第22話 賢者の塔に集いしバカ


「ふむ、賢者の塔でござるか」


 俺の提案に、ミストは難色を示した。

 リズもまた、眉間に深い皺を寄せている。

 ルカは熟睡中だ。アホだ。

 今この瞬間、多数決をしたら、絶対に負けるだろう。

 だが、譲らない。譲れない。

 サクッと五億ダラズを集めるために、このクエストをクリアすることが不可欠なのだ。

 ……さて、どうやって説得しようか。

 そもそも、どうして二人が、賢者の塔へ行くことを嫌がっているのか。

 賢者の塔は、戦闘力さえあれば攻略できるタイプの場所ではないのだ。

【敵さえ倒せばオールオッケー】であれば、二人も躊躇ためらわなかっただろう。 

 こと戦闘においては、かなり強いパーティになったからな。我ながら謎。

 しかし、賢者の塔で求められるのは、膨大な知識と、尋常じんじょうならざる思考力。

 そして、俺たちのパーティーは、メンバー全員がアホだ。

 先日、試しに子供向けの教本をいくつか解かせてみたが、半分も正解出来ていなかった。

 そして、もう一人のパーティーメンバーである俺は、この世界の常識を欠片も知らない中卒ニート。


「止めといた方が良いんじゃない?」


 声を発したのはリズカスだった。


「いや、行く! 諦めきれねぇ!」

「拙者も、行きたいでござる」


 ミストの同意に驚くリズ。彼女は続ける。


「お金はあって困るものではないでござるからな。拙者やコウジ殿、ルカ殿のような、金以外に頼りのない人間にとっては、命そのものでござるよ」


 ミストが話を締めた瞬間、俺は叫んだ。


「よし、じゃあ多数決しよう! すぐやろう! 今やろう!」


 やはり多数決は正義。数の暴力、最高!



 つー訳で、賢者の塔に来ました。

 本来であれば半年以上はかかるはずの道程みちのりを、たった数時間で移動しちゃいましたよ。イエイ。

 どうやって、ショートカットしたのか。

 まぁ、それは追々おいおい説明する。

 まずは言わせてくれ。


「またお前らかよ! いい加減にしろ!」

「こちらの台詞だ!」


 眼前のブッチャが反駁はんばくしてきた。その後方には、コーカッツも控えている。

 再度、俺は威嚇いかくした。


「ナノマイト金貨は俺たちのモノだ! 一枚たりとも渡さねぇぞ!」

「……くくくっ、これを見ても、そんな大口が叩けるか?」


 気色の悪い笑みを浮かべて、ブッチャは言う。


「コーカッツ! 見せてやれ!」

「仰せの通りに!」


 応じたコーカッツが、ローブの内ポケットから、ゲームのコントローラーめいたものを取り出した。

 彼が、慣れた手つきでコントローラーを操作した直後、空の彼方より、それは飛来し、地上に降り立った。

 厳めしい両翼で空を裂き、巨躯で地を蹂躙じゅうりんし、咆哮で全ての生物を畏怖させる存在。

 ドラゴン? 

 にしては、やや機械的というか、人工的な色合いが強い。

 唖然あぜんとする俺の横で、リズが叫んだ。


「……あ、あれって、ワイバーン!?」

「わ、ワイバーン? 何じゃそりゃ」

 

 問いにはミストが答えてくれた。


「ヘルマン・デイモン自らが、最高傑作と呼んだ、マジカル・ドールの一つでござる! ドラゴンをモデルにしているでござる!」


 はえー。すげーな。ジブリのファンタジーに出てくる飛行船みたいだ。


「……ん? 何でそれを、ブッチャとコーカッツが持ってるんだ?」


 そのタネは、当人が明かしてくれた。


「ルカ殿のご自宅にお邪魔した際、屋根裏の倉庫へ忍び込み、拝借したのですよ!」

「もはや単なる泥棒じゃねぇか!」


 隣のルカが舌打ちする。


「気付いていれば、斬っていたのに」

「気付かれなくて良かったな! マジで!」


 最悪の場合、ヘルマン・デイモンの頭蓋骨と一緒に、ブッチャとコーカッツの頭蓋骨も並べられていたかもしれない。いくらコソ泥といえど、それは流石に可哀想だ。

 幸運なブッチャが、話の続きを引き取る。


「そして、設計図通りに僕が作った! 容易たやすい仕事だったよ! 昔から手先は器用だったからな!」

「手先が器用ってだけで、どうこう出来るレベルじゃないだろ!」


 お前ら、もう盗賊になれよ。多分、そこそこ楽しく生きれると思うぞ。

 そんな、盗賊適正フルスコアのタツノコンビは、下品な笑い声を上げながら、ワイバーンの身体にしがみついた。


「ぐはははははは! 我々が億万長者になる姿を、指をくわえて見ているがいい!」

「それでは皆様、ごきげんよう!」


 直後。ワイバーンが飛翔。遥か天高くへ消えていった。

 ……ワイバーンを売ったら、それだけで億万長者になれそうなのになぁ。

 嘆息して、リズカスに訊く。


「リズ。この塔、【パム】で根元から折れないか?」

「無理。この塔、魔法が効かないから」


 そりゃそうか。魔法が使えたら、知力で競えないもんな。

 となると、選択肢は一つ。


「ミスト、あいつ呼ぼうぜ」



 我々に追い付かれた瞬間、タツノコンビはあんぐりと口を開けた。

 通常時を上回るアホ面だった。

 無理もない。ついさっきまで死ぬほど見下していた連中が、嶽神龍リグラに乗って現れたのだから。

 賢者の塔まで来るときも、リグラに乗りました。めっさ速かったです。


「ひゃひゃひゃ! ごきげんよう! カスども!」


 挨拶してやったのに、返事すらない。ブッチャはコーカッツに命令した。

「コーカッツ! スピードを上げろ!」

「これ以上は無理です! 我々が落ちます!」


 一方、俺達も余裕ではない。

 後方から、リズカスの悲鳴が聞こえてきた。


「ルカ! 起きなさい! ちゃんと掴まってないと、落ちて死ぬわよ!」

「むにゃむにゃ……また3連単外した」


 夢の中でくらい当ててくれ。

 溜め息を吐きつつ、虫みたくリグラの背を移動。リズとルカに近づく。


「リズ! 俺に任せろ!」

 リズを退かせて、俺は絶叫した。


「確率変動大当たりぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

「なぬっ!」


 よし、起きた。これで大丈夫だ。

 艱難辛苦かんなんしんくを乗り越え、リグラとワイバーンは、一気に頂上までたどり着いた。



『よくぞ、ここまで上り詰めた』

 我々を迎えたのは、人間ではなかった。

 屋上の中央に置かれた、スピーカーめいた小箱から、やたら厳かな声が響く。


『そう警戒するな。我は塔そのもの。自我を持った魔法だ』


 自我を持った魔法。物語のクライマックスっぽいな。

 益体もないことを考えていると、寝ぼけ眼のルカが、瞬く間に刀を抜き、小箱へ刀身を叩きつけた。


「うるさいぞ。黙れ箱」

『無駄だ。どんな方法であろうと、我を傷つけることは出来』

「リグラ。あの小うるさい箱を噛み砕いてほしいでござる」


 続けて、ミストが指示すると、リグラは器用に箱を口へ入れ、何度も咀嚼そしゃくする。

 しばらくすると、リグラは苛立いらだたしげに箱を吐き出した。

 傷一つない小箱は言う。


『神の名を冠する竜とて、我は壊せない。君たちのことわりでは』


「いくわよ! アルティメットファイヤーシュート!」


 リズに負けじと、俺も参戦。


「俺のターンだ! ハイパーつよつよニートーキック!」

『傷つかないからといって、執拗に攻撃するな。我の心が痛む』


 心があるのか。じゃあ止めよう。ごめんね。

 箱が話を仕切り直す。


『ここまで、幾年もの歳月を費やし、幾多の難問を解き明かしてきたことを、まずは称えよう』


 ごめんなさい。秒で来ました。難問は一つも解いてません。

 多分、真正面から塔を登ると、それくらいの期間を要するのだろう。


『前置きが長くなってしまったな。そろそろ始めよう。――最後の知恵比べだ』

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