第21話 ダイナマイト・ユニコーン・レース
円形のコロシアムめいた建造物の中から、けたたましいファンファーレと、耳をつんざく大衆の絶叫が漏れ聞こえてくる。
「す、すごい熱気でござるな!」
圧倒されるミストの横で、耳をそばだてるリズ。
「ねぇ、ひょっとして、中に馬がいる?」
問いに、ルカは嬉しそうに応じた。
「おっ、リズは鋭いな。センスあるぞ」
そして、【良い所】の正体を明かす。
「今から我々が参戦するのは、ダイナマイト・ユニコーン・レースだ!」
ダイナマイト。
ユニコーン。
レース。
ワクワクする要素の詰め合わせじゃねぇか!
結論から言う。
入城と同時に、期待は裏切られた。
「……」
コロシアムの中心には、トラックがあった。
ただし、人間が走るためのものではない。
ユニコーン専用のトラックだ。
トラックの周囲には、座席が円状に用意されており、老若男女問わず沢山の人間が、切符サイズの
中には、神に祈る者までいた。
……ていうか、これ、競馬ですやん。
反射でルカに訊いた。
「こ、これ、大丈夫なのか!? 未成年は入場禁止とか」
「そんなルールはない」
そこで気付く。駄目だ。こいつの言葉は信用ならん。
ミストに目線を向ける。
「大丈夫でござる。
なるほど。この世界ではセーフなのね。
再び、視線をルカの方へ。
「……お、面白いのか?」
「めっっっっっっっっっっっちゃ面白いぞ!」
満面の笑顔で、ルカは言い切った。
こいつの満面の笑み、初めて見たかも。
まさか、こんな形で拝むことになるとは。複雑な気持ちだ。
悩むなぁ。
ウマ娘のお陰で、以前に比べれば馴染みはあるけれど、やっぱり実際に金を賭けるのは抵抗があるなぁ。
「……ちょっとだけ、やってみるか」
◇
「「「「いけぇぇぇぇぇぇぇぇ! させぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」」」」
我々4人の絶叫は、他の観客たちの叫びと混ざり合い、一つの
しかし、俺が望みを託したナリタインパンクトは、三番人気とは思えない体たらくを
「くっそぇ! もう一回だぁ! 次は勝つ!」
荒ぶる俺に、ルカが声をかけた。
「コウジ、待て。つい一〇分ほど前に『どんなに負けても、俺は一万ダラズまで』と言っていたではないか」
「うるせぇ! 負けたままで終われるかよ! 倍プッシュだぁぁぁ!」
「アタシも! まだまだいくわよぉぉぉぉぉ!」
「獣を扱う競技で、拙者が負けるわけにはいかないでござる! 倍額、突っ込むでござるよぉぉぉぉ!」
結局、俺たちの戦いは最終レースまでもつれ込んだ。
そして――。
◇
「……生まれて初めて自覚した。俺、ギャンブルとかFXとか、やっちゃいけないタイプだわ」
「アタシ、ずっと何やってたんだろう……。ただユニコーンがトラックをグルグル回ってるだけなのに、一喜一憂して、時間とお金を無駄にして……。バカみたい……」
「拙者、もう二度と、ユニコーンだけは使役しないでござる。本命も、大穴も、大っ嫌いでござる……」
俺も、リズも、ミストも、全員負けた。
口にするのも
自分で自分が嫌になった。
他方、ルカだけはほくほく顔してやがる。
俺たちに比べればマシだったが、それでも勝ってはいなかったはずだ。
低い声で尋ねた。
「お前、何でそんな嬉しそうなんだ?」
「20万負けからの5万負けは、もはや勝ちだからだ」
……こいつは、何を言っているんだ? 頭がおかしいのか?
確信した。こいつの言葉を真に受けた時点で、負けは決まっていたのだ。
だが、同時に学んだ。
競馬はどうせ勝てない。だから、もう二度とやらない。
そういう学びを得られたという意味では、全くの無駄ではなかった。
そう思わないと、やっていられなかった(泣)
◇
【ヘルマン・デイモンを捕縛および連行する】というクエストは、彼の知見を蓄えたマジカル・ドールを持ち帰ることで代用できた。
無事に報酬も得ることが出来た。
ただし、ルカも含めた四人で割ったため、想定より分け前は少なかった。
一人当たり、二億二五〇〇万ダラズ。
リグラのクエストで貰った報酬と合わせて、四億二五〇〇万ダラズか。
あと一歩、五億ダラズには届かない。どうしたものか。
こっちに来てから、生活リズムが狂った。昼夜逆転してしまった。
現代日本では、数年間、日中に眠る生活をしていたのに。
玄関先に出て、ラジオ体操第一で全身をほぐしていると、前方に、
「よう、ルカ。随分と早起きだな」
説明しよう。
ルカも、俺たちと一緒に生活し始めた。彼女が住ませてくれと言い出したのだ。
一応、理由を問うと「一人で死体と生活するのに飽きたから」と答えた。
死体で思い出した。
こいつ、ヘルマン・デイモンの頭蓋骨、持ってきたんだ。
「捨ててこい」と言ったら「アンティークとして気に入っているから嫌だ」とか抜かしやがった。本当に勘弁してほしい。
頭蓋骨大好き女が答える。
「いや、早起きではない。夜勤に行ってきたのだ」
微笑んで、彼女は血濡れた刃を見せつけてくる。
「……具体的な仕事の内容は?」
「夜勤だ」
「いや、あの、業務内容の詳細を教」
「夜勤だ」
「ルカ、ちゃんと説明」
「夜勤だ」
「……や、夜勤って稼げるんだなぁー。すげぇー」
俺は悟った。もはやルカは異世界に染まってしまったのだ。
もし仮に、お前と一緒に現代日本へ戻るチャンスが訪れたとしても、俺はお前を置いていく。
一人になっても、強く生きろよ。
強いルカは、数分で着替えを済ませ、再び玄関前に現れた。
「では、これより【パツィンコ】に行ってくる!」
耳を疑った。
「ぱ、パツィンコ!? 朝から!? ていうか、寝ないのか!?」
「あぁ! パツィンコを打っていると脳汁が出て、眠気も疲れも吹き飛ぶからな!」
「それ、まやかしだぞ!? 実際に疲労が消えてなくなったわけじゃないぞ!?」
補足しよう。
この世界には、【パツィンコ】という公営ギャンブルが存在するのだ。
要するにパチスロだ。説明終了。
俺の言葉を聞き流して、ルカはスキップで出かけようとする。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
立ち止まったルカは、不満げに頬を膨らませた。
そんな可愛い顔しても駄目だぞ。イカレ殺人鬼め。
鬼に立ち向かうべく、心を鬼にして言う。
「次に行くダンジョンの話がしたいんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます