第21話 ダイナマイト・ユニコーン・レース


 円形のコロシアムめいた建造物の中から、けたたましいファンファーレと、耳をつんざく大衆の絶叫が漏れ聞こえてくる。


「す、すごい熱気でござるな!」


 圧倒されるミストの横で、耳をそばだてるリズ。


「ねぇ、ひょっとして、中に馬がいる?」


 問いに、ルカは嬉しそうに応じた。


「おっ、リズは鋭いな。センスあるぞ」


 そして、【良い所】の正体を明かす。




「今から我々が参戦するのは、ダイナマイト・ユニコーン・レースだ!」




 ダイナマイト。

 ユニコーン。

 レース。

 ワクワクする要素の詰め合わせじゃねぇか!

 結論から言う。

 入城と同時に、期待は裏切られた。


「……」


 コロシアムの中心には、トラックがあった。

 ただし、人間が走るためのものではない。

 ユニコーン専用のトラックだ。

 トラックの周囲には、座席が円状に用意されており、老若男女問わず沢山の人間が、切符サイズの紙片しへんを握りしめ、ユニコーンの走りを見守っている。

 中には、神に祈る者までいた。

 

 ……ていうか、これ、競馬ですやん。


 反射でルカに訊いた。


「こ、これ、大丈夫なのか!? 未成年は入場禁止とか」

「そんなルールはない」


 そこで気付く。駄目だ。こいつの言葉は信用ならん。

 ミストに目線を向ける。


「大丈夫でござる。賭博とばくは一五歳からでござるよ」

 

なるほど。この世界ではセーフなのね。把握はあくした。

再び、視線をルカの方へ。


「……お、面白いのか?」

「めっっっっっっっっっっっちゃ面白いぞ!」


 満面の笑顔で、ルカは言い切った。

 こいつの満面の笑み、初めて見たかも。

 まさか、こんな形で拝むことになるとは。複雑な気持ちだ。

 悩むなぁ。

 ウマ娘のお陰で、以前に比べれば馴染みはあるけれど、やっぱり実際に金を賭けるのは抵抗があるなぁ。


「……ちょっとだけ、やってみるか」




「「「「いけぇぇぇぇぇぇぇぇ! させぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」」」」



 我々4人の絶叫は、他の観客たちの叫びと混ざり合い、一つの咆哮ほうこうと化した。

 しかし、俺が望みを託したナリタインパンクトは、三番人気とは思えない体たらくをさらした。ドベ2だった。


「くっそぇ! もう一回だぁ! 次は勝つ!」


 荒ぶる俺に、ルカが声をかけた。


「コウジ、待て。つい一〇分ほど前に『どんなに負けても、俺は一万ダラズまで』と言っていたではないか」

「うるせぇ! 負けたままで終われるかよ! 倍プッシュだぁぁぁ!」

「アタシも! まだまだいくわよぉぉぉぉぉ!」

「獣を扱う競技で、拙者が負けるわけにはいかないでござる! 倍額、突っ込むでござるよぉぉぉぉ!」


 結局、俺たちの戦いは最終レースまでもつれ込んだ。

 そして――。



「……生まれて初めて自覚した。俺、ギャンブルとかFXとか、やっちゃいけないタイプだわ」

「アタシ、ずっと何やってたんだろう……。ただユニコーンがトラックをグルグル回ってるだけなのに、一喜一憂して、時間とお金を無駄にして……。バカみたい……」

「拙者、もう二度と、ユニコーンだけは使役しないでござる。本命も、大穴も、大っ嫌いでござる……」


 俺も、リズも、ミストも、全員負けた。

 口にするのもはばかられるくらいの金額を溶かしてしまった。

 自分で自分が嫌になった。

 他方、ルカだけはほくほく顔してやがる。

 俺たちに比べればマシだったが、それでも勝ってはいなかったはずだ。

 低い声で尋ねた。


「お前、何でそんな嬉しそうなんだ?」

「20万負けからの5万負けは、もはや勝ちだからだ」


 ……こいつは、何を言っているんだ? 頭がおかしいのか?

 確信した。こいつの言葉を真に受けた時点で、負けは決まっていたのだ。

 だが、同時に学んだ。

 競馬はどうせ勝てない。だから、もう二度とやらない。

 そういう学びを得られたという意味では、全くの無駄ではなかった。

 そう思わないと、やっていられなかった(泣)



【ヘルマン・デイモンを捕縛および連行する】というクエストは、彼の知見を蓄えたマジカル・ドールを持ち帰ることで代用できた。

 無事に報酬も得ることが出来た。

 ただし、ルカも含めた四人で割ったため、想定より分け前は少なかった。

 一人当たり、二億二五〇〇万ダラズ。

 リグラのクエストで貰った報酬と合わせて、四億二五〇〇万ダラズか。

 あと一歩、五億ダラズには届かない。どうしたものか。

 思案しあんしながら、ベッドから起き上がる。

 こっちに来てから、生活リズムが狂った。昼夜逆転してしまった。

 現代日本では、数年間、日中に眠る生活をしていたのに。

 玄関先に出て、ラジオ体操第一で全身をほぐしていると、前方に、朝靄あさもやの中を歩く、見知った人影を見つけた。


「よう、ルカ。随分と早起きだな」


 説明しよう。

 ルカも、俺たちと一緒に生活し始めた。彼女が住ませてくれと言い出したのだ。

 一応、理由を問うと「一人で死体と生活するのに飽きたから」と答えた。

 死体で思い出した。

 こいつ、ヘルマン・デイモンの頭蓋骨、持ってきたんだ。

「捨ててこい」と言ったら「アンティークとして気に入っているから嫌だ」とか抜かしやがった。本当に勘弁してほしい。

 頭蓋骨大好き女が答える。


「いや、早起きではない。夜勤に行ってきたのだ」


 微笑んで、彼女は血濡れた刃を見せつけてくる。卒倒そっとうしそうになった。


「……具体的な仕事の内容は?」

「夜勤だ」

「いや、あの、業務内容の詳細を教」

「夜勤だ」

「ルカ、ちゃんと説明」

「夜勤だ」

「……や、夜勤って稼げるんだなぁー。すげぇー」


 俺は悟った。もはやルカは異世界に染まってしまったのだ。

 もし仮に、お前と一緒に現代日本へ戻るチャンスが訪れたとしても、俺はお前を置いていく。

 一人になっても、強く生きろよ。

 強いルカは、数分で着替えを済ませ、再び玄関前に現れた。


「では、これより【パツィンコ】に行ってくる!」


 耳を疑った。


「ぱ、パツィンコ!? 朝から!? ていうか、寝ないのか!?」

「あぁ! パツィンコを打っていると脳汁が出て、眠気も疲れも吹き飛ぶからな!」

「それ、まやかしだぞ!? 実際に疲労が消えてなくなったわけじゃないぞ!?」


 補足しよう。

 この世界には、【パツィンコ】という公営ギャンブルが存在するのだ。

 要するにパチスロだ。説明終了。

 俺の言葉を聞き流して、ルカはスキップで出かけようとする。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 立ち止まったルカは、不満げに頬を膨らませた。

 そんな可愛い顔しても駄目だぞ。イカレ殺人鬼め。

 鬼に立ち向かうべく、心を鬼にして言う。


「次に行くダンジョンの話がしたいんだ」


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