第25話 いつだって、世界を救うのは、こういうバカなのかもしれない


「ブッチャァァァァ! コーカッツゥゥゥゥゥゥゥ! 何やってんだボケェ!」


 リグラにまたがり、俺は絶叫する。

 眼下には、リリラビアに向けて進攻するトントロンの軍勢。

 罪なき兵たちの頭上を通過し、ワイバーンの真横へける。

 ブッチャは俺たちを見て、下卑げびた笑いを浮かべた。


「誰かと思えば、下民ではないか! 何の用だぁ!?」

「うるせぇ! 今すぐ兵隊と一緒に国へ戻れ! ていうか、お前、王族じゃなくなったんじゃねぇのかよ!」

「ふははっ、いつの時代の話をしている!?」


 昨日の話だよ。

 彼は自慢げに顛末てんまつを語る。


「あの後、僕は思いついたのさ! 『隣国に戦争を仕掛けて勝利すれば、相手の持ってるもの、全部ゲットできるんじゃね!? 僕、天才じゃね!?』となぁ!」

 

 隣のリズが怒りをあらわとする。


「このバカ王子! 頭おかしいんじゃないの!?」


 お前も、全く同じことやろうとしてたけどな。

 一方のブッチャは、全く悪びれず続ける。


「兵を集めるため、僕らはトントロンに戻った。その時、ワイバーンを見た王国の連中は、全員【ブッチャが、あのヘルマン・デイモンを傘下さんかに引き入れた】と思い込んだのだ! そして、あっさり手の平を返し、僕に従うと言い出した! とんだ馬鹿どもだよ!」


 もはやブッチャには、誰の言葉も届きそうにない。

 ならばと、ミストが、かろうじて説得できそうな相手に叫ぶ。


「コーカッツ! なぜ止めなかったでござるか!」

「しばらく様子を見ていたら、奇跡的に上手く歯車が噛み合い出したのだ! こうなってしまえば、もはや乗るほかなかろう! このビッグウェーブに!」


 ダメだ。目がイってる。

 ようやっと悟った。

 彼らを、トントロン王国を止めるには、実力行使しかない。


「ミスト、この辺に、デッカい獣の群れとかいないか?」


 三〇秒ほどで返事があった。


「リグラいわく、ロックエッグの大群が、ラナ湖の辺りを東から西へ移動しているそうでござる!」

「そいつ、強いのか!?」

「コウジ殿の求める強さとは異なるかもしれないでござるが、強い衝撃を与えると、自爆するでござる。三匹いれば、リリラビアの王宮も吹っ飛ばせるでござるよ」


 バカ強いじゃねぇか!

 よし、そいつに賭けるしかない。

 周囲を見回す。ラナ湖ってのは、あの綺麗な湖だな。ってことは、あれがロックエッグか。

 ……思いついたぜ。文句の付けようがない作戦を!

 俺は立ち上がり、リグラの背の上を駆けだした。

 もう止まれない。

 止まったら、確実に転がり落ちる。

 勿論、目指すはワイバーンに乗ったタツノコンビだ。



「現代日本へ戻る前に、死んでたまるかよぉぉぉぉぉぉぉ!」



 絶叫。そして跳躍ちょうやく

 火事場の馬鹿力なのか、見事ワイバーンの躯体くたいへしがみつくことに成功した。

 ブッチャとコーカッツが唖然あぜんとする。


「あ、あり得ない……!」

「正気ではありません!」


 そんな彼らに、俺は捨て身のタックルをかます。


「おらぁ! コントローラー寄越せアホ!」

「お、おい、暴れるな! 落ちるぞ!」

「ぶ、ブッチャ様ぁ! 助けてください!」


 みるみうるちに、ワイバーンは高度を下げていく。

 徐々に、トントロンの軍勢が近づいてきた。

 兵隊らも顔を上げる。

 遥か頭上を飛んでいたはずのワイバーンが、頭上数メートルまで降下してきたのだ。気付かないはずがない。

 同時、明らかに進攻のスピードが遅くなった。

 ブッチャが、何か新しい指示と思ったのかもしれない。

 よかろう。望みに応えてやる。



「全軍、右折ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」



 俺が、ブッチャの声で命令した途端、軍勢は一気に進路を変えた。

 ブッチャが声を上げようとする。


「ちょ、僕、何も言」

「歩みを止めるなぁぁぁぁぁ! トントロンは、偉大で最高でマジまんじぃぃぃぃぃぃ!」


 俺が指し示した先は、ラナ川。

 そして、その岸辺を転がって進むのは、ロックエッグとかいう生物爆弾。

 ようやく、ブッチャは俺の狙いに気付いた様子だ。


「ば、馬鹿ども! よく聞け! さっきのは敵の」

「止まるなぁぁぁぁぁ! そのまま突き進めぇぇぇぇぇぇっ!」


 兵隊たちは止まらない。ロックエッグに突撃。

 と同時、ロックエッグたちが、ほの明るく光った。

 次の瞬間。超ド級の爆発が巻き起こった。

 しかも、一発ではない。

 一匹が爆発すると、付近のロックエッグも誘爆し、それが連鎖式に続く。

 ……ぷよぷよみたいだな。

 爆発が止むころには、辺り一面が焦土しょうどと化していた。

 多分、今ので軍勢の半分くらいが、戦闘不能におちいっただろう。

 ブッチャが震え声で言う。


「……ま、まだ大丈夫だ! 兵隊は半分以上残」

「【パム】」


 リズの一言で、残り半分の兵隊も、激しい爆撃に襲われた。

 局所的に大地震が起きたようだった。

 ……世界滅亡の日って、きっと、こんな感じなんだろうな。

 激しい鳴動めいどうで歪んだ大地を、うめく兵隊たちの身体が覆いつくしている。

 それでも、僅かな兵隊たちが、懸命に立ち上がろうとしていた。

 そんな彼らの前におどり出て、決定的な絶望を与えたのは、ルカだった。


「じゃじゃーん」


 真顔で言いながら、ルカが右手に持った物をかかげた。


「これは、ヘルマン・デイモンの頭蓋骨だ。数年前に、私が斬った」


 持ってきてたんかい。

 頭蓋骨を手の中でもてあそびながら、ルカは続ける。


「ブッチャとコーカッツは、ヘルマン・デイモンを従えてなどいない。たまたまワイバーンを手に入れただけのコソ泥だ」


 群衆の中から、反論が飛んできた。


「う、嘘を吐くな! あのヘルマン・デイモンが、お前のような小娘に負けるか!」

「……」


 目を細めたルカが、刀を振るう。

 すると、音もなく、数キロ先まで地面が割れた。

 息一つ乱さず、彼女は繰り返す。


「私がヘルマン・デイモンを斬った。異論あるか?」


 全員、黙り込んだ。

 ……こいつ、何らかのチート能力もらってるだろ!

 チートなしで、この攻撃力はあり得ねぇって!

 このままでは、俺の頑張りなど忘れられてしまう。

 取って付けたように、俺は話を締めた。


「要するに! 今、リリラビアを攻めたって勝てねぇんだよ! 双方、疲弊ひへいするだけ! 大人しく引き下がりやがれぇぇぇぇぇぇ!」


よし、これで俺が話を取り纏めたっぽくなるだろ。

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