「そうそう。特に元オカルト研と元オカルトアンチ研のメンバーの対立が激しくて、それはもう日常茶飯事だったんだよね」
結芽は目を細め、当時を懐かしむようにしみじみと語る。やんちゃな弟分を持った姉のように優しげで、しかし少しだけ呆れを含んだような表情で。
「反オカルト団体がオカルト関係の部に紛れ込んでいたんですか?」
律が言外に理解できないといった雰囲気を醸し出しながら結芽に問いかけると、結芽は苦笑いを漏らす。
「その子はね、本心では誰よりも不思議なモノが好きだったんだよ。だから自分の言葉を否定して欲しくて所属していたんだと思う。その証拠に文句を言いながらも毎回欠かさず参加していたから。今の言葉で言うと……ツンデレさん?」
「面倒な人ですね」
律は心底嫌そうな顔をしながらチラリと秀一郎の方に視線を向ける。
「僕を見るのは止めろ。僕は違うからな」
一緒にされるのは心外だと秀一郎がキッパリと否定する。その姿が過去に所属していた部員と被って見えたのか、結芽は密かに忍び笑いを漏らす。しかしすぐに表情を戻すと、真面目ぶった声音で続きを語り始める。
オカルト研とアンチ研による長く続いた不毛な議論は、最終的には平行線のままで終わった。肯定派はオカルトの証明となる明確な根拠を示せなかった。否定派も存在しないものは否定できなかった。悪魔の証明である。
「結局どうなったのですか?」
入部云々よりも結芽の話の結末の方が気になり始めていた大地が、手に汗握る様子で前のめりになりながら先を促す。結芽は皆の顰蹙を買わないギリギリのラインまでタメを作って勿体ぶった後に、一転してあっけらかんとした態度を浮かべて答えを口にする。
「無いならいっそ創っちゃおうって」
「「は?」」
大地と律がユニゾンで疑問符を浮かべる。そして、どちらもが詳細を問いただそうと口を開く。しかし機先を制したのは律だった。
「創るというのは、例えばありもしない都市伝説を創作したり、先程駒井君が言っていたような心霊写真や目撃情報をでっち上げることを指していますか? それは捏造では?」
不正を行うようなら看過できないと言わんばかりに律は俄かに怒気を帯びる。しかし、その圧力を柳のようにさらりと受け流した結芽は毅然とした態度で言い訳をする。
「少しだけ違うかな。私達は全くのゼロから一を作り上げたことは一度も無いんだよ?」
「…………?」
律は脳内で結芽の言葉を反芻する。しかし人生経験の浅い自身では答えは導き出せないと思い至り、同級生二人に視線で助けを求める。そのうち片方は自分も分からないと首を振り、もう片方は律の視線を無視する。その視線でのやりとりが徒労に終わった様子を見計らって、結芽はピンと人差し指を立てながら説明を開始する。
「就職活動みたいなものだって言えば分かるかな? 例えば、学生時代に課外活動に力を入れて、サークルの運営に携わって、ボランティア活動やバイトに励んで、見聞を広めるために留学した就活生がいるとします。この就活生が実際にどんな学生だったか律ちゃんには分かるかな?」
「そのままではないのですか? アクティブで、計画性があり、コミュニケーション能力も高そうです。優秀な人物だと思います」
律は結芽の質問の意図が分からずに困惑するものの、そのまま思ったことを口にする。
「どこがだ。どう見てもダメな学生の典型例だろうが。課外活動に力を入れたってことは、裏を返せば勉学は疎かだったってことだろう。サークル運営に関しては、所属さえしていれば運営したと言えなくもない。多数決に参加でもしていれば、運営に携わったと言えるだろう。ボランティアは親戚の手伝いでもボランティアだし、バイトは日雇い経験が数回程度でもバイトだ。見聞を広めるために留学したってのも、どうせ親の金で友人と長めの海外旅行にでもいったんだろう」
「それは穿った目で見過ぎでは?」
「逆だ。お前が世間知らず過ぎる。もっと世間を疑え。本当に優秀ならGPAや資格で明らかだ。運営に関しても役職に就いていて実績も豊富なはずだ。本当の話ならな」
捲し立てるように話す秀一郎に気圧され、律はたじろぐ。
「で、ですが、仮に駒井君の言う通りだとするのなら、それはそれで誇張が過ぎるのでは? もはや捏造の域です」
「そうかもな。だが、全部が全部嘘ではないだろう? その人物は、きっと本当にサークルには所属していたし、短期バイトも、親族の手伝いも、留学もしたかもしれない」
「そんな話が罷り通ってしまって良いのですか?」
「いいわけないだろう、クソが。僕みたいな成績優秀者が、ただただ世渡りが上手いだけのヤツの後塵を拝するなんてあっていいわけがない。だが現状そうなんだから仕方ないだろう。そもそもコミュニケーション能力とかいう曖昧な物差しで……」
秀一郎は自身が常々抱いていた不満をぶちまけるかのように感情を露わにする。それを目の当たりにして面食らっていた律は、しかし途中からは秀一郎に強く賛同し、何度も深く頷く。
しかし、それを見かねた結芽によって制止の声がかかる。
「はい、ストーップ。そこまでにしておこうね。でも、これで律ちゃんにも私の言いたかったことが分かってくれたかな?」
「ええ、非常に業腹ですが理解できました。現代においては駒井君や私のようなコミュニケーション弱者に居場所は無いということですね……」
結芽の諭すかのような問いかけに律は悔しそうに歯噛みをしながら答えを返す。律と同類、そしてコミュニケーション弱者と断じられた秀一郎は不満を覚えるものの、否定は出来ずにただ苛立たしげに舌打ちをする。
それを見て苦笑いを漏らしながら大地は話の軌道修正をする。
「いや、全然違うだろ。良い加減戻ってこい。先輩が言いたいのは、つまりこの部の活動方針は、取るに足らないありきたりな事実だけを積み重ねることでオカルティックな虚構、つまりフィクションを創作することにある。……ってことですよね?」
「そうそう。結果について捏造と言われれば否定できないけど、過程においては全て事実だからね。実際に起きた事件、記事になったニュース、各地に伝わる伝承をベースにして少しだけストーリーに指向性を持たせるだけ。それが活動方針の唯一のルールだよ。少し不思議なノンフィクションを用いて、もっと不思議なフィクションを創作するの」
屈託が無い笑顔を浮かべた結芽は、しかし視線だけは鋭く律の反応を探ろうとしている。真っ直ぐな性格の律には、この活動方針は受け入れられないかもしれないからだ。
「これは……どう捉えれば良いのか悩ましいですね」
創作の是非を巡って脳内で目まぐるしく思考を重ねる律は、形の良いおとがいを指で撫で付けて長考姿勢に入る。すると話の切れ間を狙って、大地はそろそろと自信なさげに自身の感想を述べる。
「うーん、個人的にはアリ……かな? オカルト好きとして界隈を盛り上げたいとか、語りたい、関わりたいって気持ちは理解出来るし。何より楽しそうだ」
「ですが出来上がった成果物は事実と掛け離れたモノです」
「そこが気になるなら事実だけを羅列する形の活動でも勿論大丈夫だよ。それなら至って普通の調査活動だから律ちゃんとしても問題ないよね?」
「……まぁそうですね。それなら許容範囲です」
「じゃあ二人とも入部してくれるってことで良いのかな?」
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