第7話

「まずは皆さん、ふうど研究部にようこそ。私は三年の相田結芽です。それじゃあ早速になるけど、まずは新入部員三人に活動内容と方針を説明していくね。秀一郎君には既に軽く話してはあるけどね。あ、邪魔な物は適当に動かして良いからね。座って座って」


 足の踏み場もない部室内で、様々な物品を乱暴に押しのけることで辛うじて作られたスペースに立ちながら、結芽は朗らかな態度でそう宣言した。部屋の汚さを指摘されたという事実など無かったかのように、否、無かったことにしたいと言わんばかりに殊更明るい笑顔を浮かべていた。


「座れと言われましても……座るためのスペースなどありませんが。というか新入部員? 大室君と私は入部するなどとは一言たりとも言及していませんが? そもそも、ここは何部ですか? 廃品回収部ですか?」

「なぁ駒井。今の見たか? あの先輩、今足で物を押しのけてスペース作ったぞ?」

「あんなのはまだいい方だ。すぐにお前ももっと酷い光景を見ることになる」


 三人は一様に呆れたような態度を浮かべながら結芽を白い目で見つめる。


 大地と律は、秀一郎が同級生だと判明したことで気安さを感じて打ち解け始めていた。一方の秀一郎の方は、このゴミ溜め地獄に道連れができたことで深い安堵を覚え、二人に対して清掃時の労働力としての期待感を抱き始めていた。


「なぜか後輩達の当たりが強いよ」


 シュンと悄げて肩を落とした結芽が切なそうにボソリと呟く。その姿を目の当たりにした大地は罪悪感に駆られて慌てて結芽のフォローに回る。


「まぁまぁ。話くらいは聞こう。入るかどうかは別としても、話を聞くくらいなら別に問題ないだろうし。な? 佐田もそれでいいよな?」

「大室君、先輩の巧妙な演技に騙されてはいけません」

「そうだぞ、大室。僕もそれに騙されて連れてこられた。あの先輩の見た目に騙されるな」

「いやいや演技って……、二人とも、それは流石に失礼だぞ」


 結芽を庇うように立っていた大地が後ろを振り返ると、結芽は上目遣いでニコリと気遣わしげな微笑みを浮かべて佇んでいた。


「ありがとう大地君」


 大地の庇護欲が大いに刺激される。しかし大地が律達の方へ向き直ると、結芽の表情は瞬く間に粘っこく邪悪な笑みに切り替わった。幸か不幸か誰の目にも入らなかったその笑みは、大地こそが今この場のキーパーソンであることを見抜いたが故の確信から漏れたものであった。


 大地は律に対して少しだけ素っ気ない。それに反して、律は何故か大地に強い関心を持っており、その結果この場まで付いてきた。つまり大地の勧誘に成功すれば、高確率で律も一緒に入部するに違いない。


 秀一郎は故あって既に入部をしている。そして現在、道連れにするための仲間を欲している。つまり秀一郎は結芽の勧誘の手助けこそすれど、邪魔をすることは有り得ない。


 それらの事実を鑑みた結果、結芽は自身が注力すべきは大地のみであることを看破した。そして勝利を確信した。勧誘相手はたった一人、それも明らかに人が良さそうな好青年だ。部で様々な外部団体との交渉を日常的に熟す結芽にとって、赤子の手を捻るよりも容易いことだ。内心でそう結論づけた結芽は、先程までとは打って変わって自信に満ち溢れた表情を浮かべると、ゆったりと口を開く。


「えっと……まずは簡単にこの部、ふうど研究部の変遷を説明するね。少し長くなるけど、活動方針とか内容とも関係あるから最後まで聞いてくれると嬉しいな。勿論聞いたからって入部しなきゃいけないとかではないから安心してね」


 結芽はそう言ってウインクを落とすと、視線を左上にやりながら徐に口を開く。

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