第23話 銀の龍の背に乗って


『――最後の知恵比べだ』


 一瞬で、空気が締まった。


『今、この場には、二組の集団が存在するな』


 思わず小箱に尋ねる。


「何で分かったんだ?」

『この塔で起きていることに関して、我が分からないことなど無い』


 ……とんでもないショートカット、見逃してますけど?

 塔の外で起きたことだから、関知できなかったのかしら。


『各組より一名、代表者を選出せよ』


 代表者。誰が適任だろう。


「コウジ! 何か危なそうだから、アンタが行きなさい!」

「コウジ殿! 人間の評価は、死に様で大きく変わるでござるよ! ここでカッコよく死ねば、今までの蛮行は全てチャラでござる!」

「死に損ねた場合の介錯かいしゃくは任せろ」


 クソどもめ。地獄に落ちやがれ。

 仕方なく、前へ進み出る。あんな消極的な連中に任せても、勝てないからな。


『一対一の一騎打ちだ。我が出題した問題に、交互に回答せよ。勝利条件は、片方だけが正答すること。両者が正答した場合は、問題を変えた上で、再び一騎打ちだ。これを、勝敗が決するまで繰り返す』


 なるほど。クライマックスに相応しい内容だ。

 唯一の問題は、クライマックス以外、知恵を使っていないということだ。

 それどころか、体力さえ使っていない。チート過ぎる。

 ……これが、世に言うチート無双なのか?

 何か、思ってたのと違う。



『そして、負けた側は全員、この塔の屋上より、地に落とす』



 ……ふむ。


『つまり! ともに苦難を乗り越えてきた、友を塔より突き落とすのだ!』


 数秒後。ゆっくり、ブッチャと顔を見合わせる。

 ざっくり言うと、こいつに勝って、突き落とせば、六億ゲットできるってこと?

 たまらず笑いが口の端からこぼれた。


「ひゃひゃひゃ! 世界で一番天国に近い場所から、地獄の底まで叩き落してやるぜぇ!」

「こっちの台詞だぁ! 格の違いを見せつけてやる! 死ね雑魚ぉ!」


 即座に臨戦態勢りんせんたいせいとなった俺たちの声を聞いて、小箱が声に戸惑いをにじませた。


「き、貴様ら、共に塔を上った、無二の友ではないのか?」

「んな訳あるかボケェ!」

「僕は王族だぞ! こんな下民と一緒にするな!」


 嬉々として対峙する俺とブッチャ。あからさまに、小箱の口数が減った。

 ブッチャはゲタゲタと笑う。


「残念だったな下民! 僕は賢いんだ!」

「流石ブッチャ様! 頭でっかちのウスノロ!」


 コーカッツよ。それはただの悪口だぞ。

 ……それにしても、まずいな。

 このままでは、敗北は必至ひっしだ。俺はまともに答えられないからな。

 ――自分が正解できないのであれば、勝つ方法は一つだ。


『では、問題だ。およそ三〇〇〇年前に、ラプラス渓谷で起きた、大量殺戮事件といえば?』


 俺は即答した。


「サラエボ事件!」

『不正解。ブッチャ・ブランキーは、次の問題の回答権を失う』

 

 意味不明な展開に、ブッチャが憤慨した。


「ま、待て! 答えたのは僕じゃない!」

『嘘を吐くな。今まさに、その声で言ったではないか。てんで的外れな回答を』

「はぁ!? ……ま、まさか」

 

 こわごわと、俺の方へ顔を向けるブッチャ。ご明察めいさつ


「ふははっ! どうだ!? そっくりだろう!」

「僕の声……!」


 歯ぎしりするブッチャを、俺は全身全霊であおった。


「ブッチャ・ブランキーは、どうしようもないアホである!」

「やめろ! 僕の声で妙な台詞を言うな!」

「ブッチャ・ブランキーは、三度の飯より、美少女の模型を舐めることが好きである!」

「やめろぉぉぉぉ!」


 悶絶するブッチャに対し、俺は吐き捨てた。


「神をもあざむ物真似ものまね! これが俺の真骨頂しんこっちょうだ!」

 

 味方から称賛しょうさんの声が飛ぶ。


「なんて卑怯なの!」

「軽蔑を禁じ得ないでござる!」

「ここまで一貫して性悪しょうわるだと、いっそ清々しいぞ!」


 いや褒めろよ! 仲間だろ!

 小箱は我々に干渉するのが嫌になったのか、淡々と続ける。


『では、次の問題だ。俗に【鉄鋼王】と呼ばれている、世界で初めて貴金属の精錬に成功した魔導士といえば?』


 アンドリュー・カーネギー。じゃないよなぁ……。

 いくら世界の鉄鋼王といえど、異世界でも名を馳せているとは考え難い。

「……ぺ、ペタジーニ?」

「不正解」


 途端、ブッチャの高笑いが、視界の外から聞こえてきた。


「ぎゃはははははは! そんなことも知らないのか!? 義務教育、受けてないのか!?」


 黙れカス!

 余談だが、俺たちのパーティーは、リズ以外、この世界の義務教育を受けていない。

 更に、味方からも罵倒の声が聞こえてきた。


「馬鹿! 世間知らず! 低能!」

「そんなの、言葉を覚えたての稚児でも知ってるでござるよ!」

「しっかりしろ!」


 クソどもめ! 

【負けたら、仲間が全員落ちる】っていうルールだったら、迷わず負けたのに!

 同時に悟る。

 この関門は【財宝のために、友を塔より突き落とす】という選択こそが障害であり、問題自体の難易度はさほど高くないようだ。

 次の問題が読み上げられる。次はブッチャの番だから、ブッチャの声で答えねば。


『ルグタニアの三代目国王、ジョー・グリムが推し進めた移民政策の通称は?』

「大化の改新!」


 で、次は俺のターンか。忙しないな。


『カフス帝国建国の際、同国中央部に建設された、世界最大規模の神殿と言えば?』

「えーっと、パルテノン神殿!」


 狙った誤答と、本気で答えた末での誤答を、交互に繰り返す。


『初めて勇者の剣を抜いた、リドリア出身の少年の名前は?』

「聖徳太子!」

『元行商人、アンドリュー・ギャッツが考案した、商取引の活性化を目的とする一連の施策を総じて何と呼ぶ?』

「あ、アンリミテッドブレイドワークス!」

『二千年前。魔王ゼストによってもたらされた大飢饉は、俗に何と呼ばれている?』

「大塩平八郎の乱!」


 とうとうブッチャがキレた。


「貴様ぁ! いい加減にしろ!」


 いや、ブッチャだけではない。味方であるリズたちも騒ぐ。


「あんた! いい加減にしなさい!」

「このままじゃ一生終わらないでござる!」

「馬鹿を嘲笑うのにも飽きたぞ! さっさと終わらせろ!」


 こいつら! 好き放題言いやがって!

 そうこうしている間にも、小箱が問題を読み上げる。


『二〇〇年前。転生者としてこの世界に現れ、『第六天魔王』を名乗り、瞬く間に大陸全土を掌中に収めた暴君といえば誰?』


 ……第六天魔王?


「……織田信長?」

『正解!』


 いきなりの正答に、リズたちがどよめく。


「どぇぇぇぇぇぇ!?」

「ど、どうして分かったでござるか!?」

「イカサマか!?」


 いや、だって、第六天魔王とか言ってたし……。

 ぶっちゃけ、ガチの信長ではないだろうな。

 【どっかのチート能力を貰った馬鹿が、調子に乗って信長を名乗り、無双した】って考えるのが自然だろう。

 一方、ブッチャは顔を真っ赤にしてわめく。


「む、無効だ! この勝負は、ノーカウントだ! ノーカン! ノーカン!」

 

 大槻おおつき班長みたいだな。今回はイカサマをされた側だけど。

 見かねたミストが俺に問う。


「どうするでござるか? 今回に限っては、我々が悪者ござるよ?」


 結論は二秒で出た。


「リズ、任せた」

「パム」


 リズが真顔で、敵どもへ手の平を向ける。

 瞬間、空間が激しく揺らぎ、爆ぜた。

 タツノコンビは、ワイバーンもろとも、屋上から吹っ飛ばされる。

 地を目掛けて一直線だ。


「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!」

「ひぎゃぁぁぁぁぁぁ!」


 死にゆく連中に、俺は言う。


「死人に口なしだぁ! 地獄に落ちやがれぇ! ひゃひゃひゃ!」

「どうしようもないくらいに、人間性が終わっているでござる!」


 それを言い出したら、落ちていく可哀想な連中には目もくれず、出現した金貨を拾い集めるお前だって同罪だよ!


「……ミスト! リグラに指示して、アイツらを助けてやってくれ!」

「急にどうしたでござるか?」

「いや、あんな連中だけど、流石に死ぬのは可哀想じゃね?」

「……意外に甘いでござるな~」


 彼女は小さく嘆息した。

 獣士として、一線で闘い続けてきたミストからすると、理解しがたい感覚なのかもな。

 ただ、リグラを向かわせる必要はなかった。

 タツノコンビが、飛翔するワイバーンにまたがり、再び我らの前に現れたのだ。

 察するに、ワイバーンを操縦し、しがみついた模様。

 ブッチャとコーカッツが叫ぶ。


「許さん! 絶対に許さんぞ! この恨み、絶対に忘れないからな!」

「近いうちに、貴方達を地獄のドン底へ叩き落として差し上げます! それまで震えて眠りなさい!」


 最終的に敗北するフラグを立てて、彼らは銀の龍の背に乗り、雲間くもまへと消えていった。

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