第24話 締まらない旅立ちと不本意な帰還

 

ギルドで報酬を受け取り、自宅(正確にはリズの持ち家)に戻った瞬間、俺は絶叫した。



「五億円、貯まったぜぇぇぇぇぇ!」



 いや、こっちの言い方だと、五億ダラズか。

 ここまで長かった……。

 何かのために、およそ三週間も頑張ったのは、人生で始めてだ。

 多分、来世の分まで働いたわ。もう働かないぞ。絶対に。

 狂喜する俺を薄目で見ながら、リズが聞いてくる。


「故郷に帰るだけで、五億も必要なの? そんな所、帰らない方がマシじゃない?」

「お前、パパンに『五億で王宮に戻してやる』って言われたら、喜んで払うだろ?」

「当然よ!」

「そういうことだ」


 今度はミストが大声を上げた。


「ひょっとして、コウジ殿は【魔法で醜悪な姿に変えられた、とある国の王子様】というパターンでござるか!? だとしたら結婚したいでござる!」

「プレーンでこのキモさだよ! ていうか、そんな理由で結婚しようとするな!」

 

 多分、倫理観りんりかんの違いで離婚するぞ。

 騒ぐリズとミストを横目に、ルカが小さく呟いた。


「私も、ヘルマン・デイモンの遺産で帰るか」

「帰ったら、二〇歳になるまでギャンブルできないぞ」

「じゃあ帰らない」


 よし、これで現代日本の秩序ちつじょは保たれた。やったね!

 ……うん、帰ろう。もうここに残ってる意味ないし。


「つー訳で、俺は帰るぞ! ミスト、部屋にある物の後始末は任せたぞ!」

「御意でござる! 全部、法外な値段で売り飛ばすでござる!」


 いや、ちゃんと適正価格で売りなさいよ。


「お前ら、割と楽しかったぜ! じゃあな!」


 言うや否や、全身が光に包まれていく。

 皆が銘々めいめいに反応を示した。


「すごっ! 岩石系のモンスターが自爆する直前みたい!」

「光量は、ヒボタルの交尾の時と同程度でござるな!」

「ネオンに似た光だな。……パツィンコ行きたい」


 ちょっとくらい感動的な雰囲気になるかと思ったが、杞憂きゆうだったな。

 こちらとしても好都合だ。後腐れなく旅立てる。

 少しずつ、身体が光の粒子となり、消えていく。ちょっと怖い。

 ……ていうか、気まずい。 

 おいクソ女神! パッと消してくれ! フェードアウトさせないでくれ! 

 ぶっちゃけ、長々と語るほど沢山たくさんの思い出は無いから!

 同様の感想を抱いたのか、リズたちが言う。


「じゃあ、アタシ、部屋に戻るね? 掃除したいからさ」

「拙者は、ヘビの餌やりするでござる」

「私はパツィンコだ!」


 ……俺は一人、リビングに取り残された。

 そして、一五分後。一人で旅立った。




「帰る前に、一つだけお聞かせください」



 再び、スタート地点の真っ暗な空間へ戻ってきた俺に、女神ペプシは挨拶もせず、そう言った。

 手帳めいたものに、何か書き記しながら、彼女は俺に問う。


「もう一度、異世界に行きたいと思いますか?」


 愚問だ。

 ――と、三週間前の俺であれば言っただろう。


「……アホほど悪態あくたいを付いてたクセに、こんなこと言うの恥ずかしいんだけど」


 俺は苦笑交じりに白状した。


「異世界、そこそこ楽しかったわ」


 女神が無言で微笑んだ。俺は続ける。


「勿論、ダルいことも沢山あった。仲間はクズばっかりだし、チートないし、無双もないし、ハーレムなんか欠片も無いし。……でも、ちゃんと楽しいこともあった」

「……そうですか」

「つー訳で、トータルで考えると」

「あれ? ちょっと待ってください」


 まゆひそめた女神が、俺の言葉をさえぎった。




「お金が足りません」




 一瞬、理解が遅れた。


「……は? いや、ちゃんと五億円分あるはずだぞ?」

 得心とくしんがいったという表情で、あごをさする女神。


「手数料が必要なんです」


 彼女は当然みたく言った。


「サービス料の五〇パーセント。つまり、あと七五〇〇万ダラズ足りません」

「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

絶叫が、やみに響き渡った。初めてここへ来た時のことを思い出した。


「お、おかしいだろ!? あり得ねぇ! YOUTUBEのスパチャより酷いぞ!?」

「何の話ですか?」


 YOUTUBEくらい知っとけ! 

 YOUTUBEに毒された世代も、転生させてるはずだろ!

 無知な女神が淡々と聞いてくる。


「一応、5億円で、元の世界に戻ることも出来ますよ? その場合、生まれ育つ環境は選べませんけど」

「嫌だよ! 俺は一発目の親ガチャでSSR引いたんだ! 今さら、他の親で満足できるかボケェ!」


 あれだけの資産があって、一人息子に中卒ニート生活を許す親なんか、そうそういないぞ! あんな優良物件、手放してたまるか!

 いきり立つ俺に、女神は真顔で尋ねる。


「では、いかがいたしますか?」

「ぐ、ぐぬぬ……」



「――という訳で、戻ってきました……」


 リズホームのリビングにて。

 全てを語り終えた俺は、そこで燃え尽きた。真っ白にな。

 珍しく、リズが俺を気遣う。


「げ、元気出しなさいよ! ほら、ピザあげるから!」


 中途半端に現代日本を思い出させる料理だなぁ……。美味ぇ……。


「誰か俺に、七五〇〇万ダラズを無償でくれる、優しい奴いないか?」

「アタシは嫌!」

「拙者も御免でござる!」

「右に同じだ」


 三人目の言葉は聞き捨てならなかった。


「ルカ! お前、ヘルマン・デイモンの遺産があるだろ! ちょっとだけくれよ!」

「寄るな乞食こじき。斬るぞ」

「ぐぬぬ……」


 もう嫌だ……。こいつ、中身がジャイアンすぎるよ……。

 絶望に打ちひしがれていると、突然玄関のドアが乱打された。

 誰か借金でもして、取り立てが来たのか? 

 溜め息を吐きながら、扉をオープン。

 そこにいたのは、全身汗みずくの青年。

 直前まで走っていたのか、肩で息をしている。見覚えのある顔だ。

 えーっと、えーっと……あぁ、分かった。


「ブラックキャット急便の配達員さんじゃないっすか。どうしたんすか?」

「早く逃げろ! 死ぬぞ!」


 配達員さんは絶叫する。


「トントロン王国が、いきなり攻めてきたんだよ!」

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